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第30話. ムーア人

パンプローナの王、サンチョ3世。


彼は顔をしかめたまま、コルドバへ行ってきた兵士に尋ねた。


「不信者がコルドバにいないだと?」


「はい、不信者だけでなく、一緒に行動していたあのノルド人も見当たりませんでした。」


サンチョが重ねて尋ねた。


「奴が率いる傭兵団の他の者たちは?」


「彼らは全員、コルドバにいることを確認しました。」


「うむ...」


不信者がコルドバにいないという報告。


万が一と思っていた可能性が、当たってしまった。


サンチョが考え込んでいる間、その場にいた別の家臣が兵士に尋ねた。


「そんなはずがあるか?奴がコルドバにいないだと?きちんと確認したのだろうな?」


「はい、戦場を離れてから、すでに数か月経っていると聞きました。」


家臣が訳が分からないという顔で繰り返した。


「あの復讐鬼が...? 理解できんな。」


宴会場の家臣たちがしばらくざわめいた後になって、ようやくサンチョがゆっくりと口を開いた。


「ならば、ガスコーニュにいるというマルタンが、あの不信者なのだろう。」


彼の家臣が静かに反論した。


「違う可能性もあるのではありませんか?」


「三十人を斬り殺せる、別のマルタンを知っているのか?」


「...知りません。」


サンチョはしばし家臣を見つめてから、書記を呼んだ。


「ガスコーニュの親愛なる親族へ送る返書を用意しろ。」


「はい、王よ。」


書記が宴会場の隅から羊皮紙を持ってくると、慌ただしく挨拶文を書き始めた。


「できたか?」


「はい、お申しつけください。」


サンチョが落ち着いた声で言った。


「殺せないのなら、手を出さないほうがいい者。この程度でいいだろう。」


書記が怪訝そうな目でサンチョを見た。


「...それだけでよろしいのですか?」


「もっと書きたければ書け。重要なのはそこではない。」


サンチョが顔を向け、老いた家臣を見た。


「ガスコーニュへ人を送れ。何をすべきかは分かっているな?」


老いた家臣が頭を下げた。


「不信者についての全てを調査いたします。」


サンチョが頷いた。


「奴がどういう経緯であそこへ行ったのか、どこで何をし、今何をしているのか、奴について知り得る全てを調べてこい。」


「はい、王よ。」


***


マルタンは、実に久しぶりに夢を見ていた。


彼を迎えにイベリアまでやって来たピエール。


気のない顔をした過去の自分。


二人の前で険しい顔をして立っているエイナルまで。


彼は数か月前の記憶を、すぐ傍らから見守っていた。


会話を始めたのはエイナルだった。


「もうすぐコルドバへ進軍するかもしれないってのに、このまま出ていくのか?」


「まあ.....駄目ってこともないだろ。」


エイナルが過去のマルタンの目の前まで顔を近づけた。


「たかが荘園一つ貰うために行っちまうのか?しばらく病気の鶏みたいに弱ってたから喧嘩も我慢してやったってのに、本当にこうするのか?」


夢の中の彼が淡々とした顔で言った。


「喧嘩は適当に、お前が勝ったことにしろ。」


エイナルが呆れた表情を浮かべた。


「だったら俺について来いよ。俺の故郷に来れば、荘園だって二つくらいはやるって言ってるだろ?」


「凍え死ぬのにちょうどいい土地でか?」


「ここが暑いんだよ、俺の故郷が普通なんだ。」


無茶を言い張るエイナルの姿。


自分はそれを無視して、そのまま立ち去った。


「とにかく俺は行く。行くぞ、ピエール。」


「はぁ... 団長って奴が本当にこうして行くのか?」


夢の中の彼は振り返りもせず答えた。


「団長。それ、お前がやれ。」


「誰が団長の座をくれって言った?あのムーア人どもの都市だけ見物して戻ろうって言ってるんだろ?」


彼は何も答えず、前へ進んでいった。


「おい!この %^&$」


去っていく彼の背中へ向かって、エイナルは何を言っているのか分からない言葉で罵声を浴びせた。


そうしてしばらく何かを吐き散らしていたエイナルが、不意に顔を向け、自分と目を合わせた。


「...?」


夢の中のエイナルがゆっくりと口を開いた。


「そこで待ってろ。」


こんな言葉はマルタンの記憶にはなかった。


「ポワイヤック、そこでじっと待ってろって。」


コケコォォ-


聞き慣れた鶏の鳴き声。


マルタンは、自分がベッドの上に横たわっていることに気づいた。


『…..久しぶりのくだらない夢だな。』


冬は矢のように過ぎていた。


全ての農作業を終え、家畜を屠殺してからも一か月以上が過ぎ、今ではもう降誕祭も間近だった。


マルタンは起き上がり、寝室を出た。


屋敷のホール、その中央にある炉では、いつものようにシチューが煮えていた。


「お目覚めですか?」


炉端から立ち上がって挨拶する者たち。


マルタンは適当に彼らの挨拶を受けると、シチューの中身を確認した。


相変わらず彼を出迎える魚の頭。


それにマルタンが顔をしかめた。


降誕祭前の4週間、待降節。


教会の主導によって、陸上の動物の肉を控えるよう勧められる恐ろしい期間。


元々そんなものを気にしてはいなかったが、一緒に暮らす者たちの立場を無視するわけにもいかなかった。


「領主様、召し上がりますか?」


ピエールが魚のシチューの入った器を差し出した。


「いらん、俺はこれを食う。」


