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劣勢の戦場で敵将を討ち取った俺、気づけば公の右腕にされた件  作者: 塩野さち


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第14話 グレンフィルト、ついに商人へ徴税開始!

『ヴァルゼン公家歴10年 10月上旬 グレンフィルトの門 晴れ』


【グレン男爵の妻、エレーナ視点】


 ここグレンフィルトで、ついに徴税が開始されるという報せは、瞬く間に商人たちの情報網に乗って駆け巡りました。


「ついに始まったか!」


 というのが、商人たちの概ねの反応だったようです。むしろ、今まで無税だったことの方が異常だったのですから。

 ですが、その税率が「一割」と聞いて、誰もが胸を撫で下ろしたと聞きます。


「一割か。まあ、それぐらいなら構わんな」


 将来的に上がる可能性も示唆されてはいましたが、それでも他の領地に比べれば破格の安さ。まだまだ許容範囲内でした。


 ただ、一つ問題がございました。

 私の夫、グレン様は……悲しいかな、計算が苦手だったのです。

 簡単な文章こそ読めるようにはなりましたが、それでもまだ怪しい。私は妻として、彼が領主としての務めを果たせるよう、夜ごと算術や読み書きを教える毎日でした。


(十引く一は、九……。指を折って数えるのは、もうやめましょうと申し上げたのに)


 そんなある日、私は夫の勉強の成果を試すため、一つの提案をしました。

 朝一番、グレンフィルトの正門へ赴き、夫自らが徴税を行うのです。

 もちろん、「領主が徴税の様子を視察し、必要な役人の数を決めるため」という名目で。


 朝日が昇り、街の門がゆっくりと開かれます。

 すでに門前には、街へ入ろうとする商人たちの列ができていました。


 最初に来たのは、十頭のブタを連れた、人の良さそうな農民の男性でした。

 これは、テストにちょうど良い問題です。一割ならば、ブタを一頭徴収すれば成功です。


「そこの男、止まれ。税を取る」


 夫が、少し緊張した面持ちで声をかけます。


「へ、へい。税の話は聞いておりますだ。いかほど取られるので?」


「うーんと、豚が十頭だから、えーっと……一頭、置いていけ」


「わ、わかりやした!」


 男は、列の中でもひときわ大きなブタを選び出すと、その綱を門の脇の柵に括り付け、慌てて残りのブタを連れて街へ入っていきました。


(……ふう。とりあえず、計算は合っていたようですわね)


 私は、すぐにいつもの真面目な徴税役人と交代させると、夫の手を引いて物陰へと連れていきました。


「百点をあげたいところですけど……九十点とさせていただきますわ」

「ええっ!? だって、計算は合ってるじゃないか? ほら、もらったブタだって大きかったし!」


 夫は心底不満そうです。私は小さくため息をつきました。


「そうですわね。確かに大きなブタでした。しかし、よく見ればあれはオスのブタ。しかも、牙の様子からして、かなり年寄りのブタと見ましたわ。そして、彼が連れていた他の九頭は、みな若い子豚でした。つまり……」

「つまり?」

「いまグレンフィルトでは、ダリオ商会が持ち込んだ新しい調理法のせいで、ちょっとした美食ブームが起きていますの。柔らかい子豚のほうが、よほど高く売れるでしょうね。さらに言えば、オスよりメスの方が、将来的に数を増やすのに適していますわ」

「と、いうことは?」

「あのブタは、このままでは食べてしまうか、安く買い叩かれるかしかありませんわね……。税として受け取るなら、価値のあるものを選ばせるか、お金で納めさせるべきでした」


「ええっ、そんな~っ!」


 夫は、がっくりと肩を落としてしょぼくれてしまいました。

 そこへ、騒ぎを聞きつけたのか、『銀狼傭兵団』の隊長であるイリア様が、面白いものを見つけたとでもいうように駆け寄ってきました。


「よっ、グレンのダンナ。なんだい、朝からしょぼくれて。おや、立派なブタじゃないか? こいつ、どうするんだい? 食うのか?」


 その言葉に、夫は弾かれたように顔を上げました。


「そうだな……よし、いっそ食べてしまおう! エレーナ、確認するけど、このブタはたいして価値がないんだよね?」

「え、ええ、換金しても銀貨ちょっとにしかなりませんわよ?」

「じゃあ決まりだ! イリア、みんなを集めろ! 広場で火を起こして、このブタを焼くぞ! 一人一口しか食べられないかもしれないけど、みんなで食べちゃおう!」

「やったー! 言ってみるもんだね!」


 イリア様は、子供のようにはしゃぎながら駆け出していきました。

 こうして、夫の鶴の一声で、グレンフィルト初の「お祭り」が始まったのです。

 最初はブタ一頭を焼くだけの小さな集まりでしたが、「領主様の振る舞いメシだ!」「今日は徴税開始のお祝いだ!」という触れ込みで、あれよあれよという間に人が集まってきました。


 「めでたい日だ」と言って古い麦を寄付する商人が現れ、パン屋が焼きたてのパンを差し入れ、ついには、景気の良い酒屋の主人が、エールを樽ごと提供してくれたのです。

 わずかな持ち寄りでしたが、街中の商人が参加したため、なかなかの規模の宴会となりました。


「ま、まあ、お酒も出て来たことですし、今日は良しとしますわ!」


 領主ということで、私と夫には優先的にエールが回されます。

 私は、久しぶりに飲むお酒の味に、すっかり酔いが回ってしまいました。どうやら、しばらく飲まないと弱くなるというのは本当のことらしいですわね。

 酔いつぶれこそしませんでしたが、館へ帰るころには、すっかり良い気分になっていました。


(たまには、良いものですわね……)


 計算はできなくても、人を惹きつけ、街を一つにしてしまう。

 夫の持つ、その理屈を超えた不思議な力に何かを感じながら、その夜は、二人で同じベッドにつくのでした。


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「普通かなぁ?」★三つを押してね!

「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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