再び
未希が思いついたことは・・。
家に帰った時に、私を見てにっこりと笑ったキリ君に言った一言に、私自身が驚いた。
「キリ君、これからしっかり勉強して、その成果を持って天樹国へ帰ろう!」
キリ君は最初は反対したが、天樹国のこれからのことを考えたのだろう、その日が終わる頃には私の意見に同意してくれた。
私はそれから親や晴信には何も言わずにキリ君と二人で勉強を始めた。しかし何年か経つと、周りの皆は私たちが考えていることを薄々見抜いているみたいだった。私やキリ君が勉強する内容が、この世界で生きていくためにしているものだとは思えなかったようだ。医療、薬学、電気を始め、材料工学や発明品などの雑学を中心に勉強して、それを理解するために数学、理科などの基礎勉強もする。といった具合に偏った学び方をしていたのだから当然だろう。
私が20歳になった年には、晴信が私に向かって宣言した。
「姉ちゃんと兄ちゃんが天樹国に帰るつもりなら、僕はついて行くからなっ!」
「晴信・・あんた大学はどうするのよ。」
「こっちで大学を出たって就職先もない。やっと就職できても、あくせくと身を削って働いた挙句に身体を壊すだけだ。歳を取っても僕たちの世代には年金もないよ。僕はこれから発展する天樹国にかけてみたい。姉ちゃんだってそのつもりだろ。」
「でも、お父さんとお母さんはどうするのよ。あんたは長男でしょっ。子どもが二人ともいなくなったら二人が困るじゃない。」
私たちの言い合いの声が大きすぎたのだろう。お母さんが顔を覗かせた。
「お母さんは、二人の孫を見るのが生き甲斐なんですけど・・・。」
その氷のような声に、私も晴信も固まった。しかしお母さんが続けて話したことに、腰を抜かすほど驚いた。
「私もお父さんも一緒について行きますからね。おばあちゃんも一緒に行くらしいわよ。征四郎の子どもを取り上げるのは自分だって言ってたから。」
・・・・・・・・・・・・・・・。
「この家はどうするの?」
「恒次が教員宿舎から出て、住んでくれるって言ってた。定年したらあそこには住めないからね。」
そんなことまで考えてたんだ。
「まさか、雄一郎叔父さんも知ってるの?」
「もちろん。雄一郎も行きたがったけどね、奥さんのご両親や子どもたちの事を考えて諦めたらしいわ。」
うちの一族っていったい・・・・・。
でも電気技師のお父さんと元看護士のお母さん、それに助産師の免許を持っているおばあちゃんが一緒に来てくれたら鬼に金棒だ。
晴信は親たちに負けないように、これから専門学校に行って勉強すると言っていた。晴信の計画では卒業してからの実践も2年は経験できるという腹積もりらしい。
私が23歳になった年の夏のことだ。
キリ君が黙って差し出した予言書に、久しぶりに予言が書いてあった。
『桐人は未希とその親族4人を連れて、元の世界へ帰ることになる。参日場には蛍だけではない出迎えがいることだろう。』
遥か昔の記憶を辿ってみると、アサギリが参日場は蛍の名勝地だと言ってたことを思い出す。
「とうとう帰る時が来たんだね。」
「そうだな。未希、本当にいいんだな?」
私は桐人の目を見て力強く頷く。
「もちろん。この11年間、何のために頑張って来たと思ってるの! 皆、覚悟は出来てるよ。」
お父さんはその予言を受けて退職届を出し、退職金で大量の電気の材料や薬を買い込んだ。ソーラー発電を推進していくつもりらしい。薬の方は持って行ってあっちの研究所で研究開発してもらうつもりだそうだ。そのため多種類の薬を買っていた。
おばあちゃんも持ち物の整理をして我が家に移って来た。
晴信も下水工事の会社を辞めて、持っていく荷物を用意している。
8月22日の朝、私たち6人は神社の洞穴の秘密基地にやって来た。
もう一度出来ていた木の柵を、私が爆破で壊した時には皆、驚いていたがこれからのことを考えると何を今更といったところだ。
「すっげー、姉ちゃんまだ神使いの術が使えたんだな。」
晴信は羨ましそうに私の手のひらを確認している。
「この目で見ても、まだ信じられないよ。歳を取ってもまだまだ驚くことがあるもんだ。」
おばあちゃんはなんだかウキウキして楽しそうだ。その姿に、11年前の叔父さんの姿がダブル。
「桐人、どうすればいいのか案内してちょうだい。」
お母さんが細かい木切れを除けながら、黙って洞窟を見ている桐人を促す。お父さんは自分が用意した大きな荷物を晴信と一緒に洞窟の中に運び込んだ。桐人はおばあちゃんの荷物も持って中に入ると、お父さんの箱の上に予言書を置いた。皆はその予言書に手を伸ばして、輪になってお互いにつかまりあう。
「桐人、始めてくれ!」
お父さんの言葉に桐人はぐるっと皆の顔を見廻す。皆、真剣な顔で桐人のほうを見ていた。桐人は最後に私の顔を見て軽く頷いた。
「それでは、いきますよっ! せぇーのっ!」
「「「「「「【マカオノラ ホクホケイ ラルート】」」」」」」
懐かしい花の香りとともに、眩しい光が皆を包み込んでいった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。