サンドイッチ
「なぁ、キドラ。」
夕食後、俺は兼ねてから心に秘めていた、
計画を口にする。
「どうしたの?ジニア。」
キドラはやや不安そうな顔つきで、
聞き返すが、そこまで大事では無い。
少し、仰々しすぎたかもしれない。
「明日、ミノルは朝早くからごみ集めをする訳だ。」
何箇所も回ることを考えると、朝早く起きなくてはなら無い。
「そうだね。」
キドラはやや目線を上向きにして、口に指を当て答える。
「その後、朝ごはんを作るのは、とても大変だと思う。」
季節は夏だ、言うまでも無く疲れるだろう。
「お外、暑いもんね。」
俺たちは外にはまだ出れない。
「そこで、提案だ。」
「うん。」
キドラはきりっとした顔つきになる。
「朝食は二人で作らないか?」
「やったー!一度やって見たかったんだ!!」
キドラは手を組み、笑顔でそう言った。
「もう目星も付けてある。これなんてどうだ?」
料理レシピの載っているサイトから手順を追えそうなものを
抽出しておいた。
「サンドイッチか、解った!」
キドラは俺と一緒にレシピを確認する。
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暑い。
朝とは言え、夏真っ盛りだ。
自転車をこぎながら家電のごみを集めるオレからしたら十分な拷問だ。
軽く安受けあいするんじゃなかった、と苦い笑いがこみ上げて来た。
「ミノル、大丈夫か?」
スマートフォン越しのジニアはとても心配そうだ。
「平気だよ、このくらい。」
オレしかこの2人を守れないんだ。
オレが頑張らなくっちゃ。
しかし、こんなに疲れるとは思わなかった。
ごみ収集の人って体育会系だね。
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画面の向こうのミノルは汗をだらだらとかいている。
強がっているんだろうが、心配だ。
「熱中症になら無いように気をつけてくれよ。」
昨日夕食の時に打ち合わせた通り、
俺はパソコンのテレビ電話機能を使い、
ミノルのスマートフォンと通信する。
このパソコンにWEBカメラが付いていて助かった。
使えそうなごみがあったら、ミノルが画面をその家電に向けて、
俺が使えるか判断するわけだ。
もちろん自転車に載せられる量には限度がある。
朝早くから、作業を続けているミノルには本当に頭が下がる。
今ミノルは昨日俺が作った一覧表に従って家電ごみを探している。
掃除機や扇風機、RCカー、合皮、ゴム、人形、モップなど、
結構多種多様な取り合わせだ。
もちろんその中のいくつかが入手できれば十分なのだが、
中々いいのが見つからない。
それゆえに捜索範囲も広がっている。
この家には自動車は無いし、昨日行っていた通りそもそもミノルは免許を持っていない。
ミノルの献身には本当に感謝してもし尽くせない。
「これは?」
ミノルが最初に見つけたのは大きなソファだった。
先ほどのリストに当てはめるなら”合皮”だ。
「良さそうだ。表面だけで良い。頼む。」
ミノルは家から持ってきたカッターでソファの表面を切り取る。
「ごみとはいえ少し心が痛むよ。」
画面越しの彼は汗だくになりながらも材料集めを進める。
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ミノルが出払ってすぐ、
パソコンを台所に移動する。
こうしておけば、ミノルとのやり取りも完璧だ。
早速朝食を作り始めよう。
”1.パンの耳を落として三角に切ります。”
まず戸棚に入っているパンを取り出そう。
「キドラ、頼んだぞ。」
俺はキドラを肩車し、戸棚に向かって上げる。
「もうちょっと右ー!」
「こ、こうか?」
なにせこの角度からじゃ戸棚しか見えない。
「そこそこー。」
キドラはパンの袋の端を爪で摘んで、引っ張る。
「取れたー!」
パンの袋は無事に取れた。
「ジニア、これは使えそう?」
調理している間もミノルとのやり取りは続く。
「問題無さそうだ。持ってきてくれ。」
次はパンを取り出して、三角に切る。
これは椅子の上にさえ乗ればそれほど、難しくは無い。
流し台のように、下に落ちる心配は無い。
パンの耳はキドラに食べさせる。
よし、次だ。
”2.レタスとトマトを洗います。”
あらかじめ冷蔵庫の下に移動しておいた椅子に乗って冷蔵庫をゆっくり開ける。
なんせ、手が短いからこうしないと冷蔵庫の扉に顔をぶつける。
もちろん扉が開いたらすぐに扉から避ける。
えっとレタスとトマトは…
ここか。
まず、ざるにレタスとトマトを入れる。
そして、流し台の中にそれを入れた。
手が届かないんじゃないかって?
