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硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち【旧版】  作者: 硝子玉の宇宙
箱庭の娘たち

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126/135

第126話-ロジーのお使い!

惑星監理局、情報班。


午後二時四十分。


情報班主任は、封緘された小さな箱をロジーへ差し出した。


両手に収まるほどの大きさだった。

重くもない。

危険物表示もない。

機密指定もない。


箱の側面には、届け先が簡潔に記されている。


技術班・第二整備室

担当者へ直接手渡し

指定時刻・十五時


「これをお願いします」


ロジーは箱を受け取った。


「おつかい!」


「業務です」


「業務おつかい!」


「呼び方は任せます。十五時ちょうどに、技術班の担当者へ渡してください」


ロジーは箱を頭上へ掲げた。


「了解! 目的地、技術班第二整備室! 制限時間、二十分! 途中で何が起きても荷物を守り、指定時刻ぴったりに届ける!」


「普通に運ぶだけです」


「普通のおつかいほど、何が起きるか分からないんだよ!」


「廊下で何も起こさないでください」


ロジーの頭上デバイスに、にこにこした顔文字が浮かんだ。


『信頼してください!』


主任はその表示を見上げた。


「その文字を出されると、不安になりますね」


「大丈夫! 私、仕事できるから!」


それは事実だった。


だから主任は、それ以上何も言わなかった。



午後二時四十二分。


ロジーは情報班を出発した。


技術班第二整備室までは、普通に歩けば七分。


余裕は十三分ある。


ロジーは封緘箱を胸元で大事に抱え、廊下を元気よく歩き始めた。


走らない。


大股ではある。


速い。


だが、走ってはいない。


最初の寄り道は、出発から四十八秒後に発生した。


食堂前の試食台に、見たことのない菓子が並んでいたのである。


星形。

淡い黄色。

表面に細かな砂糖が光っている。


食堂班の職員が札を立てていた。


新作・星蜜レモンクッキー

試食は一人一枚


ロジーは急停止した。


「新しいお菓子!!」


頭上デバイスに大きな感嘆符が三つ浮かぶ。


食堂班の職員が振り返った。


「ああ、ロジーさん。ちょうどいいところに」


「試食!?」


「感想を聞かせてください」


「業務中だけど、品質調査なら仕方ないね!」


ロジーは箱を片腕でしっかり固定し、空いた手でクッキーを一枚取った。


さくっ。


目が見開かれる。


「甘い! ちょっと酸っぱい! 噛んだあとに星蜜の香りがくる! これ好き!」


デバイスに表示が出た。


満足度 十二%上昇


「十二%?」


食堂班の職員が聞く。


「一枚だから! 三枚なら三十六%!」


「試食は一人一枚です」


「分かってるよ。計算しただけ!」


ロジーはクッキーの感想を口頭でまとめ、配合を少しだけ甘さ控えめにしてもよさそうだと伝えた。


所要時間、三十七秒。


「正式販売されたら教えて!」


「情報班へ試食記録を送ります」


「記録とお菓子、両方送って!」


「お菓子は自分で買ってください」


ロジーは手を振り、再び歩き出した。



二つ目の寄り道は、その二十二秒後だった。


廊下の角で、調査班の職員二人が話している。


「それで、新しく来た観測員が――」


ロジーの耳がぴくりと動いた。


職員同士の雑談。


しかも新任職員の話。


ロジーは進行方向を変えず、そのまま二人の間へ顔だけ突っ込んだ。


「新しく来た人!? どんな人!? もう挨拶した!? 好きなお菓子は!? 女子会いけそう!?」


「ロジーさん、どこから会話に入ってきたんですか」


「最初から廊下にいたよ!」


「そういう意味ではありません」


もう一人の職員が笑った。


「今日配属された観測員です。ものすごく緊張していて、昼食も一人で食べていました」


ロジーの目が真剣になった。


「それはだめだね」


「だめですか」


「一人が好きならいいけど、緊張して一人は寂しいやつ! あとで私が挨拶する!」


デバイスに予定が追加される。


十七時十分・新人観測員へ突撃挨拶

持参品・星蜜レモンクッキー購入予定


「では、仕事の邪魔にならない範囲でお願いします」


「任せて! 邪魔にならない程度にいっぱい話す!」


「その程度が信用できないんですよね」


ロジーはにこにこ笑い、二人へ手を振った。


所要時間、四十一秒。



三つ目の寄り道。


生活班の備品棚が、廊下へ一時的に出されていた。


棚には、新しく搬入された事務用品が並んでいる。


丸い動物の顔がついた留め具。

星形の識別札。

肉球模様の滑り止め。

小さなリボンのついた書類挟み。


