第1話. 三男
第1話
どうしてこんなことになったのか、今でもよく分からない。
ただフランスへ出張に向かう途中、飛行機の中で眠りについただけだった。
別にこんな未開の時代を体験してみたいと思ったことはなかった。
ざぶん――
記憶の始まりは、身を切るように冷たい水だった。
「名前はマルタンがいいだろう。」
洗礼を受けるには、赤ん坊の全身を何度も水に浸さなければならないと言っていただろうか。
何度も鼻から水を飲んだ末に、マルタンという名を与えられた。
ある程度の時が流れた頃になって、自分の身分を理解することができた。
人口百人をようやく超えるほどの小さな荘園、その領主が彼の父親だった。
農奴として生まれなかっただけでも幸運と言えなくはないが、事情は決して良くなかった。
荘園は一つ、息子は三人。
長男を除けば受け継げるものは何もなく、彼は三男だった。
もちろん、受け継ぐ土地のない者たちにも選択肢はあった。
聖職者になるか、誰かの家臣になるか、それとも傭兵になるか。
だが、マルタンに与えられた選択肢は傭兵だけだった。
無神論者として生きてきた自分が聖職者になるのも滑稽だし、誰かの家臣になるには父の人脈はあまりにも貧弱だった。
だから彼は早々に傭兵になることを決め、幼い頃から剣を振るっていた。
「ボルドーにイベリアへ向かう傭兵団がいるらしい。どうする、マルタン?」
機会は早く訪れた。
十四歳。
教会法でようやく成人として扱われる年齢だった。
まだ一人前の大人とは見なされない年齢だったが、マルタンはひとまず故郷を離れた。
兄弟が二人いるうえ、甥までいて、屋敷はすでに飽和状態だったからだ。
故郷を発つ時に与えられたのは、綿入れ鎧一着と古びた剣一本。
荘園の事情を考えれば、それだけでも十分ありがたいことだった。
故郷を離れ、大都市ボルドーへ入る。
その後は傭兵団に加わり、ピレネー山脈を越えた。
ピレネー山脈の向こう、イベリア半島。
コルドバ・カリフ国という巨大なイスラム国家が覇権を握る土地。
その地獄のような場所で十年間生き延び、故郷へ戻ってきた。
「ここで間違いないか?」
マルタンは、自分をここまで連れてきた年老いた使用人、ピエールに尋ねた。
「はい。記憶が曖昧になっていても無理はありません。」
「そうだろうな。」
戦場で過ごした十年。
それは、のどかな荘園での暮らしをほとんど忘れさせるには十分だった。
「まさかまたここへ戻ってくるとは思わなかった。」
***
マルタンは顔を上げ、ゆっくりと周囲を見回した。
湿っているどころかぬかるんだ地面と、一面に広がる葦原。
細かな記憶は思い出せないが、どこか懐かしい感覚だった。
マルタンが故郷へ戻ってきた理由は簡単だった。
後継者の不在。
ピエールが疫病で彼の兄と甥たちが全員死んだという知らせを持ってきたため、父の跡を継ぐ領地の後継者になるべく戦場から帰還したのだ。
「こんなところで立ち話をしている場合ではありません。早く領主様にお会いしましょう。」
ピエールがマルタンを急かした。
おそらく、このうんざりするような旅を一刻も早く終わらせたいのだろう。
戦場にいる彼を探し回って半年以上になるというのだから、それも無理はなかった。
村へ入ってほどなくして、塀に囲まれた屋敷の前へたどり着いた。
荘園領主の館。
彼が生まれ育った家は、今も変わらぬ姿のままだった。
門を開けて中庭へ入ると、菜園を手入れしていた使用人がこちらを振り向いた。
思いもよらない人物を見つけたからか、その目は大きく見開かれた。
「……ピエール?」
「久しぶりだ。元気にしていたか?」
ピエールとは違い、相手はあまり歓迎している様子ではなかった。
「ああ。君は死んだものだと思っていた。」
「死ぬものか。坊ちゃまを探すのに少し時間がかかって遅くなっただけだ。」
相手の顔がみるみる青ざめた。
「ぼ、坊ちゃま? まさか君の後ろにいる人が三男坊ちゃまなのか?」
「そうだ。しかし、どうしてそんな顔をしている……?」
