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「何度も来てもらっちゃってごめんね」
「いえ、大丈夫です。用事無かったですし」
特に何事もなく時間が過ぎ放課後、再び美化委員室に行くと紅茶とタルトタタンがいそいそと用意された。因みに自分の知識の中に存在しない食べ物だった為、ついさっき先輩に名前などを聞いたところだ。軽い説明を聞いた上で改めて思う、組み合わせは悪くないけど一般的にあまりこういう場合に出てくる物ではないだろうな、タルトタタン。ただ今までもそうなのだが、筒見先輩があまりにも嬉しそうに準備しているのでなかなか突っ込みにくい。きっと会計さんならズバリと言うんだろうな。
「まず、早速だけど一応聞かせてね。三葉の周りで起きてる小さな不幸、本当に偶然だと思ってる?」
「………」
「うん、ごめんね。じゃあ次なんだけど、生徒会が行事とかを運営してるのは知ってる?」
「…知ってます。自主性を育てるって書いてありました」
「そ。それでね、生徒会だけに強めの権限があるともしかしたら独裁みたいになっちゃうかもでしょ?だから美化委員会にもほぼ同等の権限があるんだ」
「美化って結構凄いんですね」
「まあ、そうだね、権力だけはあるんだ。それでやってる事が生徒も含めた美化活動だから生徒を注意したり取り締まることもあってね。簡単に言えば美化って学園の警察みたいな役割もあるんだ」
なるほど。じゃあもしかしたら美化委員が避けられているのは何もしてないけども警察を避けてしまう、みたいな感情だろうか。いやでも、生徒会は避けられていない以上他にも別の理由があるのか?というかそのモットーって本当に掲げてるんだ。
「だからまあつまり、美化委員会にはそれなりの権力があります」
「はい」
「で、本題なんだけど」
先輩が紅茶を一口飲んだ。
「美化委員に入らない?」
「美化に?」
「うん」
「そんな権力のある委員会に簡単に入れるんですか?」
「委員会として普通に入れるよ」
実のところずっと気になっていた、入学してすぐの委員決めの時、選択肢に美化委員の名前が挙がっていなかった事が。初めは普通に非公式の委員会なのかと思っていたのだけど、色々話を聞く感じどうやらそういう訳でもないらしいから余計に謎だった美化委員会の存在。今聞いた話でようやく納得がいく。つまり権力があるから他委員会の様に大々的な募集はしていないが、今回みたいに勧誘などをして委員会の人数を増やしているのだろう。そしてそれに俺が誘われている。
「ほら、警察みたいなものだからうちに入れば少しは三葉の周りに起きてるいじめも治まると思うんだよね。そうじゃなくても色々動きやすくなるだろうし、あと美化と生徒会にだけある特典もあるよ、委員会関係での授業免除に食堂の優先席、カードの限度額も上がるし希望があれば寮を一人部屋にだって変えれる。あとは食事のデリバリーと清掃と夏の………ごめん、良いことだけ喋りすぎたね」
次々と出てくる情報をただ聞いてただけなのだが謝られてしまった。また紅茶を一口飲んで申し訳なさそうに先輩が改めて口を開く。
「前に説明した通り、美化委員は少し学園の中で…浮いてる。だから、美化に入ったって広まったら三葉も少し、その、距離を置かれたりとか、しちゃうかもしれない」
新入生歓迎会での事を思い出す。確かに先輩を見てる生徒はたくさん居たが、話しかけてる生徒は一人も見かけなかった。まだこの学園に来て日の浅い俺でも分かる程の美化に対する微妙な空気感。
「でも、それでも美化に入る効果はあるだろうし、美化としても俺としても三葉の助けになれるように努力するから」
「…前も同じような事言ってくれてましたけど、どうして俺の事助けようとしてくれるんですか?」
素朴な疑問を投げかけたつもりなのだが先輩が固まってしまった。タルトタタンを一口、二口と食べながら待ってみるが一向に先輩が動かない。文字通り固まっている。そんな変な質問ではないと思うのだけど。
「先輩?」
「………………呆れない?」
「え?はい」
「…実は俺、ヒーローが好きなんだ」
「ヒーロー」
思わず繰り返してしまった。ヒーローってアニメとかに出てくる正義の味方のあのヒーロー?
