ひそかやかな決意
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「オッズ先生にも来ていただきましたが、ここまでですね。ここからはどうぞ、純粋に旅を楽しんでください」
「ありがたいことです。ですが既に十分楽しませてもらっております。私が必要であれば旅の最後までいつでもお声がけください。それに」
オッズ先生が少し口の端を上げた。私は思わずぽかんと口を開けてしまった。オッズ先生はお父様と同じくらい表情を変えないのに。
「カルロス殿下は、賢いお方ですよ。すべて理解していらっしゃるように見受けられます。ただ、まだやるべきことが自分の中で明確になっておらず、なかなか意欲につながっていかないのでしょうな」
オッズ先生は私のほうを見て目元を緩ませた。
「窓の外を見ながらも、リア様がちゃんと話を聞いていて、時々なにか言いたげなのもちゃんとわかっていましたよ」
「ええと」
私はさっと視線を外した。人の議論を聞くのは楽しいではないか。意外な人に意外なことを指摘されて少し焦った私は、ついいらぬことを指摘してしまった。
「カルロスでんかは、まりょくがおおめだから、しゅうちゅうりょくにかけるのかも」
「リア!」
とたんに兄さまに叱られてしまった。
「ごめんなさい」
私はシュンとして下を向いた。確かに、兄さまと二人の時にもっと早く言っておけばよかったのだ。ヒューをはじめとしてウェスターの王族の魔力がそんなに高くなかったために、誰もカルロス殿下の魔力量など気にもしていなかった。イースターの第三王子などほとんど魔力なしだったし。
「リア。魔力が多いとは。それに集中力に欠けるとはどういうことでしょう。なぜそのことがわかったのですか」
リコシェは動揺しながらも私たちの話をちゃんと聞いていた。
「殿下は優秀な方ですが、なんでもすぐ習得する分、物事に飽きやすく、その、落ち着きがなくて。でもそうと悟る者は王城にもあまりいません。優秀な分、実務には秀でているので、国では評価が高いんです」
カルロス王子の欠点を言いたいのか、それとも優秀さを言いたいのかわかりにくい。
「城が退屈だと言って、わがままを押し通してキングダムにやって来たのに、国にいるより落ち着きがなくなって正直困っていたのです。原因がわかるのなら、対策はないのでしょうか」
縋るように聞かれても少し困るが、対策があることまで思い至ったのはすごいことだと思う。
「リコシェ殿。なぜ対策があると思うのですか?」
兄さまが静かに聞き返した。
「その、ニコラス殿下もリア殿も、それだけではない、ルーク殿もギル殿も皆、魔力量が高いはず。しかし、どの方をとってみてもその年齢より落ち着いておられる。それに一目でカルロスの、カルロス殿下の状態を見抜くからには、なにか対策があるのかと、拝察しました」
さすがに殿下付きだけあって頭の回転が速い。かわいいもの好きなだけではないようだ。
「ルーク。われらおうぞくは、たしかにおさないうちはおちつかぬものもあるときく。しかし、おとなになってまでおちつきがないものがいたとは、きいたことがないぞ」
ニコの言葉にリコシェはどこかが痛いというような顔をした。もちろん、大人になってまで落ち着きがないというところだろう。
「それは」
兄さまが言いかけたが、リコシェを横目で見てやめた。
「ルーク、いい。聞かせてやれ。ニコラス殿下、かまいませんよね」
「ああ、かまわぬ。あれはつらいものだ。たすけてやるがいい」
意外なことにギルから許可が出た。もちろん、ニコに許可を取るのも忘れない。兄さまは仕方がないというようすで話し始めた。
「最近のことですが、魔力量の多い者の中には、幼い頃、それに耐えられずイライラしたり癇癪を起したり、落ち着かなかったりするものがいるらしいということがわかってきました」
「幼い頃、だけなのでしょうか」
リコシェがおずおずと尋ねる。
「私たち貴族は、学院に入ると魔力制御の訓練をします。ファーランドでもそうですよね」
ウェスターの王族は魔力量は多くないながらも制御出来ていたと思うから、辺境でも魔力については学んでいるはずだ。だがリコシェはフルフルと首を横に振った。
「いいえ。必要がありませんから」
必要がないとはどういうことだ。
「生活の糧に魔力を売るわけでもないのに、なぜ魔力の制御の必要が?」
私たちは驚いて顔を見合わせた。
「ということは、魔力訓練の経験がない?」
「ええ」
四侯や王族は結界の魔石のため。そして貴族は、持って生まれた魔力をきちんと扱えるようになるためだ。
「必要がないとは。貴族なのに……」
兄さまの口から驚きがこぼれ落ちた。二つの国の間には、思ったより大きな溝が存在していたようだ。
