第126話-ロジーのお使い!
惑星監理局、情報班。
午後二時四十分。
情報班主任は、封緘された小さな箱をロジーへ差し出した。
両手に収まるほどの大きさだった。
重くもない。
危険物表示もない。
機密指定もない。
箱の側面には、届け先が簡潔に記されている。
技術班・第二整備室
担当者へ直接手渡し
指定時刻・十五時
「これをお願いします」
ロジーは箱を受け取った。
「おつかい!」
「業務です」
「業務おつかい!」
「呼び方は任せます。十五時ちょうどに、技術班の担当者へ渡してください」
ロジーは箱を頭上へ掲げた。
「了解! 目的地、技術班第二整備室! 制限時間、二十分! 途中で何が起きても荷物を守り、指定時刻ぴったりに届ける!」
「普通に運ぶだけです」
「普通のおつかいほど、何が起きるか分からないんだよ!」
「廊下で何も起こさないでください」
ロジーの頭上デバイスに、にこにこした顔文字が浮かんだ。
『信頼してください!』
主任はその表示を見上げた。
「その文字を出されると、不安になりますね」
「大丈夫! 私、仕事できるから!」
それは事実だった。
だから主任は、それ以上何も言わなかった。
◇
午後二時四十二分。
ロジーは情報班を出発した。
技術班第二整備室までは、普通に歩けば七分。
余裕は十三分ある。
ロジーは封緘箱を胸元で大事に抱え、廊下を元気よく歩き始めた。
走らない。
大股ではある。
速い。
だが、走ってはいない。
最初の寄り道は、出発から四十八秒後に発生した。
食堂前の試食台に、見たことのない菓子が並んでいたのである。
星形。
淡い黄色。
表面に細かな砂糖が光っている。
食堂班の職員が札を立てていた。
新作・星蜜レモンクッキー
試食は一人一枚
ロジーは急停止した。
「新しいお菓子!!」
頭上デバイスに大きな感嘆符が三つ浮かぶ。
食堂班の職員が振り返った。
「ああ、ロジーさん。ちょうどいいところに」
「試食!?」
「感想を聞かせてください」
「業務中だけど、品質調査なら仕方ないね!」
ロジーは箱を片腕でしっかり固定し、空いた手でクッキーを一枚取った。
さくっ。
目が見開かれる。
「甘い! ちょっと酸っぱい! 噛んだあとに星蜜の香りがくる! これ好き!」
デバイスに表示が出た。
満足度 十二%上昇
「十二%?」
食堂班の職員が聞く。
「一枚だから! 三枚なら三十六%!」
「試食は一人一枚です」
「分かってるよ。計算しただけ!」
ロジーはクッキーの感想を口頭でまとめ、配合を少しだけ甘さ控えめにしてもよさそうだと伝えた。
所要時間、三十七秒。
「正式販売されたら教えて!」
「情報班へ試食記録を送ります」
「記録とお菓子、両方送って!」
「お菓子は自分で買ってください」
ロジーは手を振り、再び歩き出した。
◇
二つ目の寄り道は、その二十二秒後だった。
廊下の角で、調査班の職員二人が話している。
「それで、新しく来た観測員が――」
ロジーの耳がぴくりと動いた。
職員同士の雑談。
しかも新任職員の話。
ロジーは進行方向を変えず、そのまま二人の間へ顔だけ突っ込んだ。
「新しく来た人!? どんな人!? もう挨拶した!? 好きなお菓子は!? 女子会いけそう!?」
「ロジーさん、どこから会話に入ってきたんですか」
「最初から廊下にいたよ!」
「そういう意味ではありません」
もう一人の職員が笑った。
「今日配属された観測員です。ものすごく緊張していて、昼食も一人で食べていました」
ロジーの目が真剣になった。
「それはだめだね」
「だめですか」
「一人が好きならいいけど、緊張して一人は寂しいやつ! あとで私が挨拶する!」
デバイスに予定が追加される。
十七時十分・新人観測員へ突撃挨拶
持参品・星蜜レモンクッキー購入予定
「では、仕事の邪魔にならない範囲でお願いします」
「任せて! 邪魔にならない程度にいっぱい話す!」
「その程度が信用できないんですよね」
ロジーはにこにこ笑い、二人へ手を振った。
所要時間、四十一秒。
◇
三つ目の寄り道。
生活班の備品棚が、廊下へ一時的に出されていた。
棚には、新しく搬入された事務用品が並んでいる。
丸い動物の顔がついた留め具。
星形の識別札。
肉球模様の滑り止め。
小さなリボンのついた書類挟み。
ロジーの足が止まった。
「かわいい備品!!!」
生活班の職員が振り返る。
「まだ検品中です」
「この書類挟み、情報班にも入る!?」
「申請があれば」
