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東京に住む龍  作者: 江戸紫公子
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第十話 千客万来 その四

 馬場君のお爺さんが龍神社に、鯉幟のぼりの棹を立てくれた。辰麿は早速鯉のぼりを揚げた。棹の上の矢車と玉が勢いよく回っている。長い竿には吹き流しに、真鯉緋鯉に青とピンクの子供の鯉が揚がっている。それを嬉しそうに見上げている青龍だった。いよいよゴールデンウイーク直前だ。社務所の木の引き戸を開けて小手毬が出て来た。


「鯉のぼりが揚がっているー。今日は天気だね」


「小手毬、これから大学」


「今日は履修届を出しに行かなきゃ」


目いっぱいスケジュールを入れた、履修届を見た辰麿は、


「流石僕のお嫁さん」


また訳の分からない褒められ方をされた。


 小手毬を見送った辰麿は、境内の掃除をはじめた。今日も辰麿は白い着物に青い神主用の袴を穿いていた。袴は高校生の時に神社用品のネット販売で買った東レ製の袴だった。かなりくたびれているが着心地抜群で、辰麿は気に入っている。この日は御祈祷の予約もなかったので、この袴を穿いて境内のお掃除をすることにした。


 浮き浮きしながら時々箒を持つ手を止めて、辰麿は鯉のぼりを見上げた。お社の回り、鳥居から続く石畳の参道、子供達が鬼ごっこやドッジボールでいつも遊んでいる境内の真ん中を、箒で掃き清めた。それから社務所からレジ袋と小さいシャベルを手にして戻ってくると、塀際に生えている雑草を抜き始めた。


 小一時間経っただろうか、大方の雑草を抜いて立ち上がり腰を伸ばした辰麿に、小手毬の父が声を掛けた。


「辰麿君、草むしりとは朝から頑張っているな」


「あっ、小手毬のお父さん。神社の整備も神主のお仕事ですから、草むしりもしなくちゃ。朝からどうしたのですかお父さん。小手毬は大学に行ってしまいましたよ」


 あまり縁のない人だが、小手毬の父が一千万円、青龍に返しに来たのだった。二人はベンチに腰掛けて話した。


「辰麿君、君から借りた一億円、本当に助かったよ。お言葉に甘えて返済が遅れて済まなかった。今日一回目の返済を振り込んだのでその報告に来たんだ。一千万円神社の口座の方に振り込んでおいたよ」


「お父さんあれは、上げたつもりなのに」


「そういう訳に行かないよ、きちんと返さないと。でも返済を遅らせてもらって、大変助かった、改めて礼を言うよ。東京都の融資も返済しているので楽ではないんだけれど、新しい得意先も増えて資金繰りも楽になったんだ」


「それはよかったですねー。ところで政府系の金融機関から借りた二億円をどうしましたか。あれ三億だったかも」


「いや、うちの会社で借りたのは東京都の融資一億円と、辰麿君から借りた分しかない。国庫融資は申し込みはしたが、東京都の方が早く決まったので、融資は受けてないよ」


 小手毬の父が帰ると、その場で辰麿は大きなお目目をぐるぐるして考えごとをした、うーんと唸ると社務所に戻り、パソコンを立ち上げネットバンキングをチェックした。宮前技研から確かに一千万円の振り込みがあった。パソコンの前でまた辰麿は唸って考え事をした。


 今から三年前に、両親の離婚を発端として宮前技研の経営が傾いた。受験を控えた小手毬が私立の薬学部を諦めた。辰麿が一億円を直接貸し、何処からか嗅ぎつけた内閣官房の笠原に、国庫融資を実行するため。二億円辰麿から奪っていった。官房機密費から政府系金融機関に一億円まわったことも知っていたので。笠原は二億円を横領したと辰麿は思い込んでいた。どうやら三億円も引ぱって行った分けだ。


 そう言えば、月に一度の面談に寺田曼珠しか来なくなって大分経つ。思い起こすと笠原は青龍を避けていたのだ。龍神社は日本全国の寺社から、龍への願い事をがあると、賽銭と信仰の高さ円に換算して、天国の天照大神の魂管理センター経由で、龍神社に振り込まれていた。辰麿は長らく子供の形をして暮らして来たので、銀行口座に膨大な金額があった。


「一億円などくれてやっても良かったのだが、三億円もかー」


 と言うとまた溜息を付いた。国のお金を奪ったのはどうなんだ。腕を組み直して考えた。このまま行くと笠原は地獄行きだ。曼珠沙華君は刑場で獄卒として亡者の拷問をしている。恐らく笠原は元部下に拷問されることになるのだ。横領の金額も大きい。地獄での刑は重くなる。その罪を軽くするのは現世で罪に問うことだと思い付いたのだった。