「では貴族は何のために存在を? いえ、領地を治めるためですね、すみません」
そもそもキングダムの貴族も四侯以外は領地を治めるための貴族だが、民と王族の他に四侯も支えているところがファーランドとは違うかもしれない。四侯は治める土地を持っていないからだ。
だが、違いはそれだけではない。王族や四侯に結界を維持できるだけの力を持つ者が生まれないこともなくはない。その時キングダムが結界をあきらめることのないよう、いわばつなぎの役割を持つのが貴族でもある。魔力量に途方もない差があるとわかっていながらも、キングダムの貴族がきちんと魔力の訓練をするのはそういう意味もあるのだ。
その自覚の違いがこれほど大きいとは思わなかったが。兄さまは深く追及するのはあきらめて現状の話に戻った。
「体が大きくなれば魔力も安定しますから、成長すると落ち着くというのはそういう理由です。ですが、魔力を意識する訓練ができていないとなると、魔力が安定していない可能性はあります。ただ、断言はできません。私はそういう目でカルロス殿下を見たことがありませんでしたから」
私は兄さまの膝の上でおとなしく目を伏せていた。この中ではっきりと魔力量がわかるのは私だけだからだ。
「ルーク、それじゃあ、明日から授業は思い切って休んで、魔力訓練をやってみないか」
「ギル……」
兄さまは私の髪に顔を埋め、即答を避けた。この旅の予定を決めているのは兄さまなので、ギルは兄さまが年下でもこうして決定を任せてくれるが、時にはそれを重く感じることもあるだろう。
「一晩考えさせてください」
だから兄さまが迷うこともあるのだ。珍しいが。
その後すっきりして竜車に帰って来たカルロス殿下は、自分だけさわやかな顔に戻って皆に謝罪していたが、竜車の中の重い雰囲気に驚いたようだった。が、問題を起こした本人に誰も親切に教えてあげる気にはならなかったので、後でリコシェに叱られればいいのにと思う。
その日の夜、宿の同じ部屋でまだ重苦しい顔をしている兄さまが心配な私は、ナタリーに頼んで夜食と水を用意してもらった。大人なら夜食は太る原因になるが、兄さまも私も育ち盛り、歯さえちゃんと磨けば大丈夫だろう。
運ばれてきたお盆から立ち上るいい香りに、ベッドの上にぼんやりと座っていた兄さまの顔がこちらに向いた。
「にいさま、おやしょくよ」
「おやしょく。夜食ですね」
「にいさまのぶん、りあのぶん、みんなのぶんも」
ナタリーなど、同じ部屋で待機している皆の分も注文した。
「おちゃはねむれなくなるから、おみず」
気遣いのできる私なのである。
「いただきましょう」
やっと笑顔の戻った兄さまと、お肉の入った饅頭をはふはふと食べた。
それからお水を飲んで、歯を磨いて、兄さまとベッドで向かい合った。いつもならこれから魔力循環の訓練をするのだが、私は思い切ってまず兄さまの悩みを聞いてみることにした。
「にいさま、なにがいやなの?」
ギルがいいと言い、ニコもいいと言った。授業を休んで魔力訓練をすることの何が嫌なのだろう。
「あいつが嫌いなんです」
「きらい」
あまりに兄さまらしくないことを言うものだから、私はどう返していいかわからなくなった。
「嫌いだから、何もしてあげたくない。魔力訓練をする是非はともかく、それであいつが楽になるかと思うともやもやする」
「そうなの?」
それ以外何が言えるだろうか。
「他国にきたのに外交に努力しない、好き勝手に振る舞うだけなら子どもでもできます。そんな甘やかされた他国の王子のために、なぜ私が頑張らなくてはならないのです」
兄さまがやりたいことをやって、相手が付いてくればいいと私は前にそう言った。だが、相手が付いてこれなくて、あるいは付いてきたくなくて勝手な態度をとった場合、兄さまがどれほどつらい思いをするかなど想像もしていなかった。兄さまは自分だけでなく、相手の利益も考えてこんなにも苦労している。
余計なことを言ってしまっただろうかと、ちょっと悲しい気持ちになった。
「にいさま。えらい」
「大丈夫ですよ。リア。今日一晩で何とか立て直します。明日にはきっと、いつも通りです」
こんなに自分のコントロールができている13歳がいるだろうか。
「ただ、カルロス殿下にイライラするほどの魔力が貯まっているとすると、最初は魔力を魔石に移す仕事は、リアにしてもらうことになると思います。リアのほうが大丈夫ですか?」
そして結局は自分のことは棚に上げて私のことを心配してくれる。
「だいじょうぶよ。なれてるから」
私はしっかりと頷いた。いつも兄さまは私を守ってくれようとするが、結局は私がうかつな行動をして前に出てしまう。これは反省せねばなるまいとさすがの私も思った。だがそれはそれ。私はひそかな決意を胸に眠りについた。もちろんぐっすりとだ。




