第一話
なんか青春系書きたいなって思ったので書くことにしました。
いつからだろう、顔を上げて歩かなくなったのは。
「ねえ!そこの君!写真撮ってもいい?」
よく響く明るい声に思わず顔を上げる。彼女が手に持ったカメラは日光に暖かく照らされていた。
「あ、ごめんなさい。それじゃ」
手元のカメラだけを見つめてそう断る。
「そっか。じゃあね!」
彼女は春を告げる突風のようだった。
「ふう」
自然とため息が漏れた。
「高校、頑張るって決めたのにな」
小さな呟きは喧騒の中に消えていった。昔はもっと、明るく社交性があったのに、いつから、こうなってしまったんだろう。
******
「授業を終わります」
「終わります」
そんな合図を皮切りに、椅子を引く音、教科書を閉じる音、たくさんの人の話し声が流れ込んでくる。
(もうお昼休みか)
「来栖さん!一緒にご飯食べない?」
そんな喧騒の中、自分に都合の良い幻聴が聞こえてしまった。そんな声かけがあるはずないのに。
「……」
「くーるーすーさん?」
幻聴じゃないことに、やっと気づいたのは肩に手を置かれた時だった。驚きで勢いよく顔を上げた。その瞬間声をかけてきた相手と目があい、思わず息が詰まる。
「え、あ、なに?」
彼女の全体をなんとなく目に収める。ふんわりと微笑む少女に後光が差しているように見えて、慌てて目を擦った。
「一緒にご飯たーべよ」
「ああ、うん」
なんで私、という疑問が出てくる前に言葉が出ていた。
「やったぁ。そういえば来栖さんって部活入った?」
「ううん。入ってない。えっと……」
「あ!私、小林秋菜!よろしくね!」
「えっと、私は来栖香萎。よろしく」
彼女のお弁当箱を見つめながらそんな会話が進んでいく。
「うん!」
「えっと小林さんは部活入ったの?」
「写真部に入ろうかなって」
「へえ」
「来栖さんも入らない?」
「私は……」
「お願い!体験だけでも」
彼女はキラキラした目で小首を傾げた。そんな目を見ないように、彼女の首元に視線を落とした。
「……見るだけ、見てみようかな」
「ほんと!?やったー!じゃあ予定なければ今日早速行こう!」
「え!?」
「あ、予定あったら全然今日じゃなくていいよ。空いてる日教えて」
「あ、いや、今日全然空いてる。ただ驚いちゃって」
「あはは、私いつも急すぎ!って言われちゃうんだぁ」
彼女は頭の後ろに手を当てて、ケラケラと笑っていた。
「はは、そうなんだ」
「じゃあ今日の放課後楽しみにしててよ」
「うん」
******
「よし!来栖さん!行こ!」
「わっ!?」
チャイムがなったと同時にそんな声がかかった。急に肩に手を置かれて思わず大きな声を出してしまった。
「あ!ごめん。びっくりしたよね?」
「まあ、少しは」
「ほんとごめん〜」
「全然、気にしてないから大丈夫」
「よかったぁ、じゃあ早速行こっか」
「うん」
ぞわっ
なぜか、二人で教室を出た時、音が一瞬だけ消えた。それでも、小林さんは気づいてないみたいに笑顔だった。
「ねえ、今度来栖さんのこと撮ってもいい?」
「え、それは、ちょっと嫌、かな」
「やっぱ無理かぁ」
「ごめん……やっぱ?」
「いや、朝声かけた時も断られちゃったし」
「え?」
言われたことに頭がついていかず、顔を勢いよく上げる。
「え?」
私の反応に小林さんも戸惑ってしまっていた。
「あ、え?朝?」
「え、うん、朝」
「朝……」
「もしかして覚えてない!?」
彼女はびっくりしすぎて目がまん丸になっていた。思わず自分の手元に視線を落とす。
「う、うん。ごめん」
「いや全然、なんか珍しくて」
意味がよくわからず首を傾げる。
「いや、私って顔覚えてもらいやすいほうだからさ」
「そういうことね」
確かに、彼女の陽のオーラは一度あったら忘れそうになかった。
「ただ、本気でやろうって人来てくれないんだよね」
「どうして……あぁ」
「あぁって感じにもなるよね」
「うん」
彼女の顔を見るか迷った結果制服のリボンを見つめ続けるという変な動きをしてしまった。
「こっちは本気なのになぁ」
「そっか。美人も大変だね」
彼女は特にそれが気になった様子はなかった。
「そういう来栖さんだってめっちゃ綺麗じゃん」
「えっと?」
お世辞か何かを言うタイプだと思っておらず、急に言われたことに驚きを隠せなかった。
「え、自覚ないの?」
「そんなこと初めて言われた」
「うっそ!私がつい撮りたくなっちゃうくらい綺麗なのに。ほんとに言ってる?」
「逆に嘘つく理由ないし」
「そっかぁ。みんなもったいないなぁ」
「まあ、見た目じゃなくて中身も大事だから」
そう言った途端小林さんの目が見開かれた。
「そんなに驚いてどうしたの?」
「はっ!ごめん。そういうこと心から言う人に会ったことなかったから」
「ふふっ、なにそれ」
「むう、こっちは真剣なのに」
唇を尖らせ、こちらを見つめてくる。あわてて視線を彼女の肩に落とした。
