第23話:戻る影 ― 兄弟の間に落ちるひずみ ―
翌朝。
まだ薄暗い空の下、屋敷の門が軋む音がした。
リアははっと顔を上げる。
玄関に駆け寄ると、そこに立っていたのは――
「……レイさん!」
「ただいま」
短く返す声。
レイは片肩に軽い傷を負っていたものの、表情はいつも通りで、どこか安心させる強さがあった。
リアは胸に手を当てた。
(よかった……無事で)
「怪我、してるじゃないですか……」
「大したことねぇよ。森で魔獣に絡まれただけだ」
レイはいつもの調子で答えるが、リアの心は落ち着かない。
傷の位置、乾いていない血、疲れた眼差し――
そのどれもが胸を締めつけた。
「手当てを――」
「リア!」
後方から声が飛ぶ。
ガイが駆け寄り、レイの傷を見て顔をしかめた。
「兄さん、これは“大したことない”傷じゃないだろ」
「放っとけ。すぐ治る」
「……そうやって、全部一人で済ませようとする癖、いい加減やめろよ」
ガイの冷静な声に、刺があった。
レイは舌打ちしてガイから視線を逸らす。
その一瞬の間に、リアは気づいてしまった。
――ガイが、昨夜と同じ目をしていたことに。
――そしてレイもまた、リアのそばにいるガイを気にしていることに。
「……リア」
レイが不意にリアへ向き直る。
「ガイ、何か言ってきたか?」
リアの呼吸が止まる。
ガイが表情を変えずに口を開いた。
「兄さん、リアを尋問するつもりか?」
「そんなつもりねぇよ。ただ――」
レイの視線がリアを捉える。
その瞳には、心配と、そして何か別の色が混じっていた。
リアはそっと首を振る。
「大丈夫です。ただ……少し話しただけです」
その言葉に、レイの肩がわずかに緩んだ。
心底ほっとしたように。
しかし、安堵の奥には――深い迷いが影を落としていた。
手当てを終え、レイが部屋に戻ろうとした時だった。
ガイが小さく問いかけた。
「兄さん。……リアのこと、どう思ってる?」
レイは足を止める。
振り返らずに答えた。
「お前には関係ない」
「関係ある。俺にとっては、すごく」
ガイの声が低くなる。
リアは二人の間に張りつめた空気を感じ、思わず息を呑んだ。
レイはしばし沈黙した後――
淡々と、けれどどこか苦しく答えた。
「……俺は、リアを大事にしたいだけだ」
「それが“男として”なのか、“兄のように”なのか……どっち?」
一瞬、空気が凍った。
レイの拳が、無意識に握られる。
リアは何も言えなかった。
ガイの追及。
レイの沈黙。
そして、レイの背中ににじむ――嫉妬にも似た色。
「……俺は、リアを傷つけたくねぇんだよ」
そう小さく呟いてから、レイは部屋へと歩き去った。
残されたガイは、静かに笑う。
「傷つけたくない……か。
優しいようで、それが一番、残酷なんだよ、兄さん」
リアは胸元をぎゅっと掴んだ。
(どうして……こんなに苦しいの)
二人が自分のためにぶつかり合うのが、
嬉しいわけでも、悲しいだけでもない。
ただ――
“胸が痛い”。
この痛みの正体を、リアはまだ知らなかった。




