第5話 驕られたサイダー
「くそ。何を乗せられているんだ。俺は」
指で弾いたアイスの棒がゴミ箱の中へと落ちていく。棒が落ちていく様を見ながら、俺は先程の話について考えていた。
馬鹿げた話が、頭の中で蜷局を巻いて離れない。
真実味などない話の筈なのに、嫌な予感が拭えない。
一度、気分転換をしなければ。取り敢えず赤堂さんと合流して、あの明るさに気分を押し上げて貰えば、少しは気も晴れるだろう。
「うわ、嫌な顔を見た」
そんな俺に、声を掛けて来た人がいた。見ると、狩谷会長だった。まあ、うちの生徒会主催のイベントなんだし、会長が居てもおかしくはない。
それにしても、休日に学外で同じ大然高校の生徒の学生服姿を見るというは、ちょっと不思議な感じがする。会長の手には瓶型のサイダーが二本握られていた。瓶に反射する自分の姿が、酷く歪んでいるような気がして嫌な気分になる。
「嫌なら、声を掛けなかったら良かったじゃないですか」
俺は特に表情を変えることもなくそう答える。
「馬鹿言え、これでも私は生徒会長だぞ。自校の生徒を見かけたら声くらい掛けるさ。君は、迷惑も掛けてしまっているしな。信頼回復のチャンスというやつだ」
「だったら、声の掛け方を間違っていますよ」
あの声の掛け方で回復する信頼とは。
「それはすまなかったな、つい本音が出てしまった」
そんなにずばりと言ってしまわなくてもと思う。とはいえ、俺も会長を見かければ、うわっと言いかねない。こっちはこの人達の恋の柵に面倒を掛けさせられた側なのだ。言っても文句はないだろう。
「うわっ。会長」
「随分と時差のある本音だな、尾緒神。なんの抵抗にもなってないぞ」
「そうですか」
「それで?尾緒神は、どうしてここに居るんだ?」
「赤堂さんに誘われて、ヒーローショーを見に来ました」
「そうだったのか。たしかに、言われてみれば彼女はそういうのが好きそうだな。先日の件の時に、関係者席のチケットでも渡しておけばよかったか?」
「子供向けの無料のショーで、そんな席ないでしょ」
「ふふ。それもそうだな」
この人、そんな冗談言うのか。
「それで、ショーはどうだったか?尾緒神。面白かったか?」
会長は気を使った笑顔をしていた。
「ええ。まあ、夢中になってしまうくらいには面白かったですよ」
「そうか、それは良かった」
会長は、少しだけ嬉しそうな顔をした。
ねぇ、尾緒神くん。何かおかしいとは、思わないの
「……。どうして、ヒーローショーだったのですか」
それも、5年も昔のヒーローを。といいかけてやめる。それでは露骨に探りを入れているみたいだし、会長が好きでガゲン仮面を選んだのだとしたら、失礼になりかけない。
「ん。それは面白そうだったからだ。高校の生徒会活動でヒーローショーの運営なんて、聞いたことがないだろう?」
思っていたよりも単純な理由が帰って来る。
俺の納得しないような表情を見てか、会長は話しを続けた。
「実はこのイベント、他校との合同企画でな。発案は私達ではないんだ」
「河原山高校の生徒会、でしたっけ」
「あ、ああ。よく知っているな。この山の麓に、その河原山高校がある。このイベントの企画自体はそこの生徒会長に持ちかけられたものなんだ。そいつと私がちょっとした知り合いでな」
そうか。よく考えてみれば、地域貢献にしては、この山はうちの高校からは少々遠過ぎるような気がする。そんな場所でイベントを運営しているのは、他校からの要請あってのものだった訳か。それで会長は今、うちの高校の代表として学生服を着ていると。
「そのサイダーも、その生徒会長さんに?」
「ああ、一先ずは無事にショーを終えられたことだし、お疲れ様の意を込めてな。私がここに来たらよく買うサイダーをご馳走だ」
会長の笑顔に曇りはない。ただ純粋にこのイベントを運営していたのか。それとも何か裏があるのか。俺はそれを追求するべきなのか。
橘さんのせいで、俺はどうしても変な勘繰りをしてしまう。
