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硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち  作者: 硝子玉の宇宙


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第1話-硝子の箱庭

挿絵(By みてみん)

この宇宙は、硝子玉の中にあった。


 そう言うと、子供向けの絵本みたいに聞こえるかもしれない。棚の上に飾られた小さな球体の中に、星があって、海があって、街があって、人が暮らしている。指でつつけば揺れてしまいそうな、儚い箱庭。


 けれど、そこに住む者たちにとって、それは比喩ではなかった。


 硝子玉の宇宙。


 巨大な硝子の壁によって、本当の宇宙とは隔てられた世界。外側に何があるのか、どれほど遠くまで続いているのか、それを知る者は多くない。少なくとも、日々を生きる人々にとって重要なのは、空に星があり、地に街があり、明日も朝が来るということだった。


 そして、その明日を維持するための組織がある。


 惑星監理局。


 宇宙に散らばる惑星と、その上で営まれる文明の秩序を監視し、調整し、時に介入する機関。多くの部署と、多くの職員と、いくつかの秘密を抱えた場所。


 その本庁舎の、静かな資料区画で。


「ねえ開けて……」


 レトは、手動ドアの前で立ち尽くしていた。


 両手には、資料室へ保管するための白い箱。重くはない。けれど両腕がふさがっているせいで、目の前の取っ手に手をかけられない。


 自動ドアなら、近づくだけで開く。認証が必要な扉なら、局員証を読み取ってくれる。監理局の設備の大半は、そういうふうに作られていた。


 だが、古い資料室の一部には、いまだに手で引く扉が残っている。


 レトはそれを知っていた。知識としては、ちゃんと知っていた。


 けれど、箱を持ったまま扉の前に立った瞬間、彼女の中では知識と現実がうまく噛み合わなくなった。


「ねえ、お願い。開けて。わたし、箱持ってるの」


 扉は開かなかった。


 銀色の取っ手は沈黙している。表面に反射したレトの顔は、淡い緑の髪と、少し潤みかけた瞳をそのまま映していた。


「いじわるしないで……資料室に入るだけだから……」


 もちろん、扉に意地悪をする意思はない。


 扉は扉だった。蝶番で壁につながれていて、取っ手を引けば開く。押しても引いても、そこに人間的な判断は存在しない。


 レトも、今ではそれを理解している。


 物は物だ。人間社会で暮らし、監理局で働き、たくさんの職員に教わりながら、彼女はそう学んできた。だから物に敬称はつけない。人にするような礼儀を、物へそのまま向けるわけではない。


 それでも、レトの認識の根っこには、もっと古い感覚が残っていた。


 彼女は硝子の彗星から生まれた。


 人間の親から生まれたのではなく、星間を流れる硝子質の魔力と、彗星の欠片から、ひとりの少女として形を得た存在。人間に近い体を持ち、人間の言葉を話し、人間の社会に混ざっている。けれど、その始まりは無機物に近い。


 だからレトにとって、物は完全な他者ではなかった。


 机も、壁も、硝子片も、扉も。命がないと分かっていても、遠い親戚のように感じる瞬間がある。黙ってそこにあるものが、自分とはまったく違うものだと、どうしても思い切れない。


 それは甘えではなく、演技でもない。


 彼女の内側に残る、出生そのものの名残だった。


「ねえってば、お願い、開けてください……ほんとに……わたし、しずかに通るからぁ……」


 声が小さくなった。


 箱の角を抱える指に、ぎゅっと力が入る。淡緑の長い髪が肩からこぼれ、左側頭部のワンサイドテールが少し揺れた。青い硝子の飾りが、廊下の照明を受けて淡く光る。


 レトは一歩、扉に近づいた。


「通してよぉ……」


 ほとんど泣きそうだった。


 その数メートル後ろで、副長が肩を震わせていた。


 惑星監理局の副長。局長ジェレミー・クリエットの補佐役であり、全体指揮や緊急時の代行判断を担う人物である。金髪で細身長身、いつも薄く笑っているような顔をしていて、局内では穏やかで有能な大人として通っている。


