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カワイイヒト  作者: リオ
4/10

第三話【契約】


「モデル料のことなんだけど」

「そんなの……いらないです」

 初めての恋なのに、まさかこんなに直ぐに真っ暗闇に突き落とされるとは思わなかった。

 私の好きになった人は、恋愛対象が、男。

 そんなオチ、信じられない。

 険しい顔で、グルグルとそんなことを考えていた。

「エナちゃん、モデルとして君を拘束してしまうんだから、報酬は払わせてくれないと……」

「いらないです」

 煎れて貰った紅茶のカップを持って、中のお茶をユラユラ揺らす。

 さっきから、ずっとそれを繰り返してる私を見て、景都さんは、凄く困った顔してる。

「じゃあ、何か欲しい物はある?」

「……お菓子」

 報酬……お金なんて、貰えないし。

 お菓子なら好きだし、美味しいし。

 景都さんは、どこかホッとして、それでもまだ、困った様な顔をしていて。

 急に私が、沈んだことが原因だろうか。

 景都さんは、それで渋々手を打った様で、簡単な契約を交わした。

 契約書みたいな大それた物はなくて、簡単な口約束。

 学校が終わってから景都さんの家に直行して、九時までモデルをやった後、夕飯をご馳走になる――景都さんがどうしてもって――そして帰宅。こんな感じ。

「じゃあ、明日から宜しくね」

「はい……」

 浮かない顔の私を、景都さんは心配そうな顔で送り出してくれた。

 暫く私の後ろ姿を見送ってくれていたみたいだけど、私は振り返ることも出来なくて、ずっと自分の爪先を見て歩いてた。

 胸が、締め付けられる様に苦しくて。

 唇を噛み締めていないと、涙が零れて、止まらなくなりそうで。

 何で。

 何で……。

 決定的に失恋なのに。

「馬鹿だな……私……」

 景都さんのこと、まだ、好きだなんて。

 ゲイ……の人に恋しちゃうなんて、有り得ない。

 でも、仕方ないじゃない。

 好きになってから、知ったんだから。

 叶わない恋心。

 きっと、誰かにバレたら、引かれちゃうだろうけど。

 初めての恋。

 大事にしたい。

 好きでい続けても、いいよね?

「うん……」

 自分の心の声に返事して、私は、前を向いた。



 今日も、学校は休み。

 休みの日は、午後一時の約束で。

 もうすぐ、時間。

 ピンクのセーターに、白のフリルスカートを履いて、家を出る。

 好きでい続けると決めたから、今日もお洒落をした。

 少しでも、可愛く見られたいと思ったから。

 ほぼ真っ直ぐの、景都さんのマンションまでの道程。

 特殊な恋心を大事に抱え、私は足を速めた。



「エナちゃん!」

 今日も景都さんは、マンションの外に出て待ってくれていた。

「こんにちは、景都さん」

「うん、こんにちは」

 ニッコリ笑う景都さんは、凄く可愛くて。

 ゲイよりもニューハーフの方が向いてそう……。

 とか、変なことを考えてみたり。

 好きな人を更に遠ざけてどうすんのさ。

「どうぞ」

「お邪魔します」

 景都さんの家に、一歩足を踏み入れた途端、妙な緊張感を感じた。

 彼はゲイだから、女の私の裸なんて何とも思わないだろうけど。

 それでも、私は景都さんが好きだから。

 これから、好きな人に裸を見せるなんて、めちゃくちゃ緊張しちゃう。

「ちょっとこっち来て」

 ボーッとしてはいたけれど、緊張のせいかいつもより敏感になってるみたいで、景都さんの私を呼ぶ声に体がビクッと跳ねた。

「は、はい!」

 慌てて頭を覚醒させる。

 景都さんの招く手に導かれる様に、私は一つの部屋へと足を踏み入れた。

「わ……あ……」

 そこは、独特な匂いを漂わせ、色んな色彩に溢れる空間だった。

 絵画の模写や、何処かで見たことある景色。

 様々な絵が、壁、棚、床などを飾っていて。

 それぞれ、同じ個性の輝きを放っていた。

「これ……みんな景都さんが?」

「そうだよ」

 ちょっと照れ臭そうに、景都さんは自分の頬を人差し指で掻く。

 そしてその指は、ある一点を指した。

 指の示す先には、大きなキャンバス。

 そして、距離の置かれた、二つの椅子。

「ここで、エナちゃんを描かせて貰うから」

「ここで……」

「うん、私、絵に囲まれないと集中出来なくってぇ」

 両手で頬を押さえる景都さんは、とても可愛らしくて。

 女を思わせる仕草が、チラリチラリと覗く度、私の胸は、苦しく痛んだ。

 私の想いを邪魔する隔たりは大き過ぎて、悲し過ぎて。

 きっと、普通の恋で経験する感情とは、強さと重みが違うだろうと感じた。

 景都さんは、あの部屋に待機していて、私は準備の為にリビングへ戻る。

 鈍い胸の痛みに耐え、震える手で服を脱ぎ始めたけれど、緊張と悲しさのダブルパンチは中々の物。

 いつもの様に、上手いこといかない。

 下着も何とか脱ぎ終わり、景都さんが用意してくれていた白く柔らかなバスローブに身を包んで。

 深く酸素を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。







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