後編
長い長い廊下を渡り、戸の隙間にできた小さな穴から中へ進入する。
目線が低いと、ちょっと本を積み上げているだけでも高層ビルに囲まれているかのような錯覚を覚える。将樹とカンダは圧倒的な書類の山を掻き分けよじのぼり、棚から棚へ飛び移りながら、問題の人間へと近づいていった…。
ここ親父の部屋だよな。ということは、あの山のようにでかいヘンなのって…親父か?
「今までこのような行動をしたことがなかったのに、なぜか今宵に限ってこの通り。」
カンダはぐるりと人間の前の方に回り、上を指し示した。ひょっと見上げると、丁度あごの辺りを下から見上げた形になる。
…と、下唇の先からピンク色の物体が飛び出して、丁度、顔の横に構えていたボールペンの先端をベロベロと、絡め取るように舐めはじめた。まるで、舌だけ意志を持ったかのような動き。周囲で見守っている他の文房具達から悲鳴が上がる。
「うぅわっ・・・。」これはキモチワルイ!
なんというか、ここにヨダレが降ってきそうな錯覚に陥る。全身がかゆくなった。
同じように身震いしながら、カンダは将樹の手を取り懇願する。
「あれはあんまりです。なんとか助けてやってはくれませぬか?」
「お、あんたが勇者さまかい?!じゃ、とっとと助けてやってくれよ!」
「頼むわん、かわいい勇者サマ。」
「かっこいー、ゆうしゃ、ステキー」
わらわらと、ほかの文房具:定規やハサミ、クリップが周りを取り囲んで異口同音に助けを口にする。期待のこもった目。敬愛の表情。
「気色悪いよー、きしょこいよー!」
ボールペン・・・いや、ボルンが悲鳴を上げた。なんということだ、舐めるだけじゃなく、先端を咥えてブンブン動かしている。よっぽど何も書くことが思い浮かばないらしい。
助けを求める声がする。自分を信じるモノがいる。それが文房具であるのは些か不満ではあるけれど、相手が誰であれ勇気を持って助けてあげる。そう、それが…
勇者!!
「わかったよ。こんなの、おとうに言えば即解決じゃねーか。オレにまかせろ。」
自分を必要としてくれるモノがいるのって、なんて気持ちが良いのだろう!
「いや、しかし、勇者殿。」
「いいから、黙って見てろって。」
バチーン
※※※※※※
「お父さん、なめるなよ。汚いだろ。」
将樹の父はあっけにとられた。
突如、机の上にあらわれた息子。見つめあう目と目。ワケが分からないまま目線を動かせば、壁に掛かった時計が目に入る。時間、12時16分。
「な、なんだ!こんな時間に何をやってるんだ!!早く寝なさい!!」
思わず大声で怒鳴れば、はじかれたように将樹は部屋を飛び出していく。
…。はぁ、物置を改造した部屋じゃなく、ちゃんとした書斎が欲しい。鍵のかかるのを。
そうすれば、おかしな邪魔など入らないんだが。
今の息子の行動を頭から追い払うと、父は再び書類に向き直った。
※※※※※※
大人しくその様子を見守っていたカンダ達は、ため息を一つついた。
『人間の優先順位では、文房具は下の方ですからな。彼らに我々の言葉が通じたって、改善されることはないだろうに。直接言うなどと…勇者殿はまだまだ甘いですな…。』
『あら、まだかわいいお子ちゃまじゃありませんの。仕方ないですわよ。』
『それにしたって、たよりねーよなぁ。大丈夫かい、この先。』
『頼りない、ゆーしゃ、ダメダメ』
そんなヒソヒソ声を聞きながら、再度、書類の山を登ってカンダ達の所へ行くのは、酷く惨めだった。そもそも甘く考えすぎたのかもしれない。
「ダメだった・・・。」ようやく言葉にできたのは、これだけ。
失望の視線がめちゃ痛い。けれど、人間で解決できなかった以上、将樹に何ができるだろう?大体、自分は小学生で、おまけに消しゴムなのだ。何か特殊技能があるわけでもないし…勇者なんて名ばかりだ。くそぅ、何でこんな文房具に白い目で見られなきゃなんないんだよ。くやしい…。
「勇者ちゃん。」
ぽん、と肩(?)に手が置かれた。ハサミの佐美さんがにっこり微笑んでいる。
「大丈夫よぉ。だってまだ勇者になったばかりじゃない?一回の失敗でくじけちゃダメ。百回でも二百回でも間違えて良いのですわ。だから、思いつく限りのことを試してご覧なさいな。この私、佐美さんがついていますわよ。」
「そうそう、クリッパーズもついてる!!みんな、ついてる!」