心配御無用だ。
用は水さえ出せればいい。
俺はトングを使って蛇口を押して、水を出す。
そしてそのトングでそのままざるを小刻みに揺らす。
「ジニア、いないの?」
「ちょっと待ってくれ。」
ミノルからの連絡が来るたびにパソコンの画面前に戻る。
その間にもキドラはパンにバターを塗っている。
戸棚は高いから肩車じゃないと届かないが、
冷蔵庫とテーブルは椅子の上からなら届く。
俺は洗い終わったトマトをレタスをざるごと
トングを使って器用に回収し、水を切り、
蛇口の水を止める。
よし、トマトとレタスも切り終わった。
次だ。
”3.ハムをはさんだら、出来上がり。”
「ジニア、これはどうかな?」
再びミノルからの確認だ。
「えーっと…大丈夫だ。」
冷蔵庫から出したばかりのハムをそのままにし、画面に駆け寄る。
「おいしー!」
目を離している隙にキドラがハムをつまみ食いした。
「キドラの分1枚減らすぞ。」
「えー!」
といいつつ、俺は自分の分を1枚減らす。
よし、これでサンドイッチは完成だ。
完成したサンドイッチに蝿帳をかける。
最後に、後片付けをしよう。
最初に洗い物だ。ざるを流し台に入れる。
そしてトングでざるをひっくり返し、
その上にまな板を載せる。
こうすれば高さを嵩増し出来るし、
手を伸ばしても落ちない。
まな板なら表面も平らだから洗える。
洗い物をする間にもキドラは他の食品を仕舞う。
トングを使って洗い終わったまな板を元の場所に戻す、
次は包丁だ。
刃物をトングで扱うのは少し、緊張する。
ここは慎重に…
「ジニア?」
ミノルだ。
「すまん、今行く。」
ミノルにごみの使用する旨を伝えると、
包丁を慎重にざるの上に載せて、洗う。
最後は、ざるを両端からトングで支えながら上からざっと水を流す。
これで洗い物は完了だ。
「あとはパンだね!」
パンだけは先ほどのように肩車しないと戻せない。
先ほどと同じようにキドラを上にして、パンも元の位置に戻す。
よし、これで後片付けは、完璧だ。
あとはパソコンをミノルの部屋に戻すだけだ。
しかし、その間にもミノルから連絡が来る可能性は否めない。
このペースまで次のごみ捨て場までの到着はあと数分のはずだ。
俺は急いで、ケーブルを外し、パソコンの本体を持つ。
「キドラはこれ頼む。」
「アイアイサー!」
キドラはピシッと敬礼した。
俺は急いで階段を駆け上がる。
キドラはもちろん、俺の後ろからピッタリ付いてきている。
ミノルの部屋に付くと、急いでパソコンのセットアップをする。
しかしこの国の機械はどうしてこんなに沢山のケーブルがあるんだ。
俺はケーブルを元の位置に戻すと、
パソコンを立ち上げる。
起動もお世辞にも早いとはいえない。
電源がすぐに入り切り出来ないのは機械として重大な欠陥ではないだろうか。
よし、あとは、ビデオ通話アプリを立ち上げれば問題ない。
良かった、ミノルはまだ走っている途中だ。
「これは?」
「うん、使えそうだ。」
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「疲れた…。」
ミノルがなんとか目的のものを集めて来てくれた。これだけの物を集めるのに一体何箇所のごみ捨て場を往復したことか。
「お疲れ様ー!麦茶あるよー!」
夏の暑い日に重労働をしたであろうミノルは台所の隣の居間で仰向きになる。
麦茶を手渡した後、キドラはそんなミノルを正座しながら内輪で仰いでいる。
「ふー生き返るー。さ、朝飯作らなきゃね」
ミノルは立ち上がり朝食を作ろうと台所を振り返る。
「ふふーんそれがねーもう作ってあるんだー!。」
と、キドラが得意げな顔をした。
「へ?」
くたくただったミノルは食卓の上に既に用意されていた朝食に気が付かなかったようだ。
「簡素なもので申し訳ないが、ミノルの負担を減らすために、昨夜キドラと相談したんだ。」
俺は朝食から、蝿帳を取り外す。
「ミノルのために作ったんだよ!」
キドラは包丁で食材を刻むかのようなジェスチャーをする。ちゃんと片手は猫の手だ。
「サンドイッチ?」
耳を落とした三角切りの食パン。瑞々しいレタスとトマト。どこの家庭にもあるパウチされていたハム。そこにマヨネーズとマスタード。ごく普通のサンドイッチだ。
