第2話 学生イベント
この蒸し暑い炎天下に、どうして自転車を漕いでいるのか。俺は不思議に思う。これなら素直に家事をしとけばよかったか?と思うも、草むしりが数時間で終わると思えなかった以上、友達と遊ぶ選択の方がまだましなように思えた。
通学に使っている愛車の自転車が、久しぶりの自由な旅に、うきうきしているような。そんな気がした。そうでも思わないと、この移動時間が退屈なように思う。
仕方なく、俺はバーハンドルの側面を、まるでロードバイクの下ハンドルを握るように掴んだ。好きなロードバイクのアニメに習って、俺は車と並走するスピードで自転車を揺らして漕いでいく。自転車は、自分次第で速度が変わる。
この加速、犯罪級か。なんて、中二病的なことを考えて走った。
片道40分掛かるところを、12分で着くことに成功する。汗だくで、太ももは悲鳴を上げていた。爆発するほどに動く心臓を握って、生を実感……って、何をやっているんだ。俺は。無駄に汗を掻いた。
向かった昔里公園には、既に赤堂さんが付いていた。駐輪場で自分の自転車に腰掛けていた赤堂さんは、到着した俺を見て少し驚いた顔をする。
「どうしたんだ、尾緒神。汗だくだぞ」
「ちょっと、バカなことをしていた」
赤堂さんのいる駐輪場に近寄って自転車を止める。そのままハンドルに持たれっかるようにして体を休めながら、俺は自分のハンカチを取り出して汗を拭う。
「なんでちょっと爽やかな感じを出してるんだよ」
「出してねぇよ。爽やかな感じ。それより、自販機に寄って言っていいか?喉が渇いた」
「いいけど、そんなに厚いか、今日?」
トレードマークみたいにいつも付けている赤堂さんの赤いマフラーを見るだけで、俺は眩暈がしそうだった。
「七月舐めんな」
木陰になった場所にある公園のベンチに座って、自販機で買った100円の冷たい水を一気に飲み干す。
「い、生き返る~」
生を実感する俺の隣に、赤堂さんが座る。
「悪いな、こんな暑い日に急に呼び出して」
少ししょんぼりとした様子の赤堂さんに、俺は申し訳なさを感じた。
「気にするな。誘ってくれたことは嬉しかったし、この汗は、ちょっと車と勝負してたから掻いたもので、暑さだけの問題じゃ」
「は?」
気が付けば、赤堂さんの顔が直ぐ真隣まで近づいて来ていた。
「なんだそれ」
「え、あ」
まずい。そんなに気遣ってくれて
「すっっっごく!面白そうじゃないか!私もやりたい!車と、競争!」
お、おう。
駐輪場まで戻って来たところで、赤堂さんは自転車に跨がる。
「よし、じゃあ行くか」
その顔はやる気に満ち溢れていて。
嘘、俺また全力で自転車を漕ぐの?
「待て待て。行くかって、この公園で遊ぶんじゃなかったのかよ」
俺の言葉に、赤堂さんは呆気に取られた顔をした。
「ん?あ、そうか。尾緒神にはまだ、今日の行き先について話してなかったな」
ポケットからスマホを取り出した彼女は、慣れた手つきでネットを調べて、その画面を俺に見せて来た。それは瓦山展望台のHPで。
「おお。ガゲン仮面のヒーローショーがあるのか」
「そうなんだよ!それでさ、ここ!ここ見てよ!」
そうして赤堂さんがピックアップした画面にはグッズ情報が掲載されていた。なるほど、これが欲しくてお小遣いを親にねだっていたのかと思う。
「この5周年記念グッズが超良くてさ!絶対欲しいんだ。それにこれ、会場限定コラボグッズ!」
化け狸伝承をモチーフとした瓦山展望台のマスコットキャラクターである、たぬきんとガゲン仮面のコラボグッズを見せながら、赤堂さんは更にその目を輝かせる。
「地元コラボ!最高じゃないか!?」
顔に押し付けるようにスマホを押し付けてくるので、俺は一歩後ろに下がざるを得なかった。赤堂さんはいつの間にか跨いでいた自分の自転車から降りていて、そしていつにも増して熱量が高かった。
「よく見つけたな、これ。こんなのあの雑誌には載ってなかったんじゃないか?」
赤堂さんがよく持って来ている『漢のホビー魂』には、俺も目を通していたりするが、こんな情報はなかったと思う。
その時、赤堂さんの目が少し泳いだような気がした。直ぐに笑顔になって目を瞑ったものだから、勘違いかもしれないけど。
「ああ。それな!近所のガキンチョ達に聞いたんだ!」
「近所のガキンチョ?」
「ああ。私、偶にこの公園でこの辺の子ども達とヒーローごっこをして遊んでいる時があってな」
「ふーん。そうなのか」
赤堂さん、普段そんなことをしているのか。どうしよう、簡単に想像が出来る。
「何でも、市内の幼稚園と小中学校ではこのイベントの宣伝プリントが生徒達に配られたみたいなんだ」
へぇ、そうなのか。それで、その子ども達伝えで知ることになったと。
「しかもな!聞いて驚くなよ?このイベント、どうやらうちの高校の生徒会が関わっているらしい!」
赤堂さんが携帯をスライドさせて、例の宣伝プリントの写真を見せてくれる。
「河原山高校と、大然高校の両生徒会による合同地域活性イベント、ね」
確かにHPにはそう書いてある。
「凄くないか!尾緒神?うちの高校が、あのヒーロー仮面シリーズのイベントを開催しているんだぜ?」
「たしかに。それは凄いかもだ」
言いながら、俺はそのプリントにある参加者特典の欄に目がいった。
18才未満限定。地元コラボ限定ポスターカード、ランダム二種の配布決定。と書かれている。
こいつ、このカードを揃える為に俺を呼んだな。いや、お小遣いを貰うためか。どっちがついでだ。いや、どっちも本命なのか。
「私、ガゲン仮面が超大好きでさ。あ、これは尾緒神はもう知ってることだったか。でもさ!とにかく好きでさ!特に」
ジト目をする俺だったが、赤堂さんが楽しそうにガゲン仮面を語る様子に、次第に表情が崩れていった。まあ、幸せそうなら何よりである。
でもなぁ、生徒会か。
俺達に濡れ衣を着せようとしていたやつらの催し物。そう思うと、あんまり行きたくはなかった。
生徒会長には、まだ何かありそうな感じだったし。変なことに巻き込まれなければいいけど。
俺達が昔里公園を出発したのは、それから大体15分後の話だった。
俺の愛車は、悲鳴を上げているような気がした。




