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  作者: 長曽禰ロボ子
魔都ロンドン編
23/77

十字軍、始動

 仏に逢えば仏を殺せという。

 祖に逢えば祖を殺せという。

 私はなにに逢い、なにを殺すのだろう。この煌びやかなガス灯の街で。


挿絵(By みてみん)


 コントラストがひどい。


 ゲオルク・フォン・アウエルシュタットは思う。

 昨日は音楽会で楽しく過ごした。今日はコートに銃を隠し、薄暗い路地裏を走る。

「あいつ、もうおっぱじめやがった!」

 横を走るアラン・カペルが言った。

「ナイフだ。急ぐぞ!」

 前を走るチャールズ・リッジウッドが言った。

 ぼくは、とゲオルクは思う。

 ぼくは、ほんの少し前まで南ドイツのギムナジウムの学生だったんだ。大学どころかカステル・サントカヴァリエーレという謎の城にいかされ、出会ったばかりの青年をこの手で殺し――。

「ぼけっとしてんなよ、ゲオルク・フォン・アウエルシュタット!」

 アラン・カペルが言った。



「これが教会が把握している、このロンドンでヴァンパイアが疑われる人物のリストだ」

 聖ゲオルギウス十字軍としての初めての会議。

 この地で彼らを担当するというブラックストン神父がテーブルにひろげたのは、おどろくほど膨大なリストだ。

「告解室での懺悔、教会に入る情報、そして政府内のカトリック信者の協力者からの情報だよ。精査しているわけじゃないのでこの量だ」

「あとはおれたちの真実の眼に丸投げってことか」

 渋面でアラン・カペルが言った。

「利用できる資産は有効に使うものさ、アラン・カペルくん」

 ブラックストン神父は表情を掴みにくい眠そうな目をした男だ。

 チャールズは仕事があるのでこの場にはいないが、アランにデハーイィ、そしてゲオルクは昨日のうちにさんざん脅かされている。

「彼と接するには、忍耐をいつもの三倍は用意することだ」と。

「ただし、とてつもなく有能である」とも。

「ぼくは、このリストの全員の顔や立ち回り先をチェックして記憶している」

 だから、そんなことを言いだしても、驚きはしても疑わない。

「チャールズくんが合流したら、さっそく教会の馬車でヴァンパイアの確認に行こう」

 落ち着かないのはゲオルクだ。

 今日から!?

 いや、いつかは始めなきゃいけない事だけど、今日から!?

「ところで」

 と、ブラックストン神父が言った。

「君たち、昨日は王立音楽院の定期演奏会に出かけたのだってね」

「チャールズの招待でね。それが?」

 アランが言った。

「例のヌナガワ・シズカも出演したそうじゃないか。なんでぼくを誘ってくれないかな」

「リストの連中の顔をすべて覚えているという神父さん。ヌナガワ・シズカの顔だって承知だろう」

「でも、謎のヴァンパイアハンター、剣でソロモンの七二柱を倒したという少女がどんな演奏をするのかには興味あるよ。それで、彼女の演奏はどうだったのだい。プログラムを見ると、どうやら四重奏だけの登場だったようだけど」

 あのアイネ・クライネ・ナハトムジークを語れと言われても。

 アランもゲオルクも言葉を濁している中、デハーイィだけがブラックストン神父へと顔を向けた。彼が極端に無口なのだというのはとうにブラックストン神父も理解している。しかし、その彼がこうして反応を示しているのだから、もしかしたらなにかコメントが貰えるのではないか。ブラックストン神父は彼にしては辛抱強く待った。

 待ったのだが、結局デハーイィはなにも言わなかった。

 あの小憎たらしいほど冷静な騎士チャールズが覚悟しろと言った難物らしいブラックストン神父が、デハーイィのユニークさに振り回されている。アランは興味深く思った。

 ごほん、とブラックストン神父は咳払いをした。

 思ったより動揺したようだとアランは思った。デハーイィは、まだじっとブラックストン神父を見つめている。

「では、夕刻にチャールズくんが合流するまでは自由に過ごしてください」

 ブラックストン神父が言った。

 ゲオルクは落ち着かない。

 そしてデハーイィが、さきほどからテーブルの下で自分の足の上に乗せた手の人差し指をタクトのように振っているのだが、誰も気づかない。



「ヴァンパイアだ」

「確認。ヴァンパイアがいる」

「確認。ヴァンパイアです……きっと」

「……」

 そしてあっさりと、チャールズを含めた一行はヴァンパイアに遭遇してしまったのだった。

 パブから通りに溢れるビールを手にした男たち。

 馬車の中からブラックストン神父が指さしているのはどの男か、聖ゲオルギウス十字軍の騎士には確認を取らなくてもわかる。むしろその男がリストに名前があるアシュリー・ヤングなのか、それを確認する作業が必要なのだった。

