第16話:届かない声 ― 優しさと痛みのあいだ ―
朝の光が差し込む屋敷の窓。
リアはベッドの上で、ぼんやりと指先を見つめていた。
あの夜、ガイが見せた笑顔。
それはいつもの穏やかさの中に、少しだけ切なさが混ざっていた気がした。
(ガイさん……何か、隠してる?)
廊下を歩くと、レイの声が聞こえた。
「おい、もう起きてんのか?」
振り返ると、いつものように無愛想な顔――けれど、どこか優しい目をしていた。
「おはようございます、レイさん」
「おう。朝食、まだだろ? 一緒に行くぞ」
「はい!」
リアがうなずくと、レイは少しだけ口元を緩めた。
(……やっぱり、この人の笑顔、ずるい)
その一瞬の変化だけで、胸が温かくなってしまう。
食堂では、ガイがすでにテーブルについていた。
「おはよう。今日は市場まで行くよ」
「市場ですか?」
「補給品の確認をしたいんだ。リアも一緒に来てくれる?」
「はい、ぜひ!」
レイが無言でガイを見る。
一瞬、兄弟の視線がぶつかった。
何かを測るように、静かに。
午前の市場は人で賑わっていた。
香辛料の香り、果実の甘い匂い、遠くで聞こえる楽器の音。
リアは初めて見る光景に目を輝かせていた。
「わぁ……すごい」
「ふふ、気に入った?」
「はい! 全部見たいです!」
「じゃあ、案内するよ」
ガイが自然にリアの手を取る。
温かくて、優しい掌。
その瞬間、リアの胸がドキリと鳴った。
(あ……)
けれど、手を引かれる方向の先――
人混みの向こうに、レイの姿が見えた。
彼は無表情のままこちらを見ていた。
目が合った瞬間、リアは息を詰めた。
ガイは気づかない。
けれど、レイの瞳の奥には、
ほんの一瞬だけ「何か」を押し殺すような影があった。
昼下がり。
帰り道の馬車の中、リアは窓の外を見つめていた。
「……楽しかった?」
ガイが穏やかに問いかける。
「はい。でも……レイさん、怒ってました?」
「兄さんが?」
ガイは苦笑して、視線を外す。
「兄さんは、感情を出すのが下手なんだ。
でも、きっと……リアのこと、気にしてるよ」
「え?」
「……心配って意味でね」
その“間”がほんの少し長く感じた。
「ガイさんは、レイさんみたいに不器用じゃないんですね」
「……どうかな。俺のほうが、たちが悪いかも」
リアは首をかしげる。
けれど、ガイはそのまま微笑みを保った。
ただ、心の奥では――
(気づかないで。今はまだ)
そう祈るように。
夜。
リアは寝室の窓辺で月を見上げていた。
(どうしてだろう……)
レイの不器用な優しさも、ガイの穏やかな笑顔も、
どちらも心を揺らす。
けれどその揺れの先にある感情が、
“恋”なのか、それとも“憧れ”なのか、まだわからなかった。
風がカーテンを揺らす。
静寂の中で、リアは小さく呟いた。
「……誰のことを、見ているんだろう、私」
その夜、
三人の想いは同じ月を見上げながら、
それぞれ違う痛みを抱えていた――。




