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  作者: 長曽禰ロボ子
魔都ロンドン編
21/77

獅子王

 仏に逢えば仏を殺せという。

 祖に逢えば祖を殺せという。

 私はなにに逢い、なにを殺すのだろう。この煌びやかなガス灯の街で。


「聖ゲオルギウス十字軍の騎士三名、入国しました」

「チャールズ・リッジウッドと合流。監視中です」

「グングニルも税関を通過。あいつら我々をなめてるんですかね。一機三七・五ポンドもするモンをまとめて送ってきて『カテドラルに飾る十字架です』って、少しは隠す努力をしろと説教してやりたいですな」

 軍特務機関六課、掃除屋。

 その偽装会社ユニバーサル海運のオフィスで、ロジャー・アルフォード海軍少佐は苦笑を浮かべた。

「まあ、あちらさんは真実の眼をもっている。よく働いてくれるだろうさ。このところフル稼働でシズカには可哀想なことをした。せめて演奏会まではあいつを自由にさせてやりたいもんだ」



 その定期演奏会迫る音楽院。

「いい加減にしなさいよ、シズカ!」

 レッスン室にレベッカ・セイヤーズの声が響いている。

「あんたはね、チェロなのにね、どうして自由にね、奔放にね、いいっ加減に弾いちゃうのっ! チェロはカルテットのベースでしょうがっ!」

 レベッカ・セイヤーズには野望があった。

 女の子だけの四重奏。いずれも美女ばかり。しかもひとりはエキゾチックなお姫さま。

 これは受ける!

 超話題になる!

「それがっ! 定期演奏会はもうそこまで迫っているのにっ! 演奏枠はすでに確保しているのにっ! あんたはいつまでそのスチャラカ演奏続けるつもりなのよっ!」

 目玉になるかもしれないエキゾチックお姫さま。

 見た目は清楚で口数も少ないのに、チェロを弾かせるとあっという間にそれは装っているだけなのだと露呈しちゃうのだ。

 もともとそうなのだ。

 まっ黒な変な食べものに泣き出しちゃうし、廊下は全力疾走するし、思い出し笑いと言うにはあまりにも豪快にひとりでげらげら笑ってることもあるし、もしかしたら男装して街を歩くのが趣味なのかもしれないし。


 国家間の問題に絡んでいるし!

 ハー・マジェスティだし!


「どうどう、落ち着きなさい、レベッカ」

 第二ヴァイオリンのノーマが言った。

「あなたはそういうけど、なんだかウキウキしてくるような感じで、楽しくて、シズカのチェロも悪くないと私は思うけどな」

「それにね、レベッカ」

 と、ヴィオラのキャサリン。

「シズカの奔放な音って、脳天気なあなたの音に合っていると思うよ。だいたい、あなたとシズカでこの選曲てのが無理があるのよ。ラフマニノフがウェーイウェーイ!!してたら嫌でしょう」

 当の(しずか)は、レベッカの剣幕に縮こまってしまっている。

 これが、なんだかかわいいのだ。

 あざとくもかわいくて、怒っているはずのレベッカは困ってしまうのだ。

「……だめ?」

 子犬のように体を震わせ、上目遣いで静が言った。


 ずっきゅ~~ん!


 そしてあっさり撃ち抜かれてしまうレベッカなのだ。

「ま、まあ、しょうがないわね」

 なぜか頬を染めて目を逸らし、レベッカは肩の髪を払った。

「そうね。しっとりうっとり殿方のハート鷲掴み作戦は変更して、私たちの本性通りにやりましょうか」

「一緒にすんな」

「あんたら突撃娘と一緒にすんな」

「シズカ」

 と、レベッカはまだ縮こまっている静に声をかけた。

「わかった、わかりました。あんたの音に合わせてあげる。Aオケ次席コンマスの私をなめんなよ。なにが演りたい?」

 静が、はっと顔をあげた。

「今から演目変更なんてむちゃくちゃなんだからね。そのかわり、へこたれんなよ」

「私たちもついてるからね」

「頑張ろうね、シズカ」

「うんっ!」

 泣き出しそうだった静が、輝くような笑顔で言った。


「みんな、ありがとうっ!」


 ずっきゅー~ん!

 ずっきゅー~ん!

 ずっきゅー~ん!


