第24話:触れたい理由 ― 避けられた温度 ―
レイが帰ってきて三日。
屋敷の空気は、以前とは明らかに違っていた。
(レイさん……なんで、そんなに私を避けるの?)
廊下ですれ違っても、レイはそっと視線を逸らす。
昨日の朝など、リアが「おはようございます」と声をかけた瞬間、
どこか居心地悪そうに「……あぁ」とだけ返して去ってしまった。
(怪我のせいじゃない。
あんな目……私が何かしてしまったの?)
胸の奥に針のような痛みが残る。
ガイはそんなリアの変化にすぐ気づいた。
「兄さんの態度が気になるんだろ?」
リアは驚いて振り返る。
「そ、そんな……」
「分かりやすいよ、お前は。本当に」
ガイの指先がリアの頬の近くまで触れそうになり、
リアは反射的に一歩引いた。
その瞬間――
ガイの目がかすかに揺れる。
「……兄さんのこと、そんなに気にしてるんだな」
リアは言葉が出ない。
ガイはふっと笑って、いつもの柔らかい声に戻した。
「気にするな。兄さんはお前を嫌ってるんじゃない。
むしろ……逆だ」
「逆……?」
「さぁ。どっちの“逆”かは、兄さんに聞いてみろ」
ガイの言葉は意味深で、リアの胸をさらにざわつかせた。
夕暮れ。
リアは耐えきれず、レイの部屋の前に立った。
扉の前で拳を握り締める。
(……聞かなきゃ、前に進めない気がする)
ノックをしようと手を伸ばした、その瞬間――
ドアが内側から開いた。
「……リア?」
レイが驚いた目で立っていた。
肩の傷はまだ完全には治っていない。
その痛々しい姿に、リアの胸がまた締めつけられた。
「あの……少し、お話が……」
「……悪い。今は」
レイは横を向く。
また避ける。
また傷つく。
リアの指先が震えた。
「なんで……私を避けるんですか」
レイの動きが止まった。
「避けてなんか――」
「避けてます。私、何かしましたか……?
嫌われること、しましたか?」
声が震え、言葉の端が滲んでしまう。
レイは苦しそうに眉を寄せた。
「違う。そうじゃない」
低く、絞り出すような声。
「お前に触れたら……戻れなくなる」
「……え?」
レイは拳を握り締めた。
「誰より大事にしたいのに、俺の気持ちが……邪魔なんだよ」
「気持ち……?」
リアの心臓が跳ねる。
レイが一歩近づく。
その影がリアに落ちて、呼吸が止まる。
「傷つけたくねぇ。でも、近づいたら……絶対に抑えられなくなる」
その言葉は熱く、苦しく、切実だった。
リアはそっと手を伸ばす。
震える指先が、レイの手の甲に触れた。
「……触れても、いいですよ」
レイが息を呑んだ。
見たことのないほど困ったような、でも嬉しそうな表情。
リア自身も気づいていた。
――触れたいのは、怖くないからじゃない。
――レイだから、触れたい。
その理由をようやく理解し始めていた。
レイはそっとリアの手を掴み、指を絡める。
その手は大きくて、熱くて、少し震えていた。
「……リア。これ以上は……俺の理性が持たない」
「だから……触れてください」
言った瞬間、レイの喉が大きく鳴った。
二人の距離は指一本より近くなり、
息が混じり合った――
――その時だった。
「兄さん、夕食――あ。」
廊下からガイの声。
レイとリアがつないだままの手を見て、
ガイの目が、静かに揺れた。
その揺れは、笑顔に隠されても――
決して消えなかった。




