星屑の魔法ときみの名前
この学園では、夜になると星が降る。
それは願いでも奇跡でもなく、ただの“魔法の素材”だった。
けれど、誰かと誰かが触れ合ったときだけ――
その星屑は、特別な光に変わる。
これは、落ちこぼれの少女と、天才と呼ばれた少女が、
同じ空の下で“名前を呼び合うようになるまで”の物語。
その学園には、空が落ちてくる。
正確には、“星屑”と呼ばれる魔力の結晶が、夜になるとゆっくりと空から降ってくるのだ。
それを扱える者だけが通うことを許される――魔法学園。
私、七瀬ユイは、その中でも落ちこぼれだった。
星屑は触れればほんのり温かく、光を宿す。普通の生徒なら、それを魔法として編み上げることができるのに、私が触れると――ただの砂みたいに、指の間からこぼれていくだけ。
「また失敗?」
からかうような声に振り返ると、そこにいたのは彼女だった。
レイナ・クラウディア。
この学園で一番といわれる天才。銀色の髪に、夜空みたいな瞳。星屑を操る姿は、まるで空そのものを従えているみたいだった。
「……うるさいな、見てたなら助けてよ」
「助けたらつまらないでしょ」
彼女はそう言って、私のすぐそばにしゃがみこんだ。
そして、私の手を取る。
その瞬間、胸がどくんと跳ねた。
「力を抜いて。星屑はね、“掴む”んじゃなくて、“感じる”ものだから」
レイナの指は冷たくて、でもどこか安心する温度をしていた。
彼女に導かれるまま、もう一度星屑に触れる。
すると――ほんの一瞬だけ、淡い光が、私の手の中で揺れた。
「……今の、見た?」
「見たわ。ほら、やればできるじゃない」
得意げに微笑む彼女に、なぜか悔しさと、少しの嬉しさが混ざる。
「レイナってさ、なんで私に構うの?」
「別に理由なんてないわよ」
そう言いながら、彼女は少しだけ視線を逸らした。
そのとき私は、気づいてしまった。
彼女の耳が、ほんのり赤くなっていることに。
⸻
学園の夜は長い。
星屑が降る時間、生徒たちはそれぞれの魔法を磨く。
だけど私は、気づけばいつもレイナと一緒にいた。
「ねえユイ。もしあなたが魔法を使えるようになったら、何をしたい?」
「えー……別に、すごいことじゃなくていいかな」
「たとえば?」
「……誰かを、ちゃんと守れるくらいにはなりたい」
ぽつりとそう言うと、レイナはしばらく黙った。
それから、小さく笑う。
「なら、もう半分叶ってるわよ」
「え?」
「あなた、意外と頑固でしょ。そういう人、簡単には折れないから」
その言葉は、妙に胸に残った。
⸻
転機は、突然だった。
学園の外れ――禁じられた塔。
そこに、大量の“歪んだ星屑”が発生したという知らせが入る。
歪んだ星屑は危険だ。触れれば魔力を暴走させる。
上級生たちが出動するはずだったのに、なぜか私たち一年生も動員された。
「ユイ、絶対に離れないで」
いつも余裕そうなレイナが、そのときだけは真剣な顔をしていた。
「うん、わかってる」
塔の中は、異様な空気に満ちていた。
黒く濁った星屑が、まるで呼吸するみたいに脈打っている。
その中心に、巨大な塊があった。
「……あれが核ね」
レイナが前に出る。
「私がやる。あなたは下がってて」
「でも――」
「お願い、ユイ」
その一言で、私は動けなくなった。
彼女は強い。誰よりも。
だからこそ、私は信じてしまった。
――大丈夫だって。
でも。
次の瞬間、核が爆ぜた。
黒い光が広がり、レイナの体を呑み込む。
「レイナ!!」
気づけば、私は走っていた。
怖いとか、無理だとか、全部どうでもよくなっていた。
ただ、彼女を失いたくない。
それだけだった。
手を伸ばす。
黒い星屑が、肌を焼くみたいに痛い。
それでも。
「……ユイ……来ちゃ、だめ……」
苦しそうな声が聞こえる。
「やだよ、離れないって言ったでしょ」
私は彼女の手を、強く握った。
その瞬間。
――光が弾けた。
白く、優しい光。
私の中から溢れ出したそれは、黒い星屑を押し返していく。
「な、に……これ……」
自分でもわからない。
でもただ一つ、はっきりしていた。
これは“守りたい”っていう気持ちだ。
それが、形になったもの。
やがて黒は消え、塔は静寂を取り戻した。
⸻
気づいたとき、私は床に座り込んでいた。
目の前には、無事なレイナ。
「……ほんと、無茶するわね」
彼女はそう言って、私の額を軽く叩いた。
「そっちこそ」
「私は計算してたのよ」
「嘘だ」
言い合いながら、なぜか笑ってしまう。
そして、ふと静かになる。
「ユイ」
「なに?」
「あなたの魔法、見たわ」
「うん……自分でもびっくり」
「……綺麗だった」
その言葉は、どんな称賛よりも深く響いた。
レイナは少しだけ躊躇ってから、私の手を握る。
「ねえ。これからも、一緒にいてくれる?」
「え、今さら?」
「今さらよ。ちゃんと言葉にしたいの」
夜空のような瞳が、まっすぐこちらを見る。
逃げ場なんて、最初からなかった。
「……うん。離れないよ」
「約束ね」
「約束」
星屑が、また空から降り始める。
今度は、ちゃんと手の中で光っていた。
その隣で、彼女が笑う。
それだけで、世界は少し優しく見えた。
⸻
この物語は、まだ始まったばかり。
星屑の魔法も、ふたりの関係も、これからもっと複雑で、もっと輝いていく。
たぶん、何度もすれ違って、何度も手を取り直す。
それでも――
夜空が落ちてくるこの学園で、
私たちはきっと、同じ光を見つけ続ける。
ここまで読んでくれてありがとう。
この物語は、強い魔法の話というより、「誰かを好きになることが、どれくらい世界を変えてしまうのか」を描きたくて書きました。
星屑はただの光じゃなくて、
“誰かに触れたい気持ち”や“離れたくない想い”が形になったものです。
ユイとレイナは、たぶんこれからも完璧にはいきません。
すれ違ったり、言葉が足りなかったり、意地を張ったりすると思います。
でも、それでも手を取るたびに、
少しずつ世界が優しくなっていく。
そんな関係を書けていたら嬉しいです。
もしこのふたりの“その先”が見たくなったら、
また星屑が降る夜に、会いにきてください。