 青龍は、内閣官房の然るべき要人に直接連絡を取り、夕方外出した。数か月後横領事件の小さなニュースが流れた。それに付いて報道各社もフリーのジャーナリストも誰も追及しなかった。そして現世日本政府とのつながりが切れる。

 

 八時前に小手毬が帰ってきた。キッチンのテーブルには山吹さんが作った、赤いパプリカのサラダと、大皿に山盛りの手作りクリームコロッケを辰麿はがしがし食べていた。


「お帰り、小手毬。今日お父さんが来たよ」


「へーいつ来たの」


「十一時頃、僕が貸したお金の内、一千万円を返してくれたんだ。最近お父さんの会社の資金繰りが良くなっていて、新しいお得意様も増えたって」


「心配してたから、良かった」


「そのお金で龍神社の玉垣を作ろうと思っているんだ」


「玉垣って、石で出来た文字が彫られた垣根のこと。元々龍君のお金だから好きにしていいよ。

あークリームコロッケあと五つしかない、取っておいて。今荷物を部屋に置いてくるから」


 夕食後小手毬は自室で、龍笛の練習をした。十一時に御簾内のリビングに行くと、辰麿が一人で、テレビを見ていた。此処もキッチンと同じく、日本放送協会とあの世放送協会のニュース番組が流れていた。


 いつもは龍馬さんと女医の露芝さんと一緒になる事もあったが、此の夜は出掛けて居なかった。龍馬さんは高円寺に住んで、ライブハウスに出ているようだ。露芝さんは地獄大学の医学部に研修に行き、今は天国の田舎の病院で研修していて留守だ。


 辰麿の隣の座布団に坐ってニュースを見た。NHKでイケメンアナウンサーが、


「ニューヨークのオークションハウスで、この程発見されましたストラディバリのバイオリンが、オークションに掛かることが分かりました。最低落札価格は一万ドル日本円で一億になります。出品者は匿名で、鑑定士によると、殆ど演奏されてない状態の良いバイオリンとのことです」


 画面では、長身で長い髪のモデルのような女性バイオリニストが試し弾きしていた。


「やっぱりストラディバリ、音が違うわー」


「えっ、そうなの」


「響きが特別なのよ、同じ演奏家でも楽器が違うと音も違うわ」


 間髪入れず、あの世放送教会のニュースが流れた、羽織を着た小豆洗いの男性アナウンサーが読んでいた。


「三十年前、天国芸術財団から行方不明になった、ストラディバリのバイオリンが、現世ニューヨークのオークションハウスで、オークションに掛かることが分かりました。日本天国の検非違使とアメリカ冥界警察が捜査しています。検非違使は天流事件との関わりに注目。事を重視した冥界物質消失機構は落札に動くこととなりました」


 辰麿が話した。


「天国芸術財団のストラディバリのバイオリンは、百年くらい前にストラディバリ親子が日本の地獄に滞在した時に制作した物じゃないのかな。


 亡者でも才能があったり、相当な理由があると、相模三郎さんのように天国に住めるんだ」


「知ってる」


「地獄の植生は現世のそれとあまり変わらないんだ。確か地獄の木材で製作したて筈だよ。科学鑑定をして百年前の日本の木なんて分かったら問題だね」


「十七世紀である筈のものが二十世紀ということか。冥界の物は着ている着物とスマホ以外持ち出し禁止じゃなかった。物質構成が同じでゴミなら良かったりしなかった。うちの幽世に来る、海外のモンスター達も持ち物は現世の物にするとか、気を付けてるし、まあお金だけは沢山持ってくるから、現世日本にとってはいいお客様だもの。


 ところで冥界物質消失機構って何。天流事件って何か聞いたことがある」


「小手毬も知っているだろう。冥界=あの世の方が現世よりずーと進歩していること。冥界により終わらせたのがばらばらだけれど、十九世紀末までに現世に影響を与えることを、積極的にしなくなった。例えば科学技術は魔法使いや呪術師を使い、冥界の進んだ技術を地上に伝えて来たんだ。それと同じように美術品や楽器、装身具いや日常品までも、冥界から現世に遣わして、人間の職人を刺激して来た。それこそ室町時代まで日本は幽世との境界があやふやだった。幽世に知らずに入った人間に技術を教えたり、美術品を買い付けに商人が来たりしていた。


 冥界物質消失機構は太古の昔からある、世界的な組織だ。昔でも天国の宝が持ち出された時は、世界を股に掛けて取り返して来たんだよ。オークションハウスに掛けられた、美術品・楽器・時にモンスターを、匿名で落札するなんていうこともしている。今頃このニューヨークのオークションハウスでは、アメリカの妖怪達が暗躍している筈だよ。


 天流事件は三十年くらい前に、小手毬が良く知っている人が巻き込まれた事件だ。教科書を読めば詳しく出ているよ」


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