クリップの集団クリッパーズも箱から飛び出して、元気づけるかのように周りをグルグル回った。なんて、嬉しい言葉なんだろう。半分、孤独感と無力感に折れそうになっていた心が、ゆっくりと力を取り戻し始める。
「佐美さん…クリッパーズ…。」
ダメだなぁ。一度、何とかしてやるって決めたじゃないか。さっき調子にのった以上、オレが勇者として助けてやらないと…。少なくとも、応援してくれる物達のためにも。将樹は涙をぬぐった。
しかし、どうするか。学校で『ボールペンを舐めるのを止めさせる方法』なんて習わないもんな。いっそのこと、体当たりでもかまして親父をノックダウンさせちまおうか?うっは、勇者が魔王を退治する図っぽくね?あーまてよ、人間でも消しゴムでもそれは無理だ…親父との力の差がありすぎるよなぁ。
その時、ふと将樹の頭に先生の言葉が響いた。
『物事には必ず、原因と結果があります。』
社会の時間だったっけ…歴史で、確か何かの事件の話で。内容覚えてないけど、確かそんなこと言っていたな。結果が「ボルン・べろべろ事件」だとすれば、原因は…?
「な、カンダ。今までこんなことなかったって言ってたよな。」
「はい。ですからボルンも元気よく働いていたのですよ。ちょっと煙たいのだけは嫌だとは言ってましたが。いや、しかし、人間という生き物は、乱暴に我々を扱う者も多いですからな。先代の鉛三じいさんなんて真っ二つにされて、ミニ鉛筆として余生を送るのかと思いきや、雪だるまの眉毛にされましたからな。 誰 が や っ た とは申しませんが。それに比べれば、とてつもなく非常に際だってよい持ち主だったのです。」
「あーあー、悪かったよ。……あ、そうか。タバコがないのか。」
煙たいという言葉に、将樹は今朝のことを思い出した。
確か、ご飯を食べていたとき、お父さんが、お小遣いを全部使ってしまったから追加のタバコ代をお母さんにねだっていたはず。そんなこと言って、飲み代にするんだろと思っていたけれど、本当に一本も残っていなかったようだ。
「何か咥えてないと、落ち着かないってことなんだろうな。」
「へえ。じゃあ、そこに転がっている靴下でも押し込めやしょうか?」
将樹のつぶやきを聞きつけて、早速、定規のジョーが、机の下に落ちていた靴下を丸めている。
「…いや、健康に良い物の方がいいかな…。」
「じゃぁ、玄関にあったお花でも持ってきましょうか?あれキレイよねぇ。」
「玄関のって、薔薇じゃないか。キザな奴しか咥えねーよ、あんなの。」
「いや~ね、面白いじゃないの。」
ふむ。咥え舐めながら作業できるっていうのが理想なんだけど、とすると食べ物か。
それなら確か…。
「なぁ、クリッパーズ。お前達、台所まで行けるか?」
「いける、行ける、行けるよ!」
「冷蔵庫空けられる?」
「クリッパーズでは無理ですな。私め、カンダが一緒に参りましょう。それで何が必要なのですかな?」
数分後、クリッパーズとカンダが戻ってきた。
「あら、なあに、この長いの。しかもずいぶん弱々しいんじゃなくて?こういう軟弱な物好きじゃないわぁ。」」
佐美さんが、軽蔑したかのように、ふんっと鼻(?)を鳴らした。
「ソーセージだよ。食べ物。これ、咥えながら食べられるし、溶けないから長い時間口の中に入れておけるんだ。で、佐美さん、ここの金具のとこ切ってもらえないか?」
「…ほぅ、ビニールを剥がすと、もっとヤワヤワですな。で、どうやってこの人間の口に入れるのですか?」
「う。」
考えてなかった!!そりゃそうだ。机の上にぽーんと置いていたって、手にとるとは限らないし、口の前へ持って行ったって怪しまれるのがオチである。
「俺がお手伝いできそうですぜ。」
定規のジョーが、肩(?)を揺らしながらソーセージに近づいてきた。
「思いっきり口めがけて投げりゃあいいんですよ。俺が身体を反らせば簡単なことです。ま、ちょっとソレを押さえる手伝いはいりますがね。」
「助かる!じゃあ、オレ、親父に登って口を開けさせるよ。合図したらお願いできるか?」
「おう、任せな。」
返事を聞くか早いか、将樹は父の左手を伝って肩へ登り、そのまま頭の後ろへと移動した。そこから、髪をつかんでグイグイ頂上を目指す。口の開け方なんて考えてもいないけど…多分、鼻をつまめばいいんじゃないかな?
