終焉
黒い球を覆った炎は空を赤く染めるほど輝き、朱雀が再び大きく羽ばたくと消えた。黒い球は泡が爆ぜるように消え、中から翼のある黒い豹が現れる。その胴に朱雀の矢を受け、黒く血を流しながらこちらを睨んだ。
「窮奇様! なぜ、なぜ……!」
妹はうろたえた様子で、その黒豹にすがっている。ランファははっと息を飲む。球体に向けて射た矢は、妹をも射る覚悟で放ったものだ。矢を受けた窮奇とその後ろで傷を気にする妹、これではまるで――。人型を保てぬその魔獣は、離れた王宮上空の朱雀とこちらを順に、忌々しげに見て口を開いた。
「南王。国を盗るのは、今回は諦めましょう。退かせてもらいます」
矢を口で引き抜き、窮奇はジェンの方を見て、再びこちらを見た。まじろがずに見返して数瞬、窮奇の方が視線を外した。
「飛べますね、ジェン。行きましょう」
「でも、追手が……」
「大丈夫です」
羽音は二つ、窮奇とジェンは飛びあがり、未だ暗い西の空の方へまっすぐ飛んで行った。夜闇にだんだんと消えていく黒い翼をランファはじっと見送った。それを追うように、鈴のような音をさせて朱雀が後ろの宮殿からこちらへ急ぎ飛んでくる。
「逃げるぞ。追わぬのか、ランファ。あやつはこれしきのことでは手を引かぬぞ」
朱雀の言葉に俯き、ランファはゆるりと首を振る。去来する思いも考えもすべて振り払うかのように。
「いいのよ。王がこれ以上、都を離れてはいけない。――それに、きっとしばらく来ることはないわ」
そうか、と小さく応え、朱雀は羽根の回りの炎を小さくした。鈴の転がるような音で喉を鳴らし、朱雀は問う。
「……妹を取り戻さなくてよいのか」
「いいの、あの子は誰のものでもない」
ランファは弓を背負い、王宮へと向かって足元の屋根を蹴った。そして、振り返り、国の守護神に向かって小さく笑む。
「それより、都の復興の方が先。でしょう? 朱明」
朱雀は小さく頷き、その翼に朱の炎を纏った。ランファは扇を取り出して、くるり、と回る。
「舞うわ。手伝って頂戴」
「シャオ!」
酒場に飛びこんだファンは舞台へと駆け上がった。シャオは声に反応しなかったが、近くまで行くとまだ微かに息をしているのがわかった。外は王の火に照らされて微かに明るいが、先ほど自分がいた時よりずっと濃く毒気が漂っているのがわかった。
ファンは焦る心を落ち着かせて、息を整える。先ほど息を吹き返した朱雀と青龍の気に意識をやって、青い力に集中する。この身に、その力を具現するのだ。木行の力で、友人を救うために。
辺りを巻くように、清い風が吹く。見える手足に、孔雀藍色の鱗があるのを確かめ、ファンは掌をシャオに向けてつきだす。見よう見まねでも、やるしかない。
「治れ!」
どうやって力を使うのかは知らない。その能力を引き出せるかと、体中の青龍の力をめいっぱいに活動させて見る。体の中ばかりがざわついて、外にそれが出てこない。
体の力を強めると、対して窓の外の鴆の力と朱雀の力をはっきりと感じられる。ちっとも現れない木行の力に、焦燥がつのる。師が使っているときのような、大きく明瞭な力を。清溂で躍動的な力を。
不意に寒気がしてファンは窓の外を見やる。外の二人の気に、別の気が増えたのだ。その邪気は、自分をここへと運んだあの黒い水たまりと同じ力なのだろう。この恐怖は青の国で檮杌と対峙した時によく似ている。きっと、ここにも神話の魔獣がいるのだ。指先が微かに震えているのに気付いて、ファンは自分で両頬を張った。今は目の前の友を助けることだけに集中するのだ。
「もう少し頑張って、シャオ……」
絶対に助ける。希望があることを教えてあげなくては。