何が問題なのか、おろおろと落ち着かない様子。
マルタンは、何かがうまくいっていないことを察した。
ぎぃ――
屋敷の扉が開き、どこか上等なチュニックを身につけた男が姿を現した。
一度中庭を見渡すと、菜園を手入れしていた使用人へ視線を向けた。
「何事だ?」
「えっと……。」
使用人は、新たに現れた男とこちらを交互に見比べた。
何かを迷っている様子だったが、やがて口を開いた。
「そ、その……こちらはピエールです。領主様。」
『領主だって?』
マルタンは屋敷から現れた男をじっくり観察した。
ぼさぼさの髭に、この時代特有の乱れた短髪。
記憶の中の父親に似ているようでもあったが、間違いなく父ではなかった。
マルタンが記憶をたどっている間に、相手は眉間にしわを寄せ、ピエールを見た。
「ピエールというと……兄上の使用人だった男か?」
ピエールは頭を下げた。
「はい、その通りです。しかし、領主様とはどういうことです?」
「兄上は先月亡くなった。跡継ぎもいなかったから、弟の私がポワイヤックの領主になるしかなかったのだ。」
男の目が細くなった。
「君は兄上の命を受けて家出した甥を探しに行ったと聞いていたが?」
その時になってようやく、マルタンは相手が誰なのか思い出した。
父とは仲が悪く、ポワイヤックにはあまり来なかったが、この男は間違いなく叔父のロベールだった。
ピエールを見ていたロベールの視線が、いつの間にかその後ろに立つマルタンへ向けられた。
しばらく彼を頭から足まで眺め回したロベールは、ついに結論を口にした。
「よく分からんな。本当にその者が私の甥なのか?」
幼い頃の姿しか何度か見たことがないからなのか、それとも領主の座を奪われるのが嫌だからなのかは分からなかった。
確かなのは、状況が厄介になったということだけだった。
マルタンはピエールを押しのけ、一歩前へ出た。
「お久しぶりです、叔父上。」
相手は彼を否定した。
「私は君を知らん。」
「領地の者たちは知っているでしょう。私は自分の領地を取り戻しに来ました。」
マルタンの言葉に、ロベールは眉をひそめた。
「たとえ君が私の甥だったとしても、もう遅い。レスパールの城主はすでに私の権利を認めている。」
レスパールの城主といえば、この一帯を支配しているも同然の人物だった。
だが、そんなことは関係なかった。
この領地は間違いなく彼のものであり、彼の剣はレスパールの城主よりもずっと近くにあった。
「ならば、剣をお取りください。」
「……何だと?」
ロベールは明らかに動揺していた。
「神の御名の下で決闘するのです。誰がこの領地の正当な支配者か、はっきりするでしょう。」
決闘裁判は常に正しい。
とりわけ今のように双方に大義名分がある場合、その効果はなおさら大きかった。
「わ、私はもうこの地の領主だ! 今さらそんなことはできん!」
「決闘裁判がお嫌なら、お引き取りください。ここは私の家です。」
相手が自分の叔父だからといって、手加減するつもりはなかった。
戦場の狂気は彼を鈍感にし、ろくに記憶もない叔父は、ただの障害物にしか思えなかった。
ぎぃ――
緊張が漂う中、屋敷の中から若い青年が姿を現した。
しばらく状況を見回した後、不思議そうな顔でロベールに尋ねた。
「父上、何事ですか?」
「大したことではない。どこぞの気狂いがやって来ただけだ。」
ロベールは依然としてマルタンを認める気はないようだった。
もちろん、それはマルタンも同じだった。
彼は自分の家に住み着いている不法占拠者たちを容認するつもりはなかった。
「自信がないのでしたら、代理闘士をお連れいただいても構いません。一週間ほどはお待ちしましょう。」
「戯言を! 私がお前ごときに勝てぬと思っているのか!」
相手が何を言おうと関係なかった。
彼はすでに決断を下し、それを相手に伝えた。
残るのは相手の選択だけ。
「一週間後、また参ります。」
マルタンは最後通牒を突きつけると、屋敷を後にした。