「子供の…まだ小さい頃にテレビで少し見たことがあってね。それで憧れちゃって、俺もそうなりたいって今でも、まあ、思ってるんだ。だから美化にも入って」
「え、普通に凄いじゃないですか。呆れたりしないですよ」
「ありがとう…いや、続きが、あるんだ」
先輩の視線がカップに向くがどうやら中身はもう空になってしまっているようだ。一度目を閉じて改めてこちらを見る先輩の顔が先程にも増して真剣だからこちらにまで緊張がうつる。
「ヒーロー、実際目指してみるとね、小さい人助けって結構あったんだ。でも、テレビで見たような大きい人助けができるきっかけってなかなか出会えなくて。でもそれは当たり前だし、良いことなのに、だんだん、何か、大変なことが起きないかな、とか、もう、全然ヒーローなんかじゃないこととか、考えるようになっちゃって」
その後も自己嫌悪しつつ周りの目を気にして人助けをする良い子のまま過ごしてきたのだと苦しそうに零した。何故先輩はこんなに自己評価が低いのだろう。そりゃ人助けする為に事件を起こした、とかだったら自己嫌悪するのは分かるけど、そんな事してるわけでもない。
「ごめんね。俺のこと優しいって言ってくれてたけど、本当は全然そんなんじゃないんだ」
人なんてどこかで損得を考えてしまう生き物で、体が勝手に動いたなんて事はあっても、生まれてから一度も損得を考えたことがない人間なんてほぼいないと思う。そんな人がいたとしたらそれこそ聖人君子と言われるような人間位だろう。
筒見先輩はただ、自分がヒーローになれるっていう得を誰かが困る様な大きな事件に見いだしてしまっただけ、なのだと思うけど、憧れているヒーローがそれすら許さないのだろうか。
「だから俺と屋上で会ったんですね」
「っ…………うん、そう、屋上まで三葉を追いかけて、見つけて、俺は、喜んだ」
人の命に関わるような大きな人助けができる、憧れているものと程遠い感情だったと。あの時背中に感じた心拍には高揚も混じってたのかもしれない。
「でもだからこそ、その償いとして、これは本当に本心から思ってる。三葉の助けになりたいって」
こちらとしては償いなんて要らないのだけども、ここで断ってしまったらその罪悪感はまた先輩の中でそのまま積み重なってしまうのだろう。それを回避する為に美化に入ることだって嫌ではない。嫌ではないのだけど、このまま素直に償いを受け取るなんてことはしたくない。そんな事をしたらきっと今までと何も変われない。
「先輩は優しいですよ。本当に優しくなかったらそもそも俺にこんなこと言いませんし」
「それは、罪悪感とか色々、もっと汚い理由だから」
「罪悪感でも!受けた人から見ればそれは優しさです」
声が少し大きくなってしまった。先輩が驚いてる。でも構うもんか。
「だから俺は、先輩はやっぱり優しい人だと思います。たとえ先輩の自己評価が違ったとしても」
屋上で出会ったあの時、そこから飛び降りる自分を全く想像しなかったといえば嘘になる。でもそれはあの時に限ったことじゃなくて、自分に訳の分からない記憶があると分かった時に、そのせいで自分の境遇がこうなっていると思った時に、もう一度人生をやり直せば変な記憶ごとリセットされて、今度こそ本当の俺の人生が始められるんじゃないかと何度も考えてきた。
だからこそ伝えたい。この学園に来て確かにあの時、俺はあなたに助けられたのだと。あの暗い思考から引っ張り上げてもらったのだと。
「俺美化に入ります。でもそれは被害者としてじゃなくて、先輩の友達としてです」
「でも…」
「友達としてなら、償いなんか関係なく俺のこと助けてけてくれますよね?」