「申請する!」
「業務上必要ですか?」
ロジーは真顔になった。
「書類を挟むのに必要」
「普通の書類挟みでもできます」
「でもこっちはリボンがついてる」
「機能上の差ではありませんね」
「職員さん、かわいいものは業務効率を上げるんだよ」
頭上デバイスが勝手に字幕を出した。
『個人の感想です』
ロジーは上を見た。
「余計なこと書かないで!」
生活班の職員が笑いながら、試供品の星形識別札を一枚差し出した。
「荷物には貼らないでくださいね。私物に使ってください」
「やった!」
ロジーは識別札を上着のポケットへ入れた。
戦利品、一個。
所要時間、五十二秒。
◇
四つ目の寄り道は、避けようがなかった。
廊下の中央に、エルがいたからである。
白髪のボブの毛先を淡いピンクに揺らし、両手で小さな何かを持っている。
「エル!」
「ロジー」
「何持ってるの!?」
エルは両手を開いた。
掌の上にいたのは、硝子でできた小さな四足動物だった。
猫にも見える。
犬にも見える。
耳は兎のように長い。
尻尾は魚の尾びれに似ている。
それが、ぷるぷる震えていた。
「新作」
「かわいい! 何するの!?」
「撫でると、撫でた人に似た動物になる」
「やる!」
ロジーは箱を左腕で抱え直し、右手の人差し指で硝子の生き物を撫でた。
ちりん。
硝子の身体が淡く光る。
長い耳が縮み、尻尾が二本に増え、頭上に小さな円盤のようなものが浮かんだ。
ピンク色の光が、身体の内側を走る。
ロジーは目を輝かせた。
「私だ!」
「ロジーっぽい」
「かわいい! ほしい!」
「一匹目だから、まだだめ」
「じゃあ完成したら!」
「うん」
ロジーはその場で硝子生物と一緒に一枚だけ写真を撮った。
デバイスが自動で字幕をつける。
『新種と歴史的接触』
「大げさ!」
「ロジー、荷物は?」
エルが封緘箱を見た。
「技術班へのおつかい! 十五時ぴったりに届ける!」
「今、十四時四十八分」
「余裕!」
「寄り道してる」
「全部、進行方向にあるから大丈夫!」
「そうなんだ」
「そうなの!」
エルは納得したように頷いた。
「じゃあ、またね」
「新作完成したら呼んで!」
「うん」
戦利品、写真一枚。
所要時間、一分十一秒。
◇
五つ目の寄り道。
戦闘班区画へ続く廊下から、淡緑の髪が現れた。
レトだった。
左側のワンサイドテールが少し乱れている。
訓練帰りらしく、頬が赤い。
制服の袖には細かな硝子の粉がついていた。
「ロジー!」
「レト!」
二人は互いを見つけ、同時に近寄った。
「訓練終わった?」
「終わった! 今日はね、動く標的を百二十個壊した!」
「すごい! 全部短剣?」
「途中まで! 最後の十個は一気にやった!」
レトは得意げに胸を張った。
ロジーは空いた手でレトの乱れた髪を軽く整える。
「髪、すごいことになってるよ」
「いっぱい飛んだから」
「写真撮っていい?」
「きれいにしてから!」
「訓練帰りのままがいいの! がんばった証拠!」
「じゃあ一枚だけ!」
ロジーはレトの隣に並び、封緘箱が画面へ入らないよう角度を調整して写真を撮った。
デバイスが字幕を出す。
『戦闘班の猛者、帰還』
レトが目を丸くした。
「わたし、猛者なの?」
「猛者だよ!」
「そっか!」
レトは嬉しそうに笑った。
「ロジーは何してるの?」
「おつかい!」
「一緒に行く?」
「レトは着替えて休憩! 私は一人で完遂する!」
「わかった! がんばって!」
「がんばる!」
レトはポケットから、小さな包みを一つ取り出した。
「これ、訓練班の職員さんにもらった飴。ロジーに一個あげる」
「戦利品追加!」
「おつかいなのに戦利品あるの?」
「もういっぱいある!」
「すごい!」
レトは素直に感心した。
戦利品、青い飴一個。
所要時間、一分三秒。
◇
六つ目の寄り道。
技術班区画の手前にある休憩室が、ちょうど改装中だった。
扉が開いている。
中から、新しい机を運ぶ設備職員が出てきた。
壁は淡い色へ塗り替えられ、照明には星形の覆いが取り付けられている。
奥には、これまでなかった小さな菓子棚まで見えた。
ロジーは吸い込まれるように入口へ寄った。
「改装してる!」
設備職員が机を抱えたまま答える。
「明日から使用再開です」
「見ていい!?」
「入口からなら」
ロジーは身体を扉の内側へ入れず、ぎりぎりの位置から室内を覗き込んだ。
「椅子ふかふか! 机の角丸い! 照明かわいい! 壁に掲示板増えてる! お菓子棚まである!」