 その笑顔はレベッカばかりでなく、ノーマやキャサリンまで撃ち抜いてしまったのだった。まるで使徒座の巨大ライフルのように。



「ところで、そのグングニルってやつはどうだ。こっちでも欲しいか?」

 ロジャー・アルフォード海軍少佐が言った。

「ロンドンで使うには機動力がないですね。でかすぎるし重すぎる。ただ、あれば狙撃の幅が広がるでしょう。まずは撃ってみて、射程距離や精度を試したいですね」

「鹵獲したいな。一〇課(兵器分析担当)にも研究するように言っておく」

「それで、少佐。獅子王プルソンの件ですが」

 部下の言葉に、少佐は渋面を浮かべた。

「獅子王プルソンの入国も確認しました。偶然だと思いますが、聖ゲオルギウス十字軍の騎士と同日にロンドン入りしています」



「スチュアート・ウッド議員は行方不明ですな」

 がくん!と獅子王プルソンはアゴを落とした。

「いや、彼の下宿でも同じ事を言われたんだが……」

「では、その通りなのでございましょう」

「あのね、下院議員だよ? 国会議員だよ? しかも政治の季節だろう? 行方不明なんてことがあるのか!? おかしくないか!?」

「わたくしにそれを問われても、わたくしは一介の事務員でございましてな」

 ウエストミンスター宮殿。

 英国国会議事堂。対応してくれている蝶ネクタイの職員は、木で鼻をくくるような態度だ。

 もっとも。と、ピップは思う。

 この姿でよく中に入れてくれたよ。

 獅子王プルソンは、相変わらず上半身裸の上にファーつきのマントを羽織っただけの姿なのだ。

「ではグレモリーは!?」

「どなたですかな」

「グレモリーはグレモリーだろう!」

 蝶ネクタイの職員はこのとき、ライオンのような大男の背後に立つ若い従僕――たぶん従僕だろう。だらしのない前髪で片眼が隠れている貧相な従僕の片腕がすうっと上げられるのを見た。なにをするのだろうと思えば、彼はライオン男の後頭部をぶん殴ったのである。

「失礼しました」

 従僕はライオン男を引きずっていった。



「グレモリーは散った。ぼくらこそそれがわかっているのに、なにを未練がましいことを言っているんだ。しかも名前まで出して!」

 テムズ川の河畔で、獅子王プルソンは涙目で膝を抱えている。

「だって、獅子王はあの人に憧れていたんだよ……」

「何かあるとは思っていたが、どうやらウッド議員まで消されてしまったらしい。これ以上彼らの周辺に近づくのは危険だ。やめよう」

「すらっとしてかっこよくて、美人で、さらさらの金髪で、いい匂いがして……」

「もう一発、後頭部に叩きこんでやろうか? なあ、ソロモンの七二柱が散ったんだ。フルカスが散ってすぐにだ。いやな感じがする。フルカスだってロンドンで散ったという噂がある。ぼくらはすぐにロンドンを離れるべきだ」

「散るときには散るんだよ」

 獅子王プルソンが言った。

 獅子王プルソンは立ち上がった。

「帰ってきたばかりだ。獅子王はまだどこにも行かない」

 「ピップ」と、獅子王プルソン――オリヴァーが言った。

「おれたちは金を稼いで帰ってきた。なんのためだ。少なくともロンドンから逃げるためじゃない」

「金を稼いできた。だからわかるだろう。信用できないやつにお金を渡してはいけない。馬鹿にも渡してはいけない。ぼくらは頼りになるウッド議員とグレモリーを失ったんだ。また(いち)から始めるのかい?」

「また(いち)から始めればいいじゃないか」

 オリヴァーが言った。

「おれたちはヴァンパイアだ。時間だけはいくらでもある」

 ピップはオリヴァーを見上げた。

 オリヴァーは歯をむき出してにかっと笑っている。

 ああ、とピップは思った。

 そうさ、彼はいつだってこうなんだ。

「とりあえず昼ご飯を食べに行こうか、オリヴァー」

「そうだな。舌が火傷するようなコーヒーを飲みたいぞ、ピップ」

「そればっかだな」

「獅子王はそればっかだ」

「寒くない?」

「獅子王は寒くない!」

 ふたりは河畔を歩いていった。



「聖ゲオルギウス十字軍の騎士にソロモンの七二柱のヴァンパイア。よく鉢合わせてドンパチが起きませんでしたね」

「それも含めてだな」

 ロジャー・アルフォード海軍少佐が言った。

「そう自称しているだけの、ただの脳天気大男である可能性はないのか」

「あちらの政府から書類が届いていますが、状況証拠として間違いようがないほどヴァンパイアですね」

「二〇年鉱山で働き、あの若さです」

「しかも、あの過酷な現場で体を壊すこともなく十人分を働いたとか。連れの貧相な男も、あれで数人分も働いたとか」

「なんでむこうの政府でなんとかしないんだとは思いますが、一切の犯罪に関わった気配がないのです。喧嘩すらない」

「労働者側からの人望があり、経営者側からの信頼も篤い」

 渋面で腕を組み、少佐が言った。

「真面目に働くだけの男。歳をとらないから何年かごとに移動しなくてはならないだけの男」

 そのあとを少佐は口にしなかったが、みな気持ちは同じだ。

 ただそれだけの男を、ヴァンパイアだからと、その証拠さえ掴めば掃除しなくてはならないのか?