 通っている、というより、実際に有能だった。


 書類も判断も早い。場の空気を読むのも早い。職員の失敗を拾い、必要なら笑顔で圧をかけ、危険があれば迷わず前に出る。


 その副長が今、資料区画の廊下で、片手で口元を押さえていた。


「……っ」


 声は出していない。


 出してはいけないと分かっている。


 レトは真剣だった。困っている。助けるべき状況でもある。副長として、ここは速やかに近づき、箱を受け取るか、扉を開けるかするべきだった。


 だが、扉に向かって泣きそうな顔で交渉しているレトが、あまりにも真剣で、あまりにも切実で、しかも理由がきちんとあるせいで、余計にこらえきれなかった。


 廊下を通りかかった職員が、副長を見た。


 副長は片手を上げて、問題ありません、という仕草をした。


 問題はあった。


 主に副長の腹筋に。


「お願い……一回だけでいいから……」


 レトの声が震えたところで、ようやく副長は深く息を吸った。


「レトさん」


「ひゃいっ!」


 レトが跳ねた。


 箱を落としそうになり、慌てて抱え直す。振り向いた顔は、見つかった恥ずかしさと、助けを求める期待で忙しなく変わっていた。


「副長……いつからいたの?」


「レトさんが扉と建設的な協議を始めたあたりからです」


「見てたの!?」


「はい。大変、有意義でした」


「有意義じゃないよ! ドアが通してくれないの!」


「手動ですからね」


「……知ってる!」


 知っているならなぜ、という言葉を、副長は飲み込んだ。


 その代わり、彼は自然な動作でレトの横に立ち、取っ手を引いた。扉は何の抵抗もなく開いた。


 レトは目を丸くした。


 扉の向こうには、静かな資料室が広がっている。温度管理された空気と、整然と並ぶ保管棚。レトの仕事は、その奥の棚に箱を置くだけだった。


「……開いた」


「はい」


「さっきまで、開けてくれなかったのに」


「手動ドアですよ?」


「うう……」


 レトは箱を抱えたまま、少しだけ頬を赤くした。


「わたし、今の、見られたくなかったかも」


「では、記録には残しません」


「ほんと?」


「私の記憶には残ります」


「それは消して!」


「善処します」


 副長は微笑んだまま、レトが資料室へ入るのを見守った。


 レトは保管棚まで小走りで向かい、箱を慎重に置いた。任務を終えた途端、胸を張って戻ってくる。さっきまで泣きそうだった顔は、もうどこかに行っていた。


「できた!」


「お見事です」


「うん! わたし、ちゃんと資料を運べる!」


「扉との交渉能力も向上しています」


「そこは褒めなくていい!」


 レトはむっとした顔で副長を見上げたが、副長の表情があまりにも穏やかだったので、それ以上怒れなかった。


 監理局では、こういうことがよくある。


 宇宙の危機を扱う場所で、星の運命を左右する会議が行われる場所で、それでも廊下の片隅では、少女が手動ドアに敗北しかけている。


 そして職員たちは、それを知っている。


 この宇宙の秩序は、そういう日常ごと守られていた。


     ◆


 情報班の区画は、資料区画とは違って明るかった。


 壁一面に浮かぶ複数のホログラム。星域ごとの報告書、異常魔力反応の一覧、通信ログの整理表、惑星文明の変動グラフ。それらが空中に重なり、透ける光の層を作っている。


 その中央で、ロジーは椅子に座っていた。


 ピンク色の髪を左右のおさげにした、小柄な少女。頭上には、彼女の思考を補助するデバイスが浮かんでいる。薄い光の輪のようにも、小さな機械の冠のようにも見えるそれは、時折、微細な音を立てながら表示を切り替えていた。


