第97話 俺とエレーナの息子、カイン
『アヴァロン帝国暦2年 9月中旬 帝都フェルグラント 晴れ』
【皇帝の右腕グレン公爵視点】
窓の外からは、秋の訪れを告げる涼やかな風が吹き込んでいた。
かつて雑兵だった俺が、今やアヴァロン帝国の中心である帝都フェルグラントの宮殿で、皇帝の右腕として膨大な国務を執り行っている。
ペンを走らせる音だけが響く執務室。
ふと視線を上げると、対面に座る皇帝カール様が、退屈そうに頬杖をついていた。
「……グレンよ。この報告書の山、どうにかならんのか。槍を振るうより肩が凝るわ」
「そうおっしゃらずに。これらすべてが、新しき帝国の礎となるのですから」
俺が苦笑しながら答えると、皇帝はフンと鼻を鳴らした。
その瞳には、大陸を統べる覇者としての重みが宿っている。
その時、廊下から慌ただしい足音が近づいてきた。
扉が勢いよく開かれ、一人の伝令が転がり込むように入ってくる。
「も、申し上げます! グレン公爵閣下! 公爵邸より火急の報せにございます!」
俺は思わず椅子を蹴立てて立ち上がった。
ここ帝都にある公爵邸には、出産を間近に控えた妻のエレーナがいる。
「……何があった! エレーナか!?」
伝令は大きく息を整えると、顔を輝かせて叫んだ。
「はっ! 先ほど、エレーナ様が無事に男子を出産されました! 母子ともに健やかであるとのことにございます!」
一瞬、思考が真っ白になった。
次いで、胸の奥から熱い塊が突き上げてくる。
(生まれた……俺と、エレーナの子供が……!)
拳を固く握りしめ、震える唇で喜びを噛み締める。
隣では、皇帝が豪快な笑い声を上げていた。
「わははは! そうか、ついに生まれたか! グレン、めでたいな!」
皇帝は立ち上がると、俺の肩を強く叩いた。
「うむ、行ってこい。屋敷はすぐそこだろうが、仕事どころではあるまい。後の書類は……まあ、適当に片付けておくわ」
「……カール様。ありがとうございます!」
俺は深く頭を垂れると、執務室を飛び出した。
◇◆◇
宮殿から馬を飛ばし、帝都の一等地に構えた公爵邸へと滑り込む。
館へ駆け込むと、そこには産後の疲れを感じさせない、穏やかな微笑みを浮かべたエレーナがいた。
彼女の腕の中には、小さな、本当に小さな命が抱かれている。
「おかえりなさい、あなた。……この子が、私たちの息子ですよ」
エレーナに促され、俺はおそるおそるその小さな体を抱き上げた。
驚くほど軽く、そして温かい。
小さな拳が、俺の指をぎゅっと握りしめた。
「……カイン。カイン・フォン・オルデンブルク。それが、この子の名前だ」
俺がその名を呼ぶと、赤ん坊は欠伸をするように小さく口を開けた。
その姿を見守るエレーナの瞳には、愛おしさが溢れている。
「カイン……。素敵な名前ですわ。この子が大人になる頃には、もっと平和な世の中にしたいですわね」
「ああ。そのために、俺は戦ってきたんだからな」
窓の外には、活気に溢れる帝都の街並みが広がっていた。
かつて名もなき雑兵だった俺、グレン・フォン・オルデンブルクが手に入れた、何よりも代えがたい宝物。
(俺の息子、カイン……)
息子の体が冷えないように、そっと毛布をかけると、俺に向かって小さな手を伸ばしてきた。
そっと手を差し出すと、人差し指をグッと握られた。
思ったより、力強い。
腕の中の温もりを感じながら、俺は新たな決意を胸に刻むのだった。
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