年越し(紅×真白)
紅ルート後のお話です。
「うう…寒いね。紅、大丈夫?」
「俺は平気。真白、ほらもっとこっちおいで」
紅はそう言うと、自分のロングコートの中に私をすっぽり包んでしまった。
確かに暖かいけど、それより視線で! 周囲の女の子達からの視線で焼き殺されそうなんですが!
ここは海外資本の巨大テーマパーク。
年越しカウントダウンイベントの特集記事が載った情報誌を何の気なしに流し読みしたのは、先月のこと。
その時紅は私の部屋で、私の膝に頭を乗せて寝転がって本を読んでいた。彼曰く私は「特集ページをかなり熱心に見ていた」らしい。
そんなつもりはなかったんだけど、言われてみればそうかもしれない。
だって恋人らしいイベント日は、ことごとく会えない一年だった。
バレンタインデーにホワイトデー、ハロウィンにクリスマス。
ええ、紅のせいではありません。全部私側の事情です。イベント日には、大抵演奏会が催されるんだ。
恋人たちが仲良く手なんか繋いじゃって、聞きに来るわけ。
もちろん私情抜きで全力で演奏するし、わざわざ足を運んでくれてありがたいな~とも思う。
でも全部終わって、コンサートドレスから私服に着替えて、コンサートスタッフさんにパスを返した直後に、「ああ、私も紅に会いたいよ」って落ち込むところまでが、最早定番行事だ。
高校時代は良かった。
ほら、紅もこっち側だったから。聴衆を楽しませる方だったから。
でも一般の大学に進んだ紅が、ヴァイオリンを趣味以外で弾くことはもうない。練習は欠かしてないみたいだけど、就職すればそれもままならなくなるだろう。
こうして紅は、音楽の道から少しずつ、少しずつ遠ざかっていく。
それが無性に寂しいのは、私が欲張りなせいです。はい。
特にもやもやしたのはハロウィンだ。
紅は大学のサークルメンバーが開いた仮装パーティに参加したらしい。吸血鬼のコスプレで。
私がそれを知ったのは、栞ちゃん経由だった。紅の写真がSNSで拡散されていたらしい。憤った栞ちゃんからスマホのスクショ画面で問題の写真を見せられた私は、ちょっとだけホッとした。
紅は、狼男のマスクをかぶった男の子と、包帯をぐるぐる巻きにしたミイラ男らしき子と三人でカメラに向かって微笑んでいた。
一緒に女の子と映っていたりしたら闇落ち一直線案件だったよ、これ。
だけど紅がハロウィンパーティに出るって知らなかった私は、翌月のデートで完全にめんどくさい彼女と化した。ファインダー越しでもものすごく魅力的な吸血鬼だったんだよ。私だって生で見たかった!
十一月。紅葉が綺麗に見えるオープンスペースカフェで落ち合った後、私は無言でスマホを取り出し、吸血鬼の紅を本人に突きつけた。
しまった、って顔もかっこよくて泣きたくなった。
紅がもっと地味な顔してたら良かったんだ、なんて自分の一目惚れの理由を大気圏外まで吹っ飛ばし、勝手なことを思う。
紅は呆れることなく「どうしても断れなかった」「一時間くらいしか会場にいなかった」などと根気よく説明してくれたっけ。
それでもふくれっ面でそっぽを向いて、カフェオレを執拗に冷ます私の前で、紅は溜息をついた。
あ、やばい。やりすぎたかも。
そもそもハロウィンに会えなかったのは、私の演奏会があったからなのに。その演奏会にも、紅はちゃんと花束持参で来てくれたのに。
慌ててマグカップを置き、紅を見る。視線が合うなり、紅はふわりと視線を和らげた。
「やっとこっち見た。ヤキモチ妬くレアな真白を、ちゃんと俺に見せて」
大好きで大好きでしょうがない人から、甘い声でそんなこと言われて、抵抗できるわけもなく。
私はすぐに白旗をあげて、紅に謝る羽目になった。
この一年に起こった色んなことを思い返しながら、カウントダウンを待つ。
肩に回された紅の手の確かな重みが、愛しくて仕方ない。引き締まった腰に手を回し、私もぎゅっと身を寄せた。
「まだ寒い?」
紅が勘違いして、心配そうに聞いてくる。
確かにこの季節の屋外は、とっても寒い。真夜中という時間帯もあって、周りの人たちもみんな白い息を吐きながら、手を摺りあわせたりしてる。
紅の顔もきっと今触ったら、氷みたいに冷たい筈。
「寒いけど、幸せ。紅がいるから」
早口で言って、カシミアのセーターに頬をくっつける。
紅は私の肩に置いた手に力を込めた。
「どうしたの? めちゃくちゃ可愛いこと言って。……早く二人きりになりたくなるよ」
最後の台詞だけ声をひそめ、私の頭のてっぺんに口をくっつけて言うものだから、熱い吐息に蕩けそうになった。
「……私も」
いつもなら羞恥に耐え切れず「なにいってんの!?」って茶化してしまうんだけど、一年の最後の日くらい素直になってもいいかな、と頑張ってみる。
紅は黙り込んでしまった。
あれ? もしかして突っ込み待ちだった?
気になって顔をあげると、耳まで赤くなった紅と目が合う。
先に視線を逸らしたのは、紅の方だった。
あまりの可愛さに、くすくす笑ってしまう。紅は悔しそうに「ああ、もう」とぼやいている。
「最後はいつも、真白が勝つんだよな」
紅がしみじみとそんなことを言うものだから、私はすっかり調子に乗った。
「伊達に五年も紅と付き合ってないよ? 紅の甘い台詞にも慣れたし、紅が私に弱いのも知ってるし、そんな紅を私はいつでも守ってあげたいと思ってる」
「真白が俺を?」
不服そうに紅が言い返してくる。
「嬉しいけど、その台詞は俺が言いたいな。真白を守るって」
「今更だよ。……どうしてそこまでしてくれるの? って思うことばかりだよ」
紅が傍で支えてくれたからこそ乗り越えられたことは沢山ある。
今までの出来事が不意に押し寄せ、胸がきゅうと締め付けられた。
高校三年の、紅の誕生日。
一泊旅行に出かけた先で、かなり頑張って作ったお弁当を広げたあの日。
紅が唐突に零した涙を私は忘れていない。
悩みに悩み、一人で迷走していた私を、紅はそっと見守り続けてくれていたんだと知った。
そんな守り方が出来る人だと知って、これ以上好きになれないと思っていたのに、愛情に上限なんてないと気づいたんだった。
「真白を愛してる。それ以外にお前を守る理由なんてないよ」
紅は当たり前のように言った。
その声を合図のように、園内放送が流れ始める。
せっかくやってきたカウントダウンイベント。私は泣いてしまって、数を数えることができなかった。
「――3、2、1、ゼロ! ハッピーニューイヤー!」
盛大な花火が打ち上がり、空に艶やかな大輪の花を咲かせていく。
夜闇を切り裂き広がって、やがて落ちていく光の粒。色とりどりの光が描く数多の軌跡は、涙に滲んでますます綺麗に見えた。