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  作者: 長曽禰ロボ子
魔都ロンドン編
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22/77

演奏会

 仏に逢えば仏を殺せという。

 祖に逢えば祖を殺せという。

 私はなにに逢い、なにを殺すのだろう。この煌びやかなガス灯の街で。


「さあ、チャールズ。私の素敵なハンサムさん。私を聖ゲオルギウス十字軍の騎士さまに紹介してくれないかしら」

 蒸気がたちこめるロンドン・ヴィクトリア駅。

 オーレリア・リッジウッドは微笑んだ。

「眼のことも隠さずによ」

 チャールズの顔に、さっと苦みが走った。


 真実の眼。

 人からはヴァンパイアを区別することはできない。ヴァンパイアは、実体がない生命体が人類の体に入りこんで支配することによって生まれる。肉体としては人類のままなのだ。しかし、ヴァンパイアからはヴァンパイアを視認することができる。

 微妙な違いであるという。

 微妙だが、絶対的に奇妙な違和感だともいう。

 死人に見えるのだという者もいる。

 真実の眼を持つ者は人でありながらヴァンパイアと同じ識別能力を持つ。

 実態がない生命体が人類の体に入り込んだとき、まずは神経系を支配しようとする。生命体を体内から追い出すことに成功しても、眼にヴァンパイアの影響が残る。それが真実の眼だ。

 その現象は昔から知られてはいたが、それを対ヴァンパイア組織として体系的に行うようになったのが聖ゲオルギウス十字軍であり、入団儀式の前夜のイニシエーションである。

 一部ではあるがヴァンパイアと同じ能力を持つのは違いない。

 そもそも一時的にせよ彼らの侵入を許している。

 彼らを「半ヴァンパイア」と蔑む心得違いの者も出てくる所以だ。


「私も、みなさんと同じ真実の眼を持つの」

 オーレリアが言った。

 聖ゲオルギウス十字軍の騎士たちに妹を紹介しながらも、チャールズは念を押されたその部分を言いよどんでしまった。しかしオーレリアは、軽やかにそれを口にしたのだった。

 チャールズは唇を噛んだ。


「おれを呼んだか」

 もう、あれは一〇年も前のことだ。

 真夜中の窓に立ち、その男は言ったのだ。

「おまえが望んだ悪魔とは違うかも知れないが、おれが来てやったぞ」


 オーレリアの言葉――告白に、聖ゲオルギウス十字軍の騎士たちの反応は薄い。そもそも自分たちがそれを持つのだからだろうか。まさか「それはどうしてですか」と聞くわけにはいかないからだろうか。

 オーレリアは誰が相手でもその告白をするのだろうか。

 いや、さすがに、同じ眼を持つ聖ゲオルギウス十字軍の騎士たちが相手だからだろう。

 オーレリア。ぼくの妹。



 君はぼくを許してはいけない。

 ぼくも、ぼくを許してはいけない。一生だ。



 音楽ホールは満員だった。

 王立音楽院定期演奏会。

 聖ゲオルギウス十字軍の騎士たちもフォーマルに着換え、リッジウッド家のボックス席に移動だ。オーレリアも華やかに着飾って合流だ。

「三階、向かい側の右から二番目のボックス席。無駄に派手な女性がいるだろう。さりげなくグラスで見てくれ」

 チャールズが言った。

「レディ・メアリ・マンスフィールド。通称M。鉄の女、鉄のメアリとも呼ばれる」

「すごい美人じゃないか。無駄って事はない」

 グラスを手にアラン・カペルが言った。

「英国での対ヴァンパイアを統括する。軍特務機関六課”掃除屋”も彼女の庇護下にある」

「あっちは、おれたちのことを知っているのか?」

「わからないが、世界に冠たる英国軍特務機関だ。知られていると思ったほうがいいだろう」

「なら、さりげなくといわず堂々と見てやればいいじゃん」

「むこうには、こちらは彼らを知らないと思わせておいたほうがいい。ゲオルク・フォン・アウエルシュタット、どうしたんだ?」

「いや……」

 ゲオルクは前屈みになって手で顔を覆っている。実はとうに、レディとグラスどうして眼が合っていたのだ。ばっちりと。

 偶然だ。きっと偶然だ。

 さきほどから必死に自分に言い聞かせている。


 一曲目はピアノ協奏曲。

 チャイコフスキーの一番だ。

「王立音楽院ともなれば、学生でも素晴らしいものだろう」

 チャールズが拍手を送りながら言った。

 一旦舞台が片づけられ、四つの椅子が並べられる。

「そして、これがぼくらにとっての今夜のメイン曲だ」

 四人の少女がそれぞれの楽器を手に現れた。

 ひとりだけ異彩を放っている。

 異彩、どころではない。今日のためにレディ・マンスフィールドがわざわざ輸入したという西陣の振り袖。白を基調に色とりどりの牡丹が咲き誇っている。

「どれが彼女か教える必要はないだろう」

 (しずか)はAオケのメンバーではないから、今日初めての登壇となる。

 観客がどよめいている。

「あれがソロモンのフルカスを倒したというヌナガワ・シズカ。日本から来たヴァンパイア・ハンターだ。偶然だが、別のヴァンパイアを剣の一撃で斬り捨てるのを私も見た。恐るべき剣士であるのは間違いない」