ロジーの足が止まった。


「かわいい備品!!!」


生活班の職員が振り返る。


「まだ検品中です」


「この書類挟み、情報班にも入る!?」


「申請があれば」


「申請する!」


「業務上必要ですか?」


ロジーは真顔になった。


「書類を挟むのに必要」


「普通の書類挟みでもできます」


「でもこっちはリボンがついてる」


「機能上の差ではありませんね」


「職員さん、かわいいものは業務効率を上げるんだよ」


頭上デバイスが勝手に字幕を出した。


『個人の感想です』


ロジーは上を見た。


「余計なこと書かないで!」


生活班の職員が笑いながら、試供品の星形識別札を一枚差し出した。


「荷物には貼らないでくださいね。私物に使ってください」


「やった!」


ロジーは識別札を上着のポケットへ入れた。


戦利品、一個。


所要時間、五十二秒。



四つ目の寄り道は、避けようがなかった。


廊下の中央に、エルがいたからである。


白髪のボブの毛先を淡いピンクに揺らし、両手で小さな何かを持っている。


「エル!」


「ロジー」


「何持ってるの!?」


エルは両手を開いた。


掌の上にいたのは、硝子でできた小さな四足動物だった。


猫にも見える。

犬にも見える。

耳は兎のように長い。

尻尾は魚の尾びれに似ている。


それが、ぷるぷる震えていた。


「新作」


「かわいい! 何するの!?」


「撫でると、撫でた人に似た動物になる」


「やる!」


ロジーは箱を左腕で抱え直し、右手の人差し指で硝子の生き物を撫でた。


ちりん。


硝子の身体が淡く光る。


長い耳が縮み、尻尾が二本に増え、頭上に小さな円盤のようなものが浮かんだ。


ピンク色の光が、身体の内側を走る。


ロジーは目を輝かせた。


「私だ!」


「ロジーっぽい」


「かわいい! ほしい!」


「一匹目だから、まだだめ」


「じゃあ完成したら!」


「うん」


ロジーはその場で硝子生物と一緒に一枚だけ写真を撮った。


デバイスが自動で字幕をつける。


『新種と歴史的接触』


「大げさ!」


「ロジー、荷物は?」


エルが封緘箱を見た。


「技術班へのおつかい! 十五時ぴったりに届ける!」


「今、十四時四十八分」


「余裕!」


「寄り道してる」


「全部、進行方向にあるから大丈夫!」


「そうなんだ」


「そうなの!」


エルは納得したように頷いた。


「じゃあ、またね」


「新作完成したら呼んで!」


「うん」


戦利品、写真一枚。


所要時間、一分十一秒。



五つ目の寄り道。


戦闘班区画へ続く廊下から、淡緑の髪が現れた。


レトだった。


左側のワンサイドテールが少し乱れている。

訓練帰りらしく、頬が赤い。

制服の袖には細かな硝子の粉がついていた。


「ロジー!」


「レト!」


二人は互いを見つけ、同時に近寄った。


「訓練終わった?」


「終わった! 今日はね、動く標的を百二十個壊した!」


「すごい! 全部短剣?」


「途中まで! 最後の十個は一気にやった!」


レトは得意げに胸を張った。


ロジーは空いた手でレトの乱れた髪を軽く整える。


「髪、すごいことになってるよ」


「いっぱい飛んだから」


「写真撮っていい?」


「きれいにしてから!」


「訓練帰りのままがいいの! がんばった証拠!」


「じゃあ一枚だけ!」


ロジーはレトの隣に並び、封緘箱が画面へ入らないよう角度を調整して写真を撮った。


デバイスが字幕を出す。


『戦闘班の猛者、帰還』


レトが目を丸くした。


「わたし、猛者なの?」


「猛者だよ!」


「そっか!」


レトは嬉しそうに笑った。


「ロジーは何してるの?」


「おつかい!」


「一緒に行く?」


「レトは着替えて休憩! 私は一人で完遂する!」


「わかった! がんばって!」


「がんばる!」


レトはポケットから、小さな包みを一つ取り出した。


「これ、訓練班の職員さんにもらった飴。ロジーに一個あげる」


「戦利品追加!」


「おつかいなのに戦利品あるの?」


「もういっぱいある!」


「すごい!」


レトは素直に感心した。


戦利品、青い飴一個。


所要時間、一分三秒。



六つ目の寄り道。


技術班区画の手前にある休憩室が、ちょうど改装中だった。


扉が開いている。


中から、新しい机を運ぶ設備職員が出てきた。


壁は淡い色へ塗り替えられ、照明には星形の覆いが取り付けられている。

奥には、これまでなかった小さな菓子棚まで見えた。


ロジーは吸い込まれるように入口へ寄った。


「改装してる!」


設備職員が机を抱えたまま答える。


「明日から使用再開です」


「見ていい!?」


「入口からなら」


ロジーは身体を扉の内側へ入れず、ぎりぎりの位置から室内を覗き込んだ。