「押しつけやがってとは思うが、まあ、やりにくいよな」

 少佐が言った。



 昼ご飯を食べに入った河畔の労働者用の食堂で、たちまち居合わせた男たちと意気投合して肩を組んで歌い始める獅子王プルソンだ。

 飲んでいるのはコーヒーの筈だけど。

 ブランデーでも入っていたのだろうか。

 でも、彼にアルコールなんて必要ないのをピップは知っている。


 だれかと熱く語り合えば、彼はそれで酔うことができる。

 それが獅子王プルソンなのさ。


■登場人物紹介

奴奈川 静 (ぬながわ しずか)

戊辰戦争の生き残り。新たなる戦地を与えられ、魔都ロンドンに渡る。クールを気取っているが、実はすちゃらか乙女。愛刀は木花咲耶姫と石長姫。

奴奈川大社の斎姫であり、正四位の階位を持つ。


ロジャー・アルフォード

英国軍特務機関六課、アルフォード班(掃除屋)のトップ。海軍少佐。極めて長身で、強面。


ヘンリー・ローレンス

アルフォード海軍少佐の副官。童顔だが、階級は海尉補(中尉)。


メアリ・マンスフィールド

ストラトフォード侯爵。六課の庇護者。別名をM、もしくは鉄のメアリ。年齢不詳。

英国海軍の名門であるマンスフィールド家の現当主。爵位はやがて弟に継がせることになっている。本当は名前はもっと長ったらしいのだが、そちらは出さない。


ハワード

レディの老従僕。長身痩躯。レディは侍女ではなくいつもこの従僕を連れている。


レベッカ・セイヤーズ

静の音楽院の友人。下宿も同じ。実は実力者。Aオケの次席ヴァイオリン。


ハウスマザー

静が暮らす下宿、学生アパートの管理人。実は軍特務機関のエージェント。


ミス・チェンバース

音楽院の静の担当教授。


ミス・オコナー

音楽院の静が所属する校舎の管理人。表情を変化させることがない能面のような人。


ゲオルク・フォン・アウエルシュタット

聖ゲオルギウス十字軍の騎士。レオンハルトの子孫。そっくりだという。


エリザベート(エリーゼ)・フォン・アウエルシュタット

ゲオルクの妹。十五歳で死亡。


チャールズ・リッジウッド

イングランド唯一の聖ゲオルギウス十字軍の騎士。


オーレリア・リッジウッド

チャールズの妹。


アラン・カペル

聖ゲオルギウス十字軍の騎士。少年のような容姿と声だが怪力。そして意外と歳をとっているらしい。


デハーイィ

聖ゲオルギウス十字軍の騎士。2Mを越える巨漢で、岩石のような容姿。名前の意味は「おしゃべり」。


レオンハルト・フォン・アウエルシュタット

黒伯爵の異名を持つヴァンパイア狩り。自身もヴァンパイア。「ゼニオ(senior)」。ソロモンの悪魔としてはグラキア・ラボラス。


ヨハン・ペッフェンハウゼル

アウエルシュタット工房の工場長。この人も実はヴァンパイア。


シャルロッテ・ゾフィー・フォン・シュタウフェンベルク

ヴァンパイア名ダンタリオン。

美人だが目立つことに執念を燃やす変人。レオンハルトを日本に誘う。


アスタロト

ソロモンに名を連ねるヴァンパイア。


ステュクスとアケロン

アスタロトの身の回りの世話を焼く少年と少女。ヴァンパイア。


ダーネ・ステラ

発明家。電気関連に異才をもつ。ヴァンパイア。


オリヴァー

ヴァンパイア名、獅子王プルソン。

上半身裸の筋骨隆々の大男。


ピップ(フィリップ)

獅子王プルソンのスードエピグラファ。


アンナマリア・ディ・フォンターナ

ヴァンパイア名ウェパル。白の魔女。

白髪で、まゆ毛、まつげも白い。碧眼。使徒座に忠誠を誓うヴァンパイアで構成された「聖騎士団」の騎士団長。


ラプラスの魔

ヴァンパイア。聖騎士団最高幹部。


ファンタズマ

ヴァンパイア。聖騎士団最高幹部。名前の意味は「幽霊」。




※使徒座:聖座とも。使徒ペテロの後継者たる教皇、ローマ教皇庁、そして広くはカトリックの権威全般を指す。ちなみに、司教座もそうだが、そのものはまんま椅子である。


※悪い冗談

静とロジャー・アルフォード海軍少佐の巨大拳銃。M500。

※ヴァルキューレ

レオンハルト・フォン・アウエルシュタットと聖ゲオルギウス十字軍の自動拳銃。コルトガバメント。

※グングニル

聖ゲオルギウス十字軍の対バンパイア用巨大ライフル。50口径。



※木花咲耶姫

コノハナサクヤヒメ。静の愛刀。朱鞘。栗原筑前守信秀。

※石長姫

イワナガヒメ。静の愛刀。黒鞘。栗原筑前守信秀。

※木花知流姫

コノハナチルヒメ。薫の愛刀。栗原筑前守信秀。



※カノン

正典。そのヴァンパイアグループの始祖。ソロモンの七二柱のカノンは「キング」と呼ばれる。

※アポクリファ

外典。カノンが直接生んだヴァンパイアのグループ。

※スードエピグラファ

偽典。アポクリファが生んだヴァンパイアのグループ。


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