「ごめんって」
「あーぁ、いまの横顔撮りたかったなぁ」
彼女が急に残念そうな顔をして何か呟いた。
「何か言った?」
「んーん、なんでもないよ!」
「そう」
「あ、部室着いたよ」
「ここ?」
「うん!失礼しまーす」
「……失礼します」
彼女につられるようにおずおずとそう言った。部室の第一印象は小綺麗だった。必要最低限のものしかないように思えた。そんな部室の窓辺にカメラを構える人がいた。
「こんにちは、先輩」
小林さんの声かけに反応してゆったりとこちらに向いたその人は、ほんわりとしていた。その人と目が合った時、なぜか胸が騒ぎ、足元に視線を落とした。
「小林さん、よく来たね。その子は?」
「この子は体験に来てくれた同じクラスの子です!来栖香萎ちゃんって言います!」
「あ、来栖、です」
「こんにちは。ゆっくりしてって」
「はい」
この空間だけ時間の流れが緩やかに感じるのは気のせいだろうか。
「あの人は2年の佐藤悠樹先輩。大体いつも部室にいるんだ」
「へえ」
「先輩!今は何撮ってたんですか?」
「グラウンドの隅にカラスがいたから、撮ってた。見る?」
「わあ!見たいです!」
「はい、これ。よかったら、来栖さんも見る?」
「あ、はい」
どのくらいの場所に立って良いかわからず、カメラの画面を見るには少し遠い位置から腰を曲げて写真を見つめる。
「わあ!やわらかくてほんわりしてていいですね!」
「そうでしょ。来栖さんはどう?」
「かわいい、ですね」
あまりの可愛さについ本音が漏れてしまった。
「え、そう思う?」
「え、はい」
急に先輩の柔らかい雰囲気が消えた。
「どこが可愛いと思った?」
先輩がこちらに向き直って聞いてきた。
「え、あの、首傾げてて目がクリクリしてるとこですかね」
気迫に気圧されつつ、目線を斜め下に向けながらそう答えた。
「先輩?来栖さん怖がってますよ?」
その様子を見て縮こまってしまったのが、小林さんに伝わってしまったようだ。
「ああ、ごめんね。カラスが可愛いって言ってくれる人ってあんまりいないから」
「先輩、動物大好きなの。だから動物の話となるとテンション上がって真顔になっちゃうんだぁ」
「はあ、そうなんですか」
「ごめんね」
彼は首の後ろに手を回して申し訳なさそうに微笑んだ。
「いえ、大丈夫です」
「そうだ。よければ、来栖さんも写真撮ってみない?」
「それいいと思います!」
私が答えるよりも先に、小林さんが食い気味に答えた。
「えっと」
「あ、ごめんね。来栖さんが決めていいよ」
「じゃあ、少しだけ」
「じゃあ、このカメラ使ってみて」
部室のロッカーから黒くて大きめのカメラを取り出して、こちらに差し出してきた。
「ありがとう、ございます」
「じゃあ、簡単に撮り方説明するね。このボタンを浅く押すとピントを合わせて、しっかり押すと写真が撮れる」
「はい」
「ここを自分から見て時計回りに回すと拡大されて、反時計回りに回したら縮小される」
「はい」
「それで写真を撮るときはここから覗いて景色を見る。これで基本的なことは全部かな」
「はい、わかりました」
「じゃあ僕は写真撮りに行くから二人も好きに写真撮ってて」
「ありがとうございます」
「行ってらっしゃーい」
「来栖さん。じゃあ実際に何か撮ってみよ、って言われてもよくわかんないよね」
「……小林さんは、普段何撮るの?」
手元のカメラを見つめながらそう尋ねた。
「私はね、綺麗だなって思ったもの撮ってる」
「……?」
「あはは!よくわかんないよね。例えばこういうの」
彼女が、持っていたカメラをこちらに差し出してきた。
「すごい、透きとおってて綺麗……」
「でしょ?昨日の夕焼けがすごいよかったから撮ったんだ。こんな感じに心動くものを撮ればいいの」
「……そういうの、よくわからない」
漏れた本音に思わず目線を下げる。失敗したと思った。でも、彼女は相変わらず明るかった。
「うーん、とりあえずカメラ越しに世界見てみたらどうかな?結構見え方変わるよ」
「……わかった」
彼女にそう言われカメラを目の前に構える。
「……!」
久しぶりにしっかりと顔を上げて世界を見た。
「どう?カメラから見ると結構見え方違うでしょ」
こちらを見つめながらいたずらっぽく微笑む彼女がそこにいた。
かしゃっ
思わず写真を撮っていた。
「え、何撮ったの?見せて見せて!」
「あ、えっと、無理」
「なんで〜?見せてよ〜」
「……わかった、えっと?」
「あぁ!ここのボタン押すの」
ゆっくりとボタンを押した。
「わぁ!私だ!すごい!」
「そう?写真ブレちゃってる」
「そうだよ!来栖さんからは私ってこう見えてるんだね」
彼女がこちらにカメラを差し出しながら優しく微笑んだ。
「ほんと、綺麗だよ、この写真」
少しだけ、彼女の顔を見れた気がした。こんなふうに人を見たのは久しぶりだった。