「はい、終わり。これも終わり。こっちも分類済み。引用タグも付けた。報告書の誤字も直した。次!」


 ロジーは指先を振る。


 ホログラムの束が一斉に畳まれ、完了済みの印が並んだ。


 情報班の職員が、少し離れた席から顔を上げる。


「ロジー、こっちの集計も終わってる?」


「終わってる! 昨日の夜のうちに! ついでに見やすいように色分けした!」


「早いね……」


「私、えらいから!」


 ロジーは胸を張った。


 彼女の所属する情報班は、監理局の目であり耳である。膨大な記録を集め、整理し、必要な人間へ必要な形で渡す。地味に見えて、ひとつの見落としが大きな事故につながる部署だった。


 ロジーはそこで働いている。


 誰よりも騒がしく、誰よりも人の席に寄ってきて、誰よりも余計なことを見たがる。けれど仕事は早く、正確で、必要な記録を迷わず引き出す。


 だから情報班の職員たちは、ロジーが机の上にシールを広げ始めても止めなかった。


「じゃーん」


 ロジーは引き出しから、小さなケースを取り出した。


 中には、星、花、動物、リボン、謎の生き物、よく分からない丸い何かのシールがぎっしり詰まっている。彼女はそれらを一枚ずつ机に並べ、真剣な顔でホログラムを展開した。


「かわいい度、再測定しまーす」


 空中に表が浮かぶ。


 項目は多かった。


 色彩調和。丸み。きらきら成分。貼った時の満足感。友達に見せた時の反応予測。お菓子の袋に貼った場合の相性。レトが見た時に目を輝かせる確率。エルが興味を持って変な魔法アイテムにしそうな危険度。


 職員がちらっと見て、見なかったことにした。


「これは八十二点。こっちは九十一点。うーん、でもこの星シール、単体だと強いけど並べると主張が激しいんだよね。協調性が低い。減点」


 ロジーは真剣だった。


 情報班の仕事をしている時と同じ顔だった。


「シールに協調性ってあるの?」


 入り口から声がした。


 レトだった。


 資料保管を終えた彼女は、副長と別れたあと、そのまま情報班へ寄ったらしい。廊下で少し走ったのか、髪の端がふわりと揺れている。


「あるよ! 並べた時に、隣のシールを食べちゃうタイプがいる!」


「食べるの!?」


「視覚的に!」


「そっかぁ……」


 レトは納得した。


 納得してから、少し考えた。


「わたし、その青い星の好き」


「分かる! レトはこれ好きだと思った! レト反応予測、九十六点!」


「予測されてた!」


 ロジーは机の上のシールを一枚つまみ、レトの手の甲に貼った。


 青い星が、淡い肌の上で小さく光を受ける。


「はい、観測完了」


「観測された!」


「かわいい度じゃなくて、似合い度は高め。記録しとこ」


「なんでも記録するね、ロジー」


「するよ。見たものは残す。見てないものも、できるだけ残す。忘れたらもったいないじゃん」


 ロジーは軽く言った。


 それは彼女の口癖のようなものだった。明るく、当たり前のように、笑いながら言う。だから初めて聞く者は、ただの記録好きだと思う。


 けれど情報班の職員たちは、少しだけ静かになる。


 ロジーはそれに気づいていた。


 気づいていたが、何も言わなかった。


「で、レト。資料室に勝った?」


「勝ったよ!」


「ほんとに?」


「……副長が開けてくれた」


「負けてるじゃん!」


「負けてないもん! 協力して勝ったの!」


「共同戦線だ!」


「そう!」


 ふたりが騒いでいると、情報班の窓の外に、ふわりと光が舞った。


 小さな星の粒のようなものが、中庭の方から浮かび上がっている。


 ロジーが振り向く。


「あ、エル!」


     ◆


 中庭には、人工の空が広がっていた。


 監理局本庁舎の内部に作られた、休憩用の空間。柔らかい芝生と、低い木々と、淡い光を落とす天井。そこだけ切り取れば、宇宙の秩序を監視する機関の中だとは思えない。


 その中央で、エルが浮いていた。


 白い髪の毛先に淡いピンク色を宿した、小柄な少女。足は地面についていない。座るでも立つでもなく、空中にゆるく浮かびながら、手のひらの上でいくつもの小物を回していた。


