風に当たってくる
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「ゴホン。あー、ルーク様」
あえて空気を読まないハンスの声がした。
「寒くなってきました。キングダムでは虚族は出ないとはいえ、お風邪など召してはいけません。そろそろ領主館へ向かいましょう」
「あ、ああ、そうだね。では皆さん、領主館へ」
今度はきちんと竜車に乗り、一同は夕暮れの中領主館へと向かった。私のした質問にはジャスパー以外誰も答えず、宙ぶらりんなままだったので、ちょっと不満が残る。
「リア、虚族のことについてはあまり触れないでください」
竜車の中で兄さまに注意されてしまった。
「どうして?」
海のそばでは虚族が出るかどうか聞いただけではないか。
「リアが思うほど、辺境の人は虚族をどうしようと思ってはいません。危険だけれど、雨や風のようにそこにあるもの」
「あめやかぜ……」
自然現象のようなものか。
「なぜそこに多いのか、どうやって発生するかなど考えもしないのです。ウェスターにいた時にそう思いませんでしたか」
確かに、虚族が多いところでは多いなりに、少ないところでは少ないなりの対応をしていたが、それがなぜかと説明できる人は誰もいなかったように思う。唯一、バートたちハンターが私と同じ視点を共有してくれただけだ。それも虚族を狩るという仕事についているからだった。
「さて、面倒ですが私たちはこれから社交の時間です。もっとも、ここからは年上のギルが頑張ってくれるので、私は添え物でニコニコしているだけでいいから助かりますが。リアは食事をいただいたら、すぐにお部屋で自由にしていていいですからね」
「うん!」
竜車で勉強しなくてもいいし、道中は好きに遊んでもいい。そのうえ領主館に泊まっても四侯としての社交をしなくてもいいとは最高ではないか。
そして旅の仕切りは兄さま、社交はギルと言うようにきちんと役割を分けているらしい。道中のあれやこれやを兄さまに任せて楽しそうにしていると思ったら、そういう理由だったとは知らなかった。そういえば北の領地に行った時もそんなふうだったなと思い出す。
実務に力を発揮するが、年若く侮られがちな兄さまを年上のギルが社交では支える。役割分担ができているということなのだろう。兄さまが成長して大人になった時に、やっぱりお父様みたいに忙しいんだろうなあと予想がついてしまう。
そんなふうに、時には野営も挟みながら、ウェスターまで二週間の旅が始まった。
二日目から午前と午後に行われるようになった大きい人たちの授業は、案外充実したものとなったようだ。午前中はお昼寝しないので、私も賑やかしに参加している。
兄さまは、魔道具や魔石、魔力や結界などについてはテーマにはしないと言っていた。しかし四侯の跡継ぎがいるなかで、魔力や結界について触れないということはなかなか難しいようだった。
そもそもキングダムの四侯や王族がどのくらいの魔力を持っているのかを辺境の貴族は知らない。四侯は特別多いのだろうと思ってはいても、想像がつかないのだろう。結界箱を使おうとしているウェスターでさえ、兄さまが魔石に魔力を注ぐのを見てその魔力量の多さに驚いたそうだ。
そしてその結果として、結界のあるキングダムという国を維持するのは容易ではないと気づいてくれたと思うと兄さまは言っていた。だから先の争いでもウェスターは明確にキングダムのがわに立った。
だからいくら話題に出さないようにしても、ファーランド側から気軽に魔道具や魔力の話が出るのも仕方なかったと思う。そしてついに兄さまを怒らせてしまったのだ。
それはなぜキングダムには避難所を設けないのかという話から始まった。
「虚族が出ないから必要ないという主張もわかるが、夜に野営するくらいなら、やはり旅人のために避難所のようなものは作れないのか」
これが旅の最初からのカルロス殿下の疑問点らしい。途中で野営したのがやはり不安だったのだろう。
「それは最初に戻って、旅人が何を不安に思うかによると思うのです。辺境の国の方には酷な質問ですが、もし虚族が出なかったら、避難所を必要とする理由がありますか」