 振り袖だけではない。

 今日の静は髪も美しく飾り、唇には紅。まさしく異国のお姫さまだ。

 観客のざわめきは止まないが、騎士たちのボックス席では別の話題がかわされている。

「人間だな」

 アラン・カペルが言った。

「そうね、私の眼にもただの女性に見える」

 オーレリアが言った。

 もうひとりの感想が聞けないのはいいとして、

「きれいだな」

 と、素っ頓狂な感想を口にして、オーレリアの乙女心をぴきっ!と刺激したのはゲオルクである。


 カルテットの演奏が始まった。

 静の和服姿に度肝を抜かれた観客だったが、演奏が始まってからもさらに度肝を抜かれることになった。

 なんだ!

 これはなんだ!

 アイネ・クライネ・ナハトムジークのように聞こえるこれはなんだ! 春の野原で動物たちが陽気にどんちゃん騒ぎしているような、これはいったいなんなのだ!

「斬新だな……」

 アランが言った。

「モーツァルトらしくて、これはこれで……」

 オーレリアが言った。

 自身もヴァイオリンを弾くチャールズは、眉間に縦皺を作っている。

 しかしこれはまだマシなのだ。静の奔放なチェロに合わせるのを決め、演目をラフマニノフからモーツァルトに変更したのだ。変更していなかったらどんな惨事になっていたことだろう。今、このホールで、戸惑うことなく演奏を純粋に楽しんでいるのは二人だけかもしれない。

 学芸会の母親のようにはしゃいでいるレディ・マンスフィールド。

 そして、なんということだろう。岩石のような無表情の顔のまま、肘置きに置いた手の人差し指をタクトのように振っている騎士デハーイィだ。

 ゲオルクはグラスを目から離さない。

 彼にとって、この狂乱の演奏はただのBGMになってしまった。

「本当にきれいだ……」

 もういちど、ゲオルクがつぶやいた。


「やっぱり、全部もってかれちゃったな、この子に」

 ヴァイオリンでカルテットを操りながら、レベッカは苦笑まじりに思った。

「ま、いいか。結構楽しいし。あとで教授に大目玉かもしれないけど」

 静は顔を紅潮させ、嬉しそうに楽しそうにチェロを弾いている。

 舞台の袖では、静の担当教授であるミス・チェンバースが盛んに十字を切っている。



 華やかでまぶしい夜の一方で、同じロンドンに薄暗く湿った夜が広がっている。その一角に響き渡ったのは、獅子王プルソンの怒声だ。

「子供ッ!」

 山のような大男に怒鳴られ、その子供はすくみ上がっている。

「吐きだせッ! おまえが受け入れたそいつを、今すぐおまえから追い出せッ! さもなければ、食うぞッ! おれがおまえをバリバリと食らってやるぞッ!」

「わあああ!」

 子供は大声で泣き始めた。

 その痩せ細った体から何かが出てくる気配がある。しかしそれは獅子王プルソンとピップにしかわからない。彼らにしても完全に視認できるわけではない。

「よくやった、子供」

 獅子王プルソンが言った。

 その声は、先ほどまでの怒声とはうって変わって優しいものだ。

「だが、真実の眼が残ってしまったな、子供。おまえはその眼でしっかりと見るんだ。ヴァンパイアがどれだけ醜いか。汗を流して働く人がどれだけ美しいか。ヴァンパイアになるのはそれからでも遅くはない」

「お――じさんは――醜い――の?」

「そうだ。おれは獅子王プルソン。ヴァンパイアを追い出したおまえより何倍も弱く、醜い」

 獅子王プルソンが背を向けた。

 子供は涙をこすった。

 ギリッと噛みしめたのは歯だ。

 だからなんだというんだ。毎日、炊き出しで生き延びているだけだ。美しくなくても、醜くても、大人からものを奪う力さえあれば自力で生きていけるんだ。明日から、またおれは――。

「ここに行け」

 山のような大男に寄り添っていた貧相な男が紙切れを渡してきた。

 この男もヴァンパイアだ。

 真実の眼を手にした今ならわかる。

「信用できる口利き屋だ。おまえにあった仕事を世話してくれる。それがいやだというのも自由だ。ふたたびヴァンパイアを受け入れるのも自由だ。だが決して、ヴァンパイアになったおまえを獅子王プルソンに見せるな。獅子王プルソンは泣くだろう。そして獅子王プルソンを泣かせたおまえを、おれは殺すだろう」