「箱庭の娘たちがよく利用する区画ですから、安全性と居心地を上げました」
「私たちのため!?」
「職員全員のためです」
「私たちも入ってる!」
「もちろんです」
ロジーは満面の笑みになった。
デバイスの表示が、勝手に切り替わる。
満足度 八十九%
「さっき十二%だったのに、急に上がりましたね」
設備職員が言う。
「レトと会ったし、エルの新作も見たし、かわいい備品もらったし、ここもかわいいから!」
「充実した業務ですね」
「おつかい最高!」
「荷物は大丈夫ですか?」
ロジーは胸元の箱を見た。
封緘異常なし。
変形なし。
衝撃なし。
そして時刻は、午後二時五十六分四十秒。
「大丈夫! じゃあ明日、みんな連れてくる!」
「一度に騒ぎすぎないでくださいね」
「努力する!」
所要時間、四十九秒。
◇
午後二時五十七分二十九秒。
ロジーは再び歩き出した。
技術班第二整備室までは、残り二分弱。
普通に歩けば、一分二十秒。
ロジーは走らない。
だが速い。
正面から大型資材の運搬台車が来る。
ロジーは三秒前に通路の端へ寄った。
自動扉の開閉周期を見て、一度も足を止めずに通過する。
第二整備室へ続く連絡通路では、交代職員の集団が出てくる時間だった。
ロジーは混雑を避け、隣の検査区画を経由する短い迂回路へ入った。
午後二時五十九分二十秒。
第二整備室前へ到着。
すぐには入らない。
ロジーは乱れた呼吸を一度整えた。
封緘を確認。
届け先を確認。
担当者の在室表示を確認。
上着のポケットから、いつの間にか入っていたクッキーの砂糖粒を払う。
デバイスの余計な表示を閉じる。
そして、時刻表示を見つめた。
午後二時五十九分五十八秒。
五十九秒。
十五時。
ロジーは認証盤へ手を触れた。
扉が開く。
「情報班からお届け物でーす!」
第二整備室の担当者が振り返った。
壁面時計は、ちょうど十五時を示している。
ロジーは封緘箱を両手で差し出した。
担当者は受領番号を確認し、箱を受け取った。
「確かに受領しました。時間も指定通りです」
「ぴったり!」
デバイスに祝福するような光が走った。
『業務完遂!』
その下に、小さな文字が勝手に追加される。
『寄り道件数・六件』
ロジーは上を見た。
「数えなくていいの!」
担当者が笑う。
「ずいぶん忙しかったようですね」
「うん! お菓子食べて、雑談聞いて、かわいい備品見て、エルの新作触って、レトと写真撮って、休憩室の改装見た!」
「それで指定時刻ちょうどですか」
「当然!」
ロジーは胸を張った。
「私、仕事できるから!」
◇
午後三時七分。
ロジーは情報班へ戻ってきた。
来た時より荷物は増えていた。
ポケットには星形の識別札。
反対側のポケットにはレトからもらった青い飴。
デバイスにはエルの新作との写真。
記録欄には新人観測員への挨拶予定。
手には、帰りに食堂班から渡された新作菓子の意見用紙。
そして本人は、息を切らしていた。
「ただいまー!」
情報班主任が顔を上げる。
「配達は」
「十五時ぴったり! 受領確認済み!」
「そうですか」
主任は端末へ届いた受領通知を確認した。
時刻、十五時ちょうど。
封緘状態、正常。
受領手続き、不備なし。
何一つ問題はない。
主任は、ロジーを見た。
乱れたツインおさげ。
わずかに赤くなった頬。
ポケットから覗く星形の札。
頭上デバイスに並ぶ、菓子、レト、エル、休憩室の小さな画像。
「途中で何をしていました?」
ロジーは、満面の笑みで両手を広げた。
「全部!」
デバイスが、少し遅れて字幕を表示した。
『反省する予定はありません』
「ちょっと!」
ロジーは慌てて頭上へ手を伸ばした。
「そんなこと言ってない!」
主任は一拍置いた。
「では、反省は」
ロジーはぴたりと止まった。
デバイスの表示が切り替わる。
『考え中』
数秒後。
ロジーは胸を張った。
「次は、もっと戦利品をきれいに収納して帰ってくる!」
デバイスに大きく表示された。
『反省点が違います』
情報班のあちこちから笑い声が上がった。
ロジーは頬を膨らませる。
「でも仕事は完璧だったでしょ!」
主任は受領記録をもう一度確認した。
それから、ほんの少しだけ笑った。
「ええ。そこだけは、文句のつけようがありません」
「そこだけじゃないもん!」
ロジーは青い飴を掲げた。
「今日、すっごく楽しかった!」
頭上デバイスの満足度表示が、ついに百%になった。