「それは……」
そして自分の主張の根底が、辺境ならではの虚族への不安にあると気付いたようだ。
兄さまがまじめに説明する横で、カルロス殿下が何気なく口にした言葉に、竜車内の空気が凍った。
「この国の貴族のように気軽に結界箱が持てれば、あまり気にしなくてもいいのかもしれないが」
「カルロス!」
そしてリコシェに叱責されている。兄さまはすっと表情を消した。
「確かにわがオールバンス家は携帯用の結界箱も、商品の一つとして扱っています。ですがキングダム側の正式な業者はうちが把握していますし、国外に持ち出す際にも法外な手数料は上乗せしていないはずです」
窓の外を静かに眺めていた私は兄さまのほうを感心して眺めた。オールバンスの商売のほうまで知っているなんて、兄さまはすごい。そしてもし高すぎるのであれば、それはそちらの国の商人の問題だと言っているのだ。
「うちは国内と国外の販売に特に差をつけていません。代理の業者が荷運び分上乗せするのは当然ですから多少は高くなるかもしれませんが、欲しければ買ったらよいし、買えないのであればそれはキングダムやオールバンスがどうという話ではなく、自らの領内経営の話と言うことになりますね」
欲しければ努力して買ったらいいという話だ。
「それに、そもそもキングダムの貴族が気軽に結界箱を持っていると思いますか」
兄さまはふっと笑った。
「必要もないのに」
それは一見とても傲慢な発言だが、キングダムの結界を支えているのは自分たちだという強烈な自負がそこにある。自分たちがいるのになぜ結界箱が必要なのか。今結界を支えているのはお父様だが、数年後には確実に兄さまが継ぐ。
カルロス王子はぐっと詰まると、プイっと横を向いた。
「少し風に当たってくる」
竜車のスピードを緩めさせると、外に出て竜に飛び乗ってしまった。ジャスパーが従者の役割を果たそうと慌てて後を追う。
「申し訳ありません。気分を悪くさせてしまったようです」
大人げなかったと唇を噛む兄さまだが、その目にはあきらめのようなものが宿っていた。
この旅の間、ファーランドとキングダムそれぞれに分かれて、当たり障りなく旅を進めてもよかったのだ。だが、少しでも距離を縮めお互いを知り、あわよくば高め合おうという兄さまの努力は、カルロス王子の気まぐれでしばしば中断される。それが一週間以上続けば疲れるのも当然だと思う。
「すこし根を詰めすぎたかもしれませんね。私にとっても、皆さんと議論するのは楽しかったのですが、少々難しすぎた感はあります。数日勉強を休んで、ウェスター到着に備えるのもいいかもしれません。あと三日ほどでタッカー伯の領地ではありませんか?」
珍しくオッズ先生からのお休みの提案だ。
「そうでした。タッカー伯には、前回は通り過ぎるだけだったから、今回は数日滞在してくれと言われていましたね」
そうなると竜車での勉強会も必然的に終わる。リコシェが頭を下げた。
「お気遣いいただいたのに、申し訳ない、ルーク殿」
「いいえ。若輩の身ゆえ、行き過ぎたことをお詫びします」
竜車内には気まずい沈黙が漂ったが、私もちょっと責任を感じる。交流できるよう頑張れと言ったのは私だからだ。
「にいさま」
私は走り去る外の景色を見ていた窓際の席から移動し、兄さまの膝によじ登った。
「リア」
兄さまは私をそっと抱きしめた。
「カルロスどのは、キングダムぜんたいをおおうけっかいを、たった五人でまかなっているというせきにんのおもさを、りかいできぬのかな」
カルロス王子が出ていった扉を見ながらそうこぼしたニコの言葉は重かった。だがニコはその後肩をすくめた。
「もっとも、キングダムのたみもきぞくもそれをりかいできているとはいえぬ。たこくのおうじなら、ましてそうだろう。ルーク、きにやむな」
「ニコ殿下。いえ、カルロス殿下に合わせるべきでした。以後気をつけます」
兄さまの膝の上でおそるおそるリコシェのほうを見ると、顔色を悪くしていた。兄さまだけでなく、ニコにでさえ、格下扱いされたのに気がついたのだろう。
7巻は「学校へ行こう」からです。
お楽しみに!




