星屑の魔法ときみの名前4
距離は、少しずつ縮まるものだと思っていた。
でも本当は違うのかもしれない。
気づいたときにはもう、
戻れないくらい近くにいる。
星屑は今日も静かに降る。
その光の中で、ふたりの間に生まれた“曖昧な感情”だけが、少しずつ形を持ち始めていく。
最近、気づいたことがある。
レイナは――離れる気がない。
訓練のときだけじゃない。
移動のときも、休憩中も、気づけば隣にいる。
それどころか。
「ユイ、こっち」
当たり前みたいに、手を引かれる。
「……自分で歩けるんだけど」
「知ってる」
「じゃあなんで」
「引きたいから」
即答。
ずるい。
しかも、離してくれない。
指が絡む。
前より、ずっと自然に。
前より――ずっと長く。
「……レイナってさ」
「なに」
「距離感、おかしいよね」
「今さら?」
くすっと笑う。
でも、手はそのまま。
「嫌?」
不意に、少しだけ真剣な声。
「……嫌じゃない」
答えた瞬間、
指先が、少しだけ強く絡んだ。
わかりやすい。
でも――それが、嬉しい。
⸻
その日の夜。
中庭には、いつもより多くの星屑が降っていた。
「今日は調子いいかも」
「ええ、条件は悪くないわね」
並んで立つ。
肩が、触れそうな距離。
でも――
今日は、レイナから手を取ってこなかった。
ほんの少しの違和感。
なんでだろうって思った瞬間。
「……どうしたの」
「え?」
「手、出さないの?」
見透かしたみたいな声。
「別に……」
「ふーん」
少しだけ、意地悪そうに笑う。
「じゃあ、やめとく?」
「え」
思わず声が出る。
「なに、その顔」
「いや、別に……」
「やめてほしくないの?」
じっと見られる。
逃げ場がない。
心臓が、うるさい。
「……やめなくていい」
小さく答えると、
レイナは少しだけ目を細めた。
「素直でよろしい」
そう言って――
今度は、ゆっくりと。
確かめるみたいに、
指が、触れる。
絡む。
前よりも、丁寧に。
前よりも、意識して。
「っ……」
「ほら、集中」
「できるわけないでしょ」
「できなさい」
くすっと笑う声。
でもそのまま、離れない。
むしろ――
少しだけ、引き寄せられる。
「今日のは、少し難しいわよ」
「そうなの?」
「ええ」
耳元で、囁かれる。
「ちゃんと感じて」
「……何を」
「全部」
意味が広すぎる。
でも――
言い返す前に、
星屑が、ふわっと光り始める。
手の中で、優しく揺れる。
「……すご」
「でしょ」
満足そうな声。
でも、その距離は変わらない。
近いまま。
近すぎるまま。
⸻
「ねえ、ユイ」
「なに」
「もし、私がいなくなったら」
「え?」
突然の言葉に、思考が止まる。
「その魔法、ちゃんと使える?」
軽い調子。
でも――どこか試すような声。
「……やだよ」
考えるより先に、言葉が出た。
「いなくならないで」
沈黙。
ほんの一瞬。
でも、長く感じる。
「……そういうこと、簡単に言うのね」
少しだけ低い声。
「だって、本音だし」
「……ほんと、ずるい」
小さく呟く。
それから――
ぐいっと、引き寄せられた。
「っ……!」
気づけば、
ほとんど距離がない。
呼吸が、触れそうなくらい。
「……ねえ」
レイナの声が、近すぎる。
「なに」
「それ、誰にでも言うの?」
「言わないよ」
即答。
すると、ほんの少しだけ空気が緩んだ。
「……ならいい」
ほっとしたみたいな声。
でも、離れない。
むしろ――
視線が、絡む。
逸らせない。
逸らしたくない。
星屑の光が、ふたりの間で揺れる。
その光に照らされて、
レイナの瞳が、やけに近く見える。
「……ユイ」
「なに」
呼吸が重なる。
あと少しで――
⸻
「レイナ先輩ー!」
遠くから声。
一瞬で、現実に引き戻される。
「……ちっ」
小さく舌打ち。
珍しい。
「呼ばれてるよ」
「無視してもいい」
「だめでしょ」
少しだけ距離が離れる。
でも――
手は、まだ繋がったまま。
「……続き、あとで」
「え?」
「さっきの」
意味深な一言。
ドクン、と心臓が跳ねる。
「……忘れないで」
そう言って、
指を、きゅっと強く握る。
⸻
星屑が降る。
ゆっくりと。
⸻
さっきまでより、
少しだけ熱を帯びて。
⸻
たぶん、
魔法のせいじゃない。
⸻
これは――
もう、戻れない距離だ。
ここまで読んでくれてありがとう。
今回の話は、「安心」と「不安」が同じ場所にある関係を描きました。
手を繋ぐことが当たり前になるほど、
その手を失う想像が怖くなる。
レイナはユイに対して、ただ近いだけではなく“離れる可能性”を少しずつ意識し始めています。
そしてユイは、その距離に気づきながらも、まだうまく言葉にできない。
このズレが、いちばん甘くて、いちばん危うい時間です。
星屑の魔法は、ただの力ではありません。
それはたぶん、「誰かとどれだけ近くにいられるか」を映すものです。
だからこそ、このふたりはもう後戻りできません。
次に訪れる変化が、“関係の名前”に近づくのか、それとも揺らぐのか――
そこがこの物語の大きな分岐になります。
もう少しだけ、見守ってもらえたら嬉しいです。