「いい加減なそんなリストの三番目でヴァンパイアに当たるってのは、どんだけヴァンパイアがいるってんだ、ロンドンてのは」

 アランが言った。

「アシュリー・ヤングはヴァンパイア。聖ゲオルギウス十字軍の騎士全員が確認だ。間違いないね」

 ブラックストン神父が言った。

「どうする。狙撃できるようなところじゃないな。彼が一人になるまで待つかい?」

「いや」

 と、チャールズが言った。

 アシュリー・ヤングは売春婦と交渉をはじめたようなのだ。そして路地裏へと消えていった。

「このリストによると、アシュリー・ヤングには売春婦殺しの嫌疑がある」

「あちゃあー」

「行くぞ」

 チャールズが言った。

 どくん! 心臓が口から飛び出しそうだとゲオルクは思った。

「ぼくと、アラン、ゲオルクの三人で行く。デハーイィはグングニルかアスカロンでの後方支援。ぼくらの手に負えないようだったら迷わず撃ってくれ」

 どくん!

「アシュリー・ヤングがソロモンではないことを」

 両手のヴァルキューレを額に押しつけ、祈るようにしてアランが言った。

「ソロモンだったら?」

 ゲオルクが言った。

「そんときゃ、腹をくくるだけだ。悪くない人生だったとな!」

 どくん!

 どくん!

「いいな、行くぞ!」

 チャールズが言った。



 アシュリー・ヤングと売春婦は路地裏で構わずはじめてしまった。

 そのアシュリー・ヤングが背中に手を回し、上着の下、腰につけたホルダーからナイフを引き抜いた。彼は夢中になっている売春婦にナイフをかざした。

 その腕を掴んだのはチャールズだ。

 チャールズはアシュリー・ヤングの腕をひねりそのまま固めると、ナイフを握る手にヴァルキューレを何発も撃ち込んだ。

「――!?――」

「――えっ!?」

 アシュリー・ヤングも売春婦もすぐには反応できない。

 チャールズは地面に落ちたナイフを踏みつけ、遠くへと蹴り飛ばした。

 この時になってアシュリー・ヤングはうなり声を、売春婦はけたたましい悲鳴を上げた。そのアシュリー・ヤングの側頭部にヴァルキューレを押しつけ、そのまま連射したのはアランだ。

「ゲオルクはそのレディを!」

「はいっ!」

 チャールズの指示に、ゲオルクは売春婦の手を引いた。

「きゃあああ!」

「こちらへ。安心して、ぼくが守りますから」

「きゃあああああ!」

 しかし売春婦はパニック状態だ。ぽかぽかとゲオルクを殴りつけてくる。

「大丈夫ですから、あの、やめてくださいませんか、前が見えない。あの、ごめんなさい――うわああっ!!! 痛い、噛まないで!!!」

 アランの側頭部へのヴァルキューレ連射ですでに趨勢は決している。

 しかしアランとチャールズは崩れ落ちたアシュリー・ヤングにヴァルキューレを撃ち込み続ける。散ってしまうまで。

「エイメン」

「エイメン」

 売春婦すら持て余すゲオルクが参加できるのは祈りだけだ。

「エ――エイメン――」

 アシュリー・ヤングは塵となって散った。



「聖ゲオルギウス十字軍がアシュリー・ヤングを掃除」

「近接格闘での掃除ですよ。チャールズ・リッジウッドもあの坊やもなかなかやります」

「ひとり、ご愛敬の小僧がいましたが」

「我々が入手したリストの順番で、彼らが被疑者詣でをしたのも確認できましたね」

「よし。それではうちのリストと重なる者のうち、あちらのリスト上位者の監視を解く。なにかと楽になるぞ。このところ忙しくて休みもなかったからな。うちに帰って女房をかわいがってやれ」

「シズカへの負担も減りますね」

「そういうことだ」



「ふうん?」

 ロンドン・ヴィクトリア駅から出てきた男は霧の空を見上げた。

 近くで散ったようだ。

 それなりのヤツのようだ。

「どれだけヴァンパイアがいるってんだ、ロンドンてのは」

 男は、偶然にもアランと同じ言葉をつぶやいた。

 中肉中背。だが奇妙に身長が高い。整髪料でガチガチにかためて長い髪を逆立てているのだ。眼には色つきの丸眼鏡。

 だらしのない。男は思った。

 ヴァンパイアってのは簡単に散っていいものじゃない。人に怖れられるべきものなんだ。ソロモンの七二柱フルカスが散り、グレモリーが散り、歯止めがかからない。

「だからさ」

 男はにやりと笑った。

「もうおまえたちの時代じゃないんだよ、七二柱。二〇世紀はおまえたちがいない世界になる。おれがしてやる」



「やあ、やあ。素晴らしいね、聖ゲオルギウス十字軍!」

 ブラックストン神父が珍しくはしゃいでいる。

「この調子でがんばろう。このイングランドにぼくらカトリックの力を見せつけるんだ!」

 馬車の中でゲオルクだけが沈んでいる。

「気にすんな」

 アランがゲオルクの肩を叩いた。

 このルーキーが落ち込んでいるのはデビュー戦で失敗したからだけじゃない。アランにはそれもわかっていた。

「気にすんな、ゲオルク・フォン・アウエルシュタット」

 もう一度アランが言った。


■登場人物紹介

奴奈川 静 (ぬながわ しずか)