 鈴。羽根。砂時計。小さな瓶。硝子玉。布でできた星。


 どれも、ただの小物ではなかった。


 エルが作った魔法アイテムである。


 この世界で、人間が扱う技術の多くは魔術と呼ばれる。術式を組み、魔力を通し、決められた現象を起こすもの。技術であり、体系であり、学べば扱える力。


 一方で、魔法という言葉は、もっと古く、もっと曖昧で、もっと危ういものを指す。


 エルの作る道具は、その境界に触れている。


 術式がない。技術的な手順もない。彼女が思いつき、願い、形にすると、結果だけがそこに現れる。


 だから監理局では、エルが新しい魔法アイテムを作るたびに回収し、技術班が解析する。危険性がないと判断されれば返却されるし、危険なら保管される。


 エル自身は、その流れをだいたい遊びの延長として受け入れていた。


「あ、来た」


 エルはふわふわとこちらを向いた。


 レトとロジーが中庭に駆け込んでくる。


「エル! また作ったの?」


「作ったよ。たぶん、だいじょうぶなやつ」


「たぶんって言った!」


 ロジーが目を輝かせて、エルの周りをぐるっと回る。


「どれ? どれが新作? 見たい見たい見たい!」


「これ」


 エルは手のひらに、一つのオーナメントを載せた。


 透明な硝子玉の中に、小さな星が浮いている。金具と細い紐がついていて、窓辺に吊るせば光を受けて揺れそうな形をしていた。


 レトが身を乗り出す。


「きらきらしてる」


「振るとね、もっと出る」


 エルが軽く手首を振った。


 硝子玉の中で星が瞬いた。


 それだけでは終わらなかった。


 玉の外側へ、淡い星雲がふわりとにじみ出る。紫と青の薄い光が空中に広がり、小さな銀河の渦がいくつも生まれた。それらは指先ほどの大きさで回転し、芝生の上に星の影を落として、数秒後にふっと消える。


 レトは息を止めた。


 ロジーはすでに記録を始めていた。


「やば、綺麗、やば、語彙が消えた。今のもう一回! 角度変えてもう一回!」


「いいよ」


 エルがまた振る。


 星雲が出る。


 レトの瞳に、光が映った。青白い高熱の魔力を宿す彼女の体は、同じ硝子質の輝きに自然と反応する。指先がそわそわと動き、まるで自分でも小さな硝子細工を作りたがっているようだった。


「お兄さんに見せよ!」


 レトが言った。


「局長に?」


 ロジーが笑う。


「うん! お兄さん、こういうの見ると、ちょっとだけ目が優しくなる!」


「局長、だいたい目が座ってない?」


「そうだけど、優しい時あるもん」


「あたしも見せたい」


 エルはオーナメントを両手で包んだ。


「ジェレミー、これ、好きかな」


「好きだよ!」


 レトは即答した。


 根拠はない。


 けれど、レトにとってジェレミー・クリエットは、そういうものをちゃんと見てくれる人だった。


 惑星監理局の局長。


 冷静で、判断が早く、必要なら迷わず銃を抜く人。ハンドガン一丁で、戦況を変えてしまう人。硝子玉の宇宙に迷い込み、元の宇宙へ帰れなくなり、それでもこの世界で局長として立っている人。