マルタンが炉端の近くに刺してある焼き魚を手に取った。


名も知らぬ魚と草っ葉が入ったシチューよりは、いっそ直火焼きのほうが何倍もましだった。


バリッ-


食事の最中、シモンが口を開いた。


「もう降誕祭が近いなんて、時間が経つのは本当に早いですね。」


それを聞いたジャックが横槍を入れた。


「それでも倉庫はまだみたいだが?」


「それももうすぐ終わりますよ。屋根はほとんど張り終えたから、あとは壁を仕上げればいいです。」


そう言い終えたシモンがシチューを啜る間に、ピエールがマルタンへ尋ねた。


「領主様、そういえば数日前に城主様がいらっしゃったではありませんか?」


マルタンは噛みちぎった魚を適当に噛んで飲み込んだ。


「そうだったな。」


「その時、何か結婚の話を聞いた気がするんですが、正確にはどんな内容だったんですか?」


「結婚...?」


マルタンは数日前の記憶を思い出した。


公爵の宮廷会議のためボルドーへ向かっていたアイマルが、わざわざポワイヤックまで来て、しばらく喋り散らしていった話。


「ああ... 公爵の妹がアキテーヌ公爵と婚姻するそうだ。」


ピエールの両目が大きく見開かれた。


「なんと、アキテーヌ公爵とですか?」


「そんなに驚くことなのか?」


当然だというように頷くピエール。


「アキテーヌといえば、川の向こう側を丸ごと支配している勢力ではありませんか?」


「そうだとは聞いた。何か知っているのか?」


「いいえ、今言ったので全部です。」


続いたのは沈黙だった。


食事がほぼ終わるまで続いた静寂を破ったのは、扉の外から聞こえてきたジャンの声だった。


「領主様-!」


マルタンは反射的に席を蹴って立ち上がった。


そのまま屋敷の扉を開き、庭の様子を確認した。


「...?」


庭でジャンと向かい合って立っている人物は、ここにいるはずのない人間だった。


マルタンはほんの一瞬、昼間に見たくだらない夢がまだ続いているのではないかと考えた。


「おお、マルタン!やっぱりここで合ってたな。」


背中に背負った巨大な弓袋。


他の者より頭二つ分ほど大きな巨体。


相手の正体は明らかだった。


「...エイナル?」


エイナルが両腕を広げ、楽しそうに笑みを浮かべた。


「見ての通り、お前の知ってるエイナルだ。」


マルタンが何を言うべきか考えている間に、エイナルが不満そうな顔で腕を下ろした。


「久しぶりに会ったってのに、何か歓迎くらいないのか?」


マルタンは適当に頭へ浮かんだ言葉を口にした。


「...久しぶりだな。」


「それだけかよ?」


エイナルが信じられないという顔で後ろを向くと、人間を一人持ち上げて彼の前へ立たせた。


「ほぼ半年ぶりだから、俺はこうして贈り物まで用意してきたってのに、お前はそれで終わりか?」


エイナルが差し出したのは、どこかひどく痩せて見えるムーア人。


贈り物という言葉とは、かなり縁遠く見える男だった。


「.....贈り物?」


「ああ、贈り物だ。」


エイナルが頷くと、ムーア人の両肩を軽く叩いた。


「ほら、自己紹介しろハサン。お前の努力を見せてやれ。」


しばしの静寂。


やがて、ハサンがおどおどしながら口を開いた。


「俺.....庭園 管理人 ご主人様.....会えて 嬉しい。」


エイナルが満足そうな顔でマルタンを見た。


「見ただろ?コルドバから連れてきた頭のいい奴なんだが、たった一か月くらいで新しい言葉を覚えたんだぜ?」


マルタンは何も答えなかった。


「何だよその顔?お前、頭のいい奴好きだろ。」


エイナルがそのまま話を続けた。


「こいつくらいなら、お前が言ってたみたいにドカンと爆発するものだって作れるんじゃないか?見たところ、錬金術師みたいな妙な物もたくさん持ってたぞ?」


マルタンがゆっくりと首を横に振った。


「もう必要ない。」


「必要ないだと?」


エイナルの表情から笑みが消えた。


「俺がこいつを連れてくるのにどれだけ苦労したと思ってんだ、必要ないだと?」


マルタンが淡々とした顔で答えた。


「必要ないものは必要ない。」


エイナルがひどく不愉快そうな顔で舌打ちした。


「ちっ、相変わらず死んだ魚みたいな目しやがって。」


マルタンをしばらく睨みつけてから、溜息を吐いた。


「まあ、今日だけが日じゃないだろ。とりあえず再会を祝うついでに、中へ入ってもいいか?」


マルタンがしばし考えてから、ゆっくりと頷いた。


巨体の男と痩せこけたムーア人が屋敷へ入っていく間、庭に立っていたジャンがマルタンへ近づいた。


「領主様、これはいったいどういうことですか?」


状況をまるで理解できていないように見えるジャン。


マルタンが険しい顔で口を開いた。


「面倒なことになったな。」


「危険な者たちなのですか?」


「いや、そういうことじゃない。」


マルタンが眉間に皺を寄せ、ジャンに尋ねた。


「村にバスク語を話せる者はいるか?」


エイナルと、彼が連れてきたムーア人。


その二人はガスコーニュ語をまったく話せなかった。




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― 新着の感想 ―
マルタンとゆかいな仲間たちの結成か
後続が続々と続いたりしないだろうな? 戦争になるぞ。
兵士???きた??
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