「椅子ふかふか! 机の角丸い! 照明かわいい! 壁に掲示板増えてる! お菓子棚まである!」


「箱庭の娘たちがよく利用する区画ですから、安全性と居心地を上げました」


「私たちのため!?」


「職員全員のためです」


「私たちも入ってる!」


「もちろんです」


ロジーは満面の笑みになった。


デバイスの表示が、勝手に切り替わる。


満足度 八十九%


「さっき十二%だったのに、急に上がりましたね」


設備職員が言う。


「レトと会ったし、エルの新作も見たし、かわいい備品もらったし、ここもかわいいから!」


「充実した業務ですね」


「おつかい最高!」


「荷物は大丈夫ですか?」


ロジーは胸元の箱を見た。


封緘異常なし。

変形なし。

衝撃なし。


そして時刻は、午後二時五十六分四十秒。


「大丈夫! じゃあ明日、みんな連れてくる!」


「一度に騒ぎすぎないでくださいね」


「努力する!」


所要時間、四十九秒。



午後二時五十七分二十九秒。


ロジーは再び歩き出した。


技術班第二整備室までは、残り二分弱。


普通に歩けば、一分二十秒。


ロジーは走らない。


だが速い。


正面から大型資材の運搬台車が来る。


ロジーは三秒前に通路の端へ寄った。


自動扉の開閉周期を見て、一度も足を止めずに通過する。


第二整備室へ続く連絡通路では、交代職員の集団が出てくる時間だった。


ロジーは混雑を避け、隣の検査区画を経由する短い迂回路へ入った。


午後二時五十九分二十秒。


第二整備室前へ到着。


すぐには入らない。


ロジーは乱れた呼吸を一度整えた。


封緘を確認。

届け先を確認。

担当者の在室表示を確認。


上着のポケットから、いつの間にか入っていたクッキーの砂糖粒を払う。


デバイスの余計な表示を閉じる。


そして、時刻表示を見つめた。


午後二時五十九分五十八秒。


五十九秒。


十五時。


ロジーは認証盤へ手を触れた。


扉が開く。


「情報班からお届け物でーす!」


第二整備室の担当者が振り返った。


壁面時計は、ちょうど十五時を示している。


ロジーは封緘箱を両手で差し出した。


担当者は受領番号を確認し、箱を受け取った。


「確かに受領しました。時間も指定通りです」


「ぴったり!」


デバイスに祝福するような光が走った。


『業務完遂!』


その下に、小さな文字が勝手に追加される。


『寄り道件数・六件』


ロジーは上を見た。


「数えなくていいの!」


担当者が笑う。


「ずいぶん忙しかったようですね」


「うん! お菓子食べて、雑談聞いて、かわいい備品見て、エルの新作触って、レトと写真撮って、休憩室の改装見た!」


「それで指定時刻ちょうどですか」


「当然!」


ロジーは胸を張った。


「私、仕事できるから!」



午後三時七分。


ロジーは情報班へ戻ってきた。


来た時より荷物は増えていた。


ポケットには星形の識別札。

反対側のポケットにはレトからもらった青い飴。

デバイスにはエルの新作との写真。

記録欄には新人観測員への挨拶予定。

手には、帰りに食堂班から渡された新作菓子の意見用紙。


そして本人は、息を切らしていた。


「ただいまー!」


情報班主任が顔を上げる。


「配達は」


「十五時ぴったり! 受領確認済み!」


「そうですか」


主任は端末へ届いた受領通知を確認した。


時刻、十五時ちょうど。


封緘状態、正常。


受領手続き、不備なし。


何一つ問題はない。


主任は、ロジーを見た。


乱れたツインおさげ。

わずかに赤くなった頬。

ポケットから覗く星形の札。

頭上デバイスに並ぶ、菓子、レト、エル、休憩室の小さな画像。


「途中で何をしていました?」


ロジーは、満面の笑みで両手を広げた。


「全部!」


デバイスが、少し遅れて字幕を表示した。


『反省する予定はありません』


「ちょっと!」


ロジーは慌てて頭上へ手を伸ばした。


「そんなこと言ってない!」


主任は一拍置いた。


「では、反省は」


ロジーはぴたりと止まった。


デバイスの表示が切り替わる。


『考え中』


数秒後。


ロジーは胸を張った。


「次は、もっと戦利品をきれいに収納して帰ってくる!」


デバイスに大きく表示された。


『反省点が違います』


情報班のあちこちから笑い声が上がった。


ロジーは頬を膨らませる。


「でも仕事は完璧だったでしょ!」


主任は受領記録をもう一度確認した。


それから、ほんの少しだけ笑った。


「ええ。そこだけは、文句のつけようがありません」


「そこだけじゃないもん!」


ロジーは青い飴を掲げた。


「今日、すっごく楽しかった!」


頭上デバイスの満足度表示が、ついに百%になった。



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