「うわっ!」
足を滑らせて、おでこへ落ちてしまった。さらに鼻筋が滑り台の様にスピードを付けて、顔の外へと滑り落とそうとする。さすがに、顔の上で何かがいることに気付いたのだろう、親父の左手が消しゴムを捉えようと近寄ってくる…。
落ちてたまるか!
鼻の先端から放り出されそうになる瞬間!将樹は必死で手を伸ばし、鼻の穴の縁に引っかかった。そして親父の手に捕まった瞬間、思いっきりそのつかんだ縁を引っ張る!
『いてっ!!』
ジョーさん、今だ!!
「うおぉぉぉりゃっ!!かっとべー!!」
ジョーは思いっきり胸をそらし、元に戻る反動を利用して超スピードで、ソーセージを押し出した!!
ホール・イン・ワン!!
「はがっ!!!・・・んぐ、がっほ、げほげほげほ!」」
ものすごい勢いで口に入ったのでむせたのだろう、涙目になって咳をしている親父の手から抜け出たボルンは、みんなの前にピョンっと転がり落ちた。それと一緒に将樹も手から逃れ、同じように着地する。
「みんなー、ありがとう!勇者様、ありがとう!!」
「さ、見つかる前にさっさと机の奥にかくれなさい。」
「なんで、隠れるんだ?」
将樹の質問に、文房具たちが白けた視線を向けた。
「いやだわん、勇者ちゃん。あの人間、ボルンを落としたと思って拾うために探すじゃない?でも見つからなかったら、こんなに夜遅いもの。今日は書き物をやめるわよん。」
「ボルン、休ませる、ボルン、疲れた。」
「あー、あーそー。」
疲れたっていやぁ、オレも疲れたな…今、何時なんだろう?酷く眠い。
「勇者殿。」
カンダがいたく真面目な顔で、おじぎをした。
「勇者殿、本当にありがとうございました。また、よろしくお願い致します。」
「本当よ、結構頑張ったと思うわん。」
「そうだな。最初はどうなるかと思ったが…お前案外、やるじゃぁねえか。」
「ありがと、ありがと、ありがとう!」
そうして、机の奥へ向かうボルンが、振り返って手を振る。
「勇者様、ご恩は壊れるまで忘れません。ありがとうございました。」
みんなに御礼の言葉を言われ、ああ、よかったと思った瞬間。
将樹は眠りに落ちていた…。
次の朝。将樹はいつもより少し寝坊した。
朝日の中で、自分の勉強道具がいつもと同じような状態で投げ出されている。…で、この筆入れがカンダ。ちょっと小突いてみるが、なんの反応もない。夢だったんだろうか?
「なぁ、将樹。昨日、…父さんの部屋に来たか?」
朝食の食卓で、やけに神妙な顔をして父さんが話しかけてきた。
「…え?い、いや?」
「だよなぁ~。でも、いたような気がしたんだよ。それに口の中にソーセージが突っ込んできて…。」
「ははは、何いってんの。寝ぼけてたんじゃないの?」
「疲れてんのかなぁ。」
「ほらほら、2人とも。早くご飯食べちゃって。遅刻しても知らないよ。」
母さんの声におされ、慌ててご飯を平らげる。父さんは、あまりお腹がすいていないのか、早々と背広を着て玄関へ向かう。
夢じゃなかった!!!
家を出るときも、学校へ向かっているときも、将樹は顔のにやつきを抑えきれなかった。
変身物、勇者、小さなもう一つの世界…しかもそれは、今まで自分が使っている文房具の世界なのだから。昨日は試せなかったけれど、消しゴムのままで外を自由に歩けるのなら、人間の時よりも行動範囲が広がるではないか!立ち入り禁止の所にだって潜り込めちゃうんだぜ。
あの、おでこお兄さんは1年間と言っていた。さあ、一体どんな冒険ができるんだろう?
お読みくださりありがとうございます。
いい気分転換になりました。
イメージ的には、漫画の第一話って感じのつもりですが…本当なら短編でするべきネタですな。




