第1話 家事か友人か
なんやかんやで頭を使って学校を巡って、友達に気を使って、くすぐったくなるような気恥ずかしい言葉を口にしてみたりして。
挑戦状の答えを改竄したり、生徒会の連中に濡れ衣を着せられそうになったりと、普段なら体験しないような学校生活を過ごした週の週末。俺は、赤堂さんと友達になったことで変わり始めた日常の騒がしさを、しみじみと実感ていた。
体が重いのだ。いや、これに関しては自分勝手に発熱を起こしたせいであるのだが。そうでなかったとしても、俺は同じようにどっと疲れを感じていたと思う。
布団から出られることもなく、今日くらいは家でゆっくりしよう。休日までいつもと違う日常を過ごす必要はない。疲れを取るためにも、だらだらとした一日を謳歌するべきだ。なんて考えてしまうことは、決して悪くはない、至極当然の権利だとさえ思い始めていた。
どうしてそんなことを思ったのかは言うまでも無い。
友達からの連絡があったからだ。
寝癖が跳ねたまま、パジャマ姿で着信相手も見ずに電話を取った。それが間違いであったのだ。携帯機から聞こえた元気な声は、軽く俺を絶望させた。
「もしもし、尾緒神。お前、今日暇だよな?」
暇と言えば暇だが、素直に答えれば連れ出されると、確信があった。だから何か理由を付けようと考えていたのだが、電話の先は妙に騒がしかった。
「え、友達だよ、友達。は?友達と遊びに行くんだったら小遣いをくれるって言ったのはそっちだろ?は?いる訳ない?ふっざけんなよ!クソババぁ!ちゃんと友達と遊ぶんだから、大人しくお小遣いを差し出せ!」
そんな、恐らく母親と喧嘩でもしているだろう声が聞こえて、俺はやる気を失った。どうやら、赤堂さんの中で、俺と遊ぶことはもう確定事項らしい。であれば、下手な言い訳を考えるだけ無駄である。
「そういうことだから、尾緒神。11時に昔里公園に集合な!絶対来いよ!」
俺はこの電話で、まだ何も喋ってはいなかった。それでも電話は切れて、向こうの要件だけはしっかりと伝えられたのだ。
途中からそういうことだろうとは思っていたのだが、実際にそうなると普段は感じない重力を感じた。
どうしよう。面倒臭い。
これで俺がいかなければ、この電話はずっとなり続けることになるのだろうか。
いや、くだらない。こんな一方的な電話は無視して眠ってしまおう。そうだ。俺はまだ行くとも言っていないのだ。文句など出ない筈である。
携帯を放り捨て、布団の中へと引きこもった俺の部屋に、来訪者があった。幼稚園の年長さんになった愛しの妹だ。ノックもなく、その扉は彼女を受け入れる。
「ごみぃちゃん、お母さんが暇なら庭の草むしりをしてって、あと車の掃除と、お家のお掃除と、お洗濯とゴミ出しと」
相変わらず主語が強烈な妹である。だが、やさぐれた中学時代の俺のことを考えてみれば、そう呼ばれてしまっても仕方のない評価ではあった。母親とも大喧嘩したことだ。両親に愛され、同じくらい親が大好きな妹は、必然俺のことを嫌った。
とはいえ、家族ではあるので全く口を聞かないということはない。当時ならともかく、今は親とも和解している。妹との関係も、徐々に修復中なのである。
とはいえ、完璧で優しいお兄ちゃんをやる気は、俺にはさらさらなかった。
そういうのは、次男に任せておけばいい。双子ではないが、俺達は同い年である。どっちかのお兄ちゃんがしっかりしていればそれでいい。
「ごめんな、癒愛。お兄ちゃん、ちょっと友達と遊びに行く用事が出来て」
「友達?ゴミぃちゃん。お母さんのお手伝いをするのが嫌だからって、嘘をついちゃ駄目だよ」
「嘘じゃないよ。たった今、電話があったんだ」
「嘘だよ、ひねくれ者でちょっとおかしいゴミぃちゃんに友達なんて出来る訳ない」
可愛らしい顔をして。なんて心を抉るようなことを。全部真実なのが尚に刺さる。無邪気な子どもって残酷だ。
「最近、出来たんだよ」
「なんで目を反らすの?」
無邪気な剣に刺されたからだよ。なんてことは言わずに、俺は携帯電話を拾って画面を付けた。
「ほら、これ」
そう言いながら、今しがたの通話履歴を見せる。妹は扉の方からとたとたと歩いて来て、俺の携帯を奪い取った。
それでも我が最愛の妹は、訝かしむ目を止めはしなかった。
そうしてそのままボタンを押して自分の耳元に携帯を当てた。
ん?妹?
「な、何してんだ?」
「あ、もしもし。貴方はお兄ちゃんの友達ですか?」
妹!?
「女の人?もしかして、友達詐欺の方ですか?」
友達詐欺、なんて言葉を知っているんだ。妹。
「お兄ちゃんのお金を目当てにするのは止めてください!」
いもうとおおおおおお!?
それから、赤堂さんとの電話を終えた癒愛は、不服そうな顔をしていた。俺は赤堂さんに断りだけを入れて電話を切る。
「な?だから、草むしりとかはにぃに(弟)の方に頼んどいて」
「にぃにはもう部活に行ったから、お家にはいないよ」
……。そうか。あいつは部活に行ったのか。
ああ。面倒臭い。でも、しょうがない。
俺はパジャマから着替え、家事を手伝わない説得を母さんにするために、先ずは起き上がることにした。
赤堂さん。俺も勝つよ。自分の母親に。