 ピップも子供に背を向けた。駆けるようにして獅子王プルソンに追いつき、ふたりは歩いていった。

 子供の眼から、また涙が落ちていった。



 音楽ホールの演奏はまだ続いている。


■登場人物紹介

奴奈川 静 (ぬながわ しずか)

戊辰戦争の生き残り。新たなる戦地を与えられ、魔都ロンドンに渡る。クールを気取っているが、実はすちゃらか乙女。愛刀は木花咲耶姫と石長姫。

奴奈川大社の斎姫であり、正四位の階位を持つ。


ロジャー・アルフォード

英国軍特務機関六課、アルフォード班(掃除屋)のトップ。海軍少佐。極めて長身で、強面。


ヘンリー・ローレンス

アルフォード海軍少佐の副官。童顔だが、階級は海尉補(中尉)。


メアリ・マンスフィールド

ストラトフォード侯爵。六課の庇護者。別名をM、もしくは鉄のメアリ。年齢不詳。

英国海軍の名門であるマンスフィールド家の現当主。爵位はやがて弟に継がせることになっている。本当は名前はもっと長ったらしいのだが、そちらは出さない。


ハワード

レディの老従僕。長身痩躯。レディは侍女ではなくいつもこの従僕を連れている。


レベッカ・セイヤーズ

静の音楽院の友人。下宿も同じ。実は実力者。Aオケの次席ヴァイオリン。


ハウスマザー

静が暮らす下宿、学生アパートの管理人。実は軍特務機関のエージェント。


ミス・チェンバース

音楽院の静の担当教授。


ミス・オコナー

音楽院の静が所属する校舎の管理人。表情を変化させることがない能面のような人。


ゲオルク・フォン・アウエルシュタット

聖ゲオルギウス十字軍の騎士。レオンハルトの子孫。そっくりだという。


エリザベート(エリーゼ)・フォン・アウエルシュタット

ゲオルクの妹。十五歳で死亡。


チャールズ・リッジウッド

イングランド唯一の聖ゲオルギウス十字軍の騎士。


オーレリア・リッジウッド

チャールズの妹。


アラン・カペル

聖ゲオルギウス十字軍の騎士。少年のような容姿と声だが怪力。そして意外と歳をとっているらしい。


デハーイィ

聖ゲオルギウス十字軍の騎士。2Mを越える巨漢で、岩石のような容姿。名前の意味は「おしゃべり」。


レオンハルト・フォン・アウエルシュタット

黒伯爵の異名を持つヴァンパイア狩り。自身もヴァンパイア。「ゼニオ(senior)」。ソロモンの悪魔としてはグラキア・ラボラス。


ヨハン・ペッフェンハウゼル

アウエルシュタット工房の工場長。この人も実はヴァンパイア。


シャルロッテ・ゾフィー・フォン・シュタウフェンベルク

ヴァンパイア名ダンタリオン。

美人だが目立つことに執念を燃やす変人。レオンハルトを日本に誘う。


アスタロト

ソロモンに名を連ねるヴァンパイア。


ステュクスとアケロン

アスタロトの身の回りの世話を焼く少年と少女。ヴァンパイア。


ダーネ・ステラ

発明家。電気関連に異才をもつ。ヴァンパイア。


オリヴァー

ヴァンパイア名、獅子王プルソン。

上半身裸の筋骨隆々の大男。


ピップ(フィリップ)

獅子王プルソンのスードエピグラファ。


アンナマリア・ディ・フォンターナ

ヴァンパイア名ウェパル。白の魔女。

白髪で、まゆ毛、まつげも白い。碧眼。使徒座に忠誠を誓うヴァンパイアで構成された「聖騎士団」の騎士団長。


ラプラスの魔

ヴァンパイア。聖騎士団最高幹部。


ファンタズマ

ヴァンパイア。聖騎士団最高幹部。名前の意味は「幽霊」。




※使徒座:聖座とも。使徒ペテロの後継者たる教皇、ローマ教皇庁、そして広くはカトリックの権威全般を指す。ちなみに、司教座もそうだが、そのものはまんま椅子である。


※悪い冗談

静とロジャー・アルフォード海軍少佐の巨大拳銃。M500。

※ヴァルキューレ

レオンハルト・フォン・アウエルシュタットと聖ゲオルギウス十字軍の自動拳銃。コルトガバメント。

※グングニル

聖ゲオルギウス十字軍の対バンパイア用巨大ライフル。50口径。



※木花咲耶姫

コノハナサクヤヒメ。静の愛刀。朱鞘。栗原筑前守信秀。

※石長姫

イワナガヒメ。静の愛刀。黒鞘。栗原筑前守信秀。

※木花知流姫

コノハナチルヒメ。薫の愛刀。栗原筑前守信秀。



※カノン

正典。そのヴァンパイアグループの始祖。ソロモンの七二柱のカノンは「キング」と呼ばれる。

※アポクリファ

外典。カノンが直接生んだヴァンパイアのグループ。

※スードエピグラファ

偽典。アポクリファが生んだヴァンパイアのグループ。


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