第7話 男の名前なんて覚えていない
「尾緒神、お前は」
会長が何かを言いかけた時、俺にとって都合のいいことが起きた。
その時たしかに、少女の声で俺に笑い掛ける音を聞いたような気がした。
まるで選択肢を与えられたような、そんな音。1つ質が悪いなと思うのは、その声に悪意はなく、どこから聞こえたものかも分からないというところ。
ここにはたしかに、俺と生徒会長しかいない筈だった。
「見つけたぞ」
低く、暗い声に、俺と会長は声の主に目を向ける。その男は目の前の雑木林の中に立っていて、怖い目で俺のことを睨んでいた。いつの間にそこにいたのか。いつから、そこにいたのか。
俺は一度呼吸を入れて、ざわついた心を落ち着かせる。冷静な目で男を見るも、俺はその顔に見覚えはなかった。過去の、中学の頃の部活動関連での知り合いだろうか。
あの頃の俺はなり振り構わなかった。どこかで、何かしらの因縁が勝手に出来ていてもおかしくない。同じクラスの播元と似たような巡り合わせで知り合っている奴が他校にいたっておかしくはないのだ。
さて、何のスポーツで叩き潰した相手だろうか。みたところでは、野球やサッカーをやっていそうな見た目ではある。
「君は、國火下くんか?」
先に彼に言葉を投げかけたのは、狩谷会長だった。
「会長のお知り合いですか?」
「あ、ああ。今回の企画を一緒にやっている、河原山高校の生徒さんだ」
「それじゃあ、彼も生徒会を?」
言いながら、彼の制服を見る。山をモチーフにした校章、あれが河原山高校の生徒が付けているものかと目を付けた。
「いや、彼は1年生であってまだ生徒会ではない。今回のイベントには本人の希望でお手伝い参加してくれている、と私は聞いている」
歯を噛みしめ、拳を握った國火下が雑木林の中から出て来て此方へと向かって歩き出す。その目はどう見ても俺を見ていた。
「やあ、國火下くん。こんなところでどうしたのかな」
会長が俺を庇うようにして前に出る。そんな会長をみながら、國火下は歩みを止めた。依然として、その表情には余裕がない。
「狩谷会長。少し、彼と2人にしていただいでもいいですか」
「悪いがそれは出来ない。今の君の言動を見て、私は君が冷静だとは思えない。そんな奴を、我が校の生徒に近づける訳にはいかないな」
「会長、言動が教師みたいですね」
「尾緒神、お前は少し黙っているように」
言われるがままに、俺は黙って静観する。國火下という男は、狩谷会長を押しのけてまで俺に迫る気はないようで、苛立ちながらその場に突っ立っていた。
「お前、尾緒神っていうのか」
そう問われるも、俺は会長の言いつけを守る。
「尾緒神、ゴミ荒らしが。あれは、俺のモノだ。今は不出来なモノが入ったゴミ屑だが、それでも俺以外のやつが近くにいると腹が立つんだよ。直ぐに取り戻してやるから、覚悟しておけ。一時的に彼女の肢体を汚すお前を、俺は許さない」
そう言って、男は血走った目で俺を睨み付ける。なんだコイツ。
そこで俺は思い出す。ある日の屋上で、将河辺から聞かされた赤堂さんの過去。
國火下という、赤堂さんにとっての昔の親友の話を。
だが、それにしてもだ。こいつの言動はどこかおかしい。何か、歯車の噛み合わないような違和感がある。こいつが言っているのは、赤堂さんの件じゃないのか。
今彼女の隣にいる俺から、赤堂さんを取り戻すといった、単純な話として捉えてしまっていいものだろうか。
「それで、お前は俺を殺すのか」
「ちょ、尾緒神。そんなこと聞くな」
「ああ。その通りだ。だがそれは、今じゃない。俺は、不用意な暴力は振るえない」
女に守られやがって。そう吐き捨てながら、國火下は木々の中へと消えていく。
なんてこった。殺されるのは俺だったか。
いや、でもそれはおかしい。橘は俺にこう言った
『あなたは事件の目撃者になる。そして、引き返せなくなるの』
俺は目撃者であって被害者ではない。更に言えば、俺が関わらなければ沢山の人が死ぬとも言っていた。だが今の発言、國火下が殺したがっているのは俺だけのようだ。それに加えて、彼は自身の何らかのルールによって、必要以上の暴力すらしない。
会長を無理矢理どかすだけの、小さな暴力であっても。
「なんか、ややこしい人が出て来ましたね。会長」
「ああ、そうだな。お前、國火下とは知り合いだったのか?」
「いえ、今日が初対面です。どうしてあんなことを言われたのかも、よく分かっていません」
「そうか」
呟いた会長は、どこか遠い目で。國火下が去っていった場所を見ていた。いつの間にか、会長の纏う空気が変わっていた。
「尾緒神。悪いが私は、生徒会長としての責務に戻ろうと思う」
「俺も、そろそろ友達のところに戻ろうと思います」
会長と別れてからの道の途中。赤堂さんからの電話が掛かってくる。
「はい、おおか」
「尾緒神?今お前どこにいるんだよ。今ちょっとこっちでおもしっ、こほん。大変なことが始まっ、こほん。とにかく、早くこっちに戻って来て手伝ってくれ」
なんだ。妙に咳払いをする。
「そうか。ちなにみ、どういうことが起きているんだ」
「一緒に遊んでいた中坊がな、ここは俺の断頭台なんだ。とか言い出しているんだ。よく話を聞こうと思っても誤魔化されるし、尾緒神はどう思う?」
「正直言って分からん」
「やっぱりそうか。でも。お前と私なら、この状況からでもその理由を導き出せると思うんだ。これまでやって来たことみたいにな!」
何故だか、國火下の顔が浮かぶ。
「……」
「なんで黙るし」
「悪い、考え事をしていた」
「はぁ?まあ、いいか。とにかく、早く来いよ。待ってるからな!」
そう言って、赤堂さんは電話を切る。
放課後の屋上少女
くたびれた窓際刑事
3年前のヒーローショー
生徒会長といなくなった誰か
河原山高校生徒会長の弔い
赤堂さんと國火下
不穏な殺人事件の予言
ここが自分の断頭台だと言う中坊
そんな情報が頭の中でぐるぐると動き回る。
まったく、この山で一体何が起来ているのやら。そして、誰が何を知っているのか。一概に、何も起こらないとは思えない状況になってきた。少なくとも、俺は國火下に命を狙われている。
何か不穏な気分を抱えながら、俺は進路を変えることにした。