 そして、レトにとっては育ての親だった。


 お兄さん。


 レトは彼をそう呼ぶ。


「行こ! 今なら局長室にいる?」


 ロジーが空中に予定表を出した。


「いるいる。会議まで十二分ある。突撃できる」


「突撃はだめだよ」


「じゃあ訪問!」


「うん!」


 レトが先頭に立ち、ロジーが続き、エルがふわふわと浮いたままついていく。


 中庭の光の粒が、三人の後ろでゆっくり消えていった。


     ◆


 局長室の扉は、自動で開いた。


 レトはそれだけで、少し安心した。


「お兄さん!」


 呼びかける声に、机の向こうのジェレミー・クリエットが顔を上げた。


 黒を基調とした局長室は、余計な装飾が少ない。書類、端末、壁面の星図、いくつかの通信パネル。機能を優先した部屋の中で、ジェレミーは静かに仕事をしていた。


 その姿勢は無駄がなく、表情も大きく動かない。


 けれど、レトたちが入ってきた瞬間、彼の視線はわずかに柔らかくなった。


「どうした」


「エルが作ったの! 見て!」


 レトはエルの方を振り返った。


 エルがふわりと前へ出る。


「これ。新しいやつ」


 ジェレミーは手元の書類を脇へ寄せた。


 その動作だけで、三人は少し嬉しそうに集まった。ロジーは既に記録用のホログラムを起動している。レトは机の端に両手を置き、身を乗り出している。エルはオーナメントを指先でつまみ、ジェレミーに見える高さまで持ち上げた。


「振ると星が出るよ」


 エルが言った。


 そして、軽く振った。


 硝子玉の中で星がまたたいた。


 次の瞬間、局長室の空気に、小さな宇宙がこぼれ出した。


 淡い星雲が机の上を流れ、銀河の渦が書類の上を影だけで撫でる。光は熱を持たず、物に触れず、ただそこに現れて、すぐにほどけて消えていく。


 ほんの数秒。


 けれど、その数秒だけ、局長室は硝子玉の中のさらに小さな硝子玉になった。


 ジェレミーは黙って見ていた。


 レトはその横顔を見上げていた。


「どう?」


 レトが聞く。


 ジェレミーは少しだけ間を置いた。


「綺麗だな」


 エルが瞬きをした。


 ロジーが小さく拳を握る。


「記録した。局長の綺麗だな、記録した」


「ロジー」


「大丈夫、私的記録! たぶん!」


「たぶんはよくない」


 ジェレミーの声は静かだったが、厳しすぎるわけではなかった。


 レトはにこにこと机の横で揺れている。エルはオーナメントを見つめ、もう一度小さく振った。星がまたたき、銀河が生まれ、すぐに消えた。


「これ、技術班に見せる?」


 エルが聞いた。


「そうだな。いつも通り検査に回す。危険性がなければ返却する」


「うん」


 エルは素直にうなずいた。


 そのやり取りは、監理局では日常だった。


 魔法アイテムを作るエル。記録したがるロジー。真っ先に局長へ見せに来るレト。危険を確認しながらも、まずそれをちゃんと見てくれるジェレミー。


 そして、開いたままの局長室の扉の外では、副長が通りすがりのふりをして立ち止まっていた。


「副長!」


 レトが気づいて手を振る。


「偶然通りかかりました」


「ほんと?」


「もちろんです」


 副長はいつもの薄い笑顔で答えた。


 ロジーが目を細める。


「絶対、気になって見に来たやつだ」


「職務上の確認です」


「はいはい、職務職務」


 副長は軽く受け流しながら、局長室の中を見た。


 机の上に残る星雲の名残。オーナメントを持つエル。記録を増やすロジー。ジェレミーのそばで、当然のように笑っているレト。


 硝子玉の宇宙には、多くの秘密がある。


 なぜこの世界が硝子の壁に隔てられているのか。外側の宇宙とは何なのか。エルとは何者なのか。箱庭の娘たちは、どこへ向かうのか。


 そのすべてが、今ここで語られるわけではない。


 ただ、この日、惑星監理局の局長室には、小さな星がこぼれていた。


 レトはそれを見て、胸の奥がふわふわするのを感じた。


 ここには、お兄さんがいる。


 ロジーがいる。


 エルがいる。


 副長も、たぶん廊下で見ている。


 硝子玉の中にある宇宙は、閉じている。


 けれどレトにとって、その内側は、今日も騒がしくて、明るくて、守りたいもので満ちていた。


「お兄さん、もう一回見る?」


 レトが聞いた。


 ジェレミーは、ほんの少しだけ目を細めた。


「ああ。もう一度見せてくれ」


 エルがオーナメントを振る。


 星がまたたく。


 小さな銀河が、局長室の空気に咲いた。



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