「料理レシピのサイトでやり方を覚えたんだ。機械を開発するよりは、簡単だったぞ。」
機械を開発するのは一朝一夕で行かない場合も多い。
「ほんとに?ありがとう。勿体無くて食べれないような気もするよ。」
「食べてー!」
キドラが意気込んで言う。
「うん、じゃぁ食べようか。」
「いただきます。「いただきます!「頂きます。」」」
3人同時に食事前の挨拶をする。
「やっぱり自分で作ると美味しいね!」
工程のほとんどは俺がやったが、
キドラの協力が無ければパンを取るという重要な工程は出来なかったであろう。
「昨日朝飯前だ、と言ったが朝飯後になって仕舞ったな。昼飯前だ、に訂正させてくれ。」
「いや、あれはあくまでも例えで実際に朝飯前にやる必要は無いと思うよ?」
ミノルは少し笑っている。
「言ったことはちゃんと守るべきだ。ごみ集めに時間が掛かることを想定できなかった俺の落ち度でもある。」
軽々しく朝飯前だ、なんて言うんじゃなかった。
「ジニアは真面目だからねー!」
キドラは指でキリリとした眉を表現する。
部品も揃ったことだ、朝食が終わったら、早速作り始めよう。
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「よし、完成だ。」
11時過ぎ、1時間ちょっとで完成させられた、予想通り昼飯前だ。
よじ登りながら機械を作成した俺は完成したばかりの装甲から降りる。
自分の作ったものなら、足蹴にしても誰にも失礼にならないだろう。
後で昼食を作ろうとしていたミノルは、一旦手を止めて、こちらを振り返った。
「ずいぶん、ぽっちゃりしている女性だね。でも人間にしか見えないや。」
「俺たちが入ろうとするとどうしてもこうなっちゃうんだ。」
お腹もお胸も出っ張っている。標準体型とは言い難いだろう。
「太ってるー!」
キドラは歯に衣着せない物言いだ。
「もう昨夜の内に近場の目ぼしいバイトの場所は一覧表に纏めておいた。あとはこの中から選ぶだけだ。」
俺は手書きで要点を纏めた紙を机に置く。
「早いね。」
昨日のうちにやれそうなことは全てやっておいた。
「どの職場が良いか、3人で意見を出し合おう。」
目星はもう付いているが、やはり3人で話し合うべきだと思う。
「ウェイトレスやりたーい!」
キドラはお盆を持つ動作をしながら、くるくる回っている。
「給仕人か、残念ながら短期のバイトは無さそうだ。」
3日程度で止められるバイトとなると、限られてくる。
「ウェイトレス?ウェイターでしょ?」
ミノルはキドラの言葉の間違いを指摘するかのような口調だ。
そういえば、説明する必要は無いと思って言ってなかった。
「キドラは女だぞ?」
風呂も別々に入っていた。本当は部屋も別にしたいが、
居候の身であまり贅沢は言いたくは無い。
「え!?そうなの?」
ミノルは本当に驚いている。
「ミノル失礼ー!」
キドラは腰に左手を当てながら右手の指を1本だけ立て左右に振っている。
当のキドラはあまり気にしていないようだ。
「宇宙人の性別なんて解らないよ…。ごめん、てっきり男だと。ひょっとしてジニアも?」
この口調で女だったらちょっと変だろう。
俺が地球人の性別が解るのは、ネットで情報を収集したからだろう。
「俺は男だ。これなんてどうだ?」
俺はあらかじめ目をつけていた求人を指で示す。
「エキストラ?」
幸運なことに、映画撮影のエキストラが募集されていた。
「これなら履歴書不要、仕事は1日でもやめられるし、給料は手渡しだそうだ。
短期で止めたい俺たちにはお誂え向きだろう。しかも、3人で一緒に働けそうだ。」
「うん、これが良さそうだね。」
太った女性2人を同時に雇ってくれるのか、という一抹の不安はあるのは確かだが、
他の条件は好条件だ。
「エキストラかー。」
キドラはがっかりした顔をする。
「募集要項によるとメイド服が着れるかもしれないらしいぞ?」
こんな事もあろうかと、キドラの喜びそうな情報は抽出しておいた。
「やるー!」
キドラはまた嬉しそうな表情に戻った。
「そうと決まれば早速面接の予約しなくちゃね。」
ミノルは俺のメモを受け取ると、早速電話を掛け出した。