だって、今日ここで。人が死んじゃうんだもの。その言葉が、どうしても重くのし掛かって来てしまっている。どうしてか、くだらない妄言だと完全に割り切ることが出来ない。
うちの生徒会が企画を立ち上げた訳ではないのなら、何かあるとすれば向こうの生徒会の方なのだろうか。
「尾緒神?大丈夫か」
「大丈夫ですよ」
「そうか?表情が暗いぞ、何かあったのか」
「別に、何もありません」
そう答えると、会長は寂しそうな顔をして頭を掻いた。やっぱし、遠回しな言い方じゃ駄目かな。なんてことを呟いてから、その表情が真剣なものに変わる。
「放課後の、屋上少女のことか」
「どうして、そう思うんですか」
俺が聞くと、会長はふっと力を抜いた。上手な人だ。そのままの表情だと俺が警戒すると分かって、敢えて変えたのだろう。
「あの後、篠崎先生がお前と彼女を引き合わせたことを知ってな」
「どこ情報ですか。それは」
「本人だ」
「本人って」
「橘から直接聞いた」
あいつが、直接会長に?そんなイメージはない。
「そうですか。でも大丈夫ですよ、その件ではありません。ちょっと暑さにやられただけで」
「尾緒神。本当に、そうなのか」
驚いた。会長が少し、なんとも言えない表情をしていたからだ。泣き出しそうで、心配をしていそうな顔。でもそれは多分、俺にだけ向けられたものではない。俺に別の、誰かを重ねてみているような表情で。
その瞳に映るのは、俺であって俺ではない誰かだろう。
そこに、彼女の歪さが存在しているような気がした。
やはり、今回の件に、会長の抱えているものが関わっているのだろうか。
俺は、底知れぬ面倒さを感じた。本当に人が死ぬのかはともかくとして、俺はやっぱり何かに巻き込まれたのだと、実感をしてしまったのだ。
「会長。もしかして、前に言っていた“いなくなってしまった人”と俺を重ねていますか」
「そんなことを、君に話したかな」
それは、先日の俺が知りたいことでもあった。
「話したようなものですよ。知り会ったばかりの俺に、“君はいなくならないでくれ”なんて。そんな言葉を投げかけたんですから。まるで、誰かと同じ経験はして欲しくない。誰かと同じ被害者を生み出してはいけない。って、言うかのようでしたよ」
「そ、そうだったかな」
「そうでしたよ。で、今回のイベントに、その人のことが関わっているんですか」
「それは」
会長は、何かを逡巡した後に、サイダーを俺に差し出して来た。それは、向こうの生徒会長へと渡すものだった筈だろう。
「なんですか」
「このまま話をしていると温くなってしまいそうでな。一緒に飲まないか?」
それは話が長くなるということだろうか。
「別に、話したくないのならいいんですよ。俺はそれでも」
「今の君を、私が1人にしたくないんだ。分かるだろ?」
そこまで推測をしていたのなら、分かるだろう。と、そう言われている気がした。私は君みたいな人間を、放っておけないと。
黙ってそのサイダーを受け取ると、会長は優しげのある微笑みをみせた。厄介な弟に手をやいているお姉ちゃんのような、そんな目だ。
ここで突き放してしまえばどうなるか、それを想像出来ない俺ではなかった。
「ありがとうございますって、言っておきます」
「君も、大概面倒な性格をしていそうだな。いいんだよ、このくらい。それにこれは、私の我が儘でもある訳だしな。私の方こそ、ありがとうと伝えておこう」
ひとりぼっちの辛さは知っている。それには、もう慣れたつもりだ。俺には俺の、抗い方がある。でもそれは好きな方法ではなくて。
それをやりたくないのなら、やっぱり誰かに助けを求める必要がある。
会長も、そうなのだろうか。
誰かと話をするだけで、楽になるようなこともあるのだ。
飲み口のラベルを外し、T字型の玉押しを取り外す。玉押しを飲み口に当ててから押すと、からんとガラス同士の打つかる綺麗な音が鳴った。




