最終話
俺は脱力感に襲われた。
もうどうでもいい。
悲しいというより、虚しかった。
今まで過ごした時間はなんだったんだろう。
尚代先輩の好きだった本。
先輩と交わした言葉。
先輩とのキス。
先輩のあの可憐な笑顔。
すべては思い出だった。
すべては過去に存在する。
俺と先輩は過去のことなのか。
ふと思った。
今日は図書委員がある日だ。
もしかしたら。
俺はすがるような足取りで図書館に向かった。
先輩の座っていた席。
なにかある。
それは先輩の日記と、俺の書いた漫画と、封筒だった。
封筒を開ける。
それは先輩の手紙だった。
「亘君。これを読んでる頃には私はあなたの知らない街にいることでしょう。
時間がなかったから汚い文字でごめんなさい。
亘君と過ごした時間はまるで幼いころ聞いたオルゴールの音色のようにはかなく、甘い時 でした。
亘君。覚えてますか。あの亘君が泣いて文芸部にやってきたときのことを。
私は自分のことをみているみたいでした。
とても悲しくて泣いてばかりいたあの頃。
私はいじめられていました。
いじめる人たちなんかくだらない人だから気にしない、と思うのですが、自分のことを悪 く言われるのはやはりつらかったです。
死んでしまおう、と思ったとき、もし亘君がいたら、と思うのです。
きっと私は死のうとは思わなかったでしょう。
消えかける意識の中で、自分の人生について思いました。
私には本当に愛する人がいなかった。
そうかんがえるととても悲しくて、切なくて。
亘君。あなたを愛しています。
これだけは変わらない気持ち。
もう一度あなたと一緒の時間を過ごしたかった。
亘君の漫画、とてもおもしろかったです。
才能きっとあります。
亘君。賭けをしませんか。
亘君が夢をかなえて漫画家になれたら、私亘君に会いにいきます。
私が亘君を思っているかぎり結婚はしません。
ペンネームはワタル、でお願いします。
本当に馬鹿ですよね。
こんなこというなんて。
でも私は信じています。
あなたはきっと偉大な漫画家になれると。
私の日記は私のことをもっと知ってほしいから置いときました。
とても勇気がいったんですよ。
素敵な思い出をありがとう。
私の愛する亘。 尚代。」
そう書いてあった。
俺は涙が枯れるかと思うくらい泣いた。
未来はある。
けして俺と尚代先輩は過去の思い出ではない。
きっとそれは砂漠の中一粒の砂金をさがすように、難しいことだろう。
俺は絶対にあきらめない。
先輩は夢に迷ってくれていた自分を押してくれたのだ。
それが先輩の最後のメッセージ。
夢をあきらめないで。
そういう尚代先輩の高い、小鳥がさえずるような声が聞こえる。
俺は図書館をでてイチョウ坂にむかって走った。
ただ走りたかった。
イチョウ坂をかけぬける。
あっ!
虹だ。
いつか迷っていた自分は虹を見ていたきがする。
虹はこのまちを覆うかのようにかかっていた。
あの時と比べてしっかりと鮮やかな色がその虹を彩っていた。
虹の向こうへ
きっとその先に答えはある。
愛するあの人を思い浮かべて、ただやみくもに俺はイチョウ坂をくだった。