戊辰戦争の生き残り。新たなる戦地を与えられ、魔都ロンドンに渡る。クールを気取っているが、実はすちゃらか乙女。愛刀は木花咲耶姫と石長姫。

奴奈川大社の斎姫であり、正四位の階位を持つ。


ロジャー・アルフォード

英国軍特務機関六課、アルフォード班(掃除屋)のトップ。海軍少佐。極めて長身で、強面。


ヘンリー・ローレンス

アルフォード海軍少佐の副官。童顔だが、階級は海尉補(中尉)。


メアリ・マンスフィールド

ストラトフォード侯爵。六課の庇護者。別名をM、もしくは鉄のメアリ。年齢不詳。

英国海軍の名門であるマンスフィールド家の現当主。爵位はやがて弟に継がせることになっている。本当は名前はもっと長ったらしいのだが、そちらは出さない。


ハワード

レディの老従僕。長身痩躯。レディは侍女ではなくいつもこの従僕を連れている。


レベッカ・セイヤーズ

静の音楽院の友人。下宿も同じ。実は実力者。Aオケの次席ヴァイオリン。


ハウスマザー

静が暮らす下宿、学生アパートの管理人。実は軍特務機関のエージェント。


ミス・チェンバース

音楽院の静の担当教授。


ミス・オコナー

音楽院の静が所属する校舎の管理人。表情を変化させることがない能面のような人。


ゲオルク・フォン・アウエルシュタット

聖ゲオルギウス十字軍の騎士。レオンハルトの子孫。そっくりだという。


エリザベート(エリーゼ)・フォン・アウエルシュタット

ゲオルクの妹。十五歳で死亡。


チャールズ・リッジウッド

イングランド唯一の聖ゲオルギウス十字軍の騎士。


オーレリア・リッジウッド

チャールズの妹。


アラン・カペル

聖ゲオルギウス十字軍の騎士。少年のような容姿と声だが怪力。そして意外と歳をとっているらしい。


デハーイィ

聖ゲオルギウス十字軍の騎士。2Mを越える巨漢で、岩石のような容姿。名前の意味は「おしゃべり」。


レオンハルト・フォン・アウエルシュタット

黒伯爵の異名を持つヴァンパイア狩り。自身もヴァンパイア。「ゼニオ(senior)」。ソロモンの悪魔としてはグラキア・ラボラス。


ヨハン・ペッフェンハウゼル

アウエルシュタット工房の工場長。この人も実はヴァンパイア。


シャルロッテ・ゾフィー・フォン・シュタウフェンベルク

ヴァンパイア名ダンタリオン。

美人だが目立つことに執念を燃やす変人。レオンハルトを日本に誘う。


アスタロト

ソロモンに名を連ねるヴァンパイア。


ステュクスとアケロン

アスタロトの身の回りの世話を焼く少年と少女。ヴァンパイア。


ダーネ・ステラ

発明家。電気関連に異才をもつ。ヴァンパイア。


オリヴァー

ヴァンパイア名、獅子王プルソン。

上半身裸の筋骨隆々の大男。


ピップ(フィリップ)

獅子王プルソンのスードエピグラファ。


アンナマリア・ディ・フォンターナ

ヴァンパイア名ウェパル。白の魔女。

白髪で、まゆ毛、まつげも白い。碧眼。使徒座に忠誠を誓うヴァンパイアで構成された「聖騎士団」の騎士団長。


ラプラスの魔

ヴァンパイア。聖騎士団最高幹部。


ファンタズマ

ヴァンパイア。聖騎士団最高幹部。名前の意味は「幽霊」。




※使徒座:聖座とも。使徒ペテロの後継者たる教皇、ローマ教皇庁、そして広くはカトリックの権威全般を指す。ちなみに、司教座もそうだが、そのものはまんま椅子である。


※悪い冗談

静とロジャー・アルフォード海軍少佐の巨大拳銃。M500。

※ヴァルキューレ

レオンハルト・フォン・アウエルシュタットと聖ゲオルギウス十字軍の自動拳銃。コルトガバメント。

※グングニル

聖ゲオルギウス十字軍の対バンパイア用巨大ライフル。50口径。



※木花咲耶姫

コノハナサクヤヒメ。静の愛刀。朱鞘。栗原筑前守信秀。

※石長姫

イワナガヒメ。静の愛刀。黒鞘。栗原筑前守信秀。

※木花知流姫

コノハナチルヒメ。薫の愛刀。栗原筑前守信秀。



※カノン

正典。そのヴァンパイアグループの始祖。ソロモンの七二柱のカノンは「キング」と呼ばれる。

※アポクリファ

外典。カノンが直接生んだヴァンパイアのグループ。

※スードエピグラファ

偽典。アポクリファが生んだヴァンパイアのグループ。


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