火の王
「どうしても、戦うというの」
「お前がいなくなるか、私がいなくなるか、どちらかしかありえない」
妹の周りに漂う瘴気を羽ばたきで散らし、南王――ランファは問いの答えにうなだれた。事の顛末を知るには、もう遅過ぎた。そして、静かに妹を見すえる。
近すぎたのだ、私たちは。そして、似ているばかりに、片方より優れることでしか個を保てなかったのだ。一として生まれるべきだったのに、二つに分かれて生まれてきてしまった。姉は姉として、妹に越えられぬように。妹は妹で姉を凌ぐように、一つのものを二人で取り合ってしまったから、二人は離れざるを得なかった。
すべての経緯を飲みこみ、ランファは静かに弓に矢をつがえた。
「あなたがもう私の妹でないのなら、私ももう姉ではない。赤の国の王として天より預かりし火行の力をもって、この国に害をなす魔を滅する」
ぎりり、と弓を引き絞り、朱雀の羽根を矢羽にした破魔矢を向けた。
「これが最後よ。退きなさい、グイファ!」
「その名を呼ぶなああ!」
叫び声とともに、無数の毒羽根がランファに向かって飛んでくる。大軍の射た矢のように、雨のごとく襲い来る毒矢だ。ランファは矢を放った。弓は古の火王のもの、紅焔と名付けられた長弓だ。高い音をたてて矢は空を切り、向かい来る毒羽根を焼き払いながら、飛んだ。
次の瞬間には、矢は鴆の獣人の羽根を射ぬき、炎に変わった。傷口の血は滴る前に乾き焼ける。悲鳴上げながらも、踊り子は羽ばたいて火を消し、翼をくすぶらせながら叫んだ。
「私はジェン! 鴆の獣人として、積年の恨みと、何より窮奇様の為、南王ランファ! お前を殺す!」
先ほどを遥かに上回る数の毒羽根と目に見えぬ毒霧を辺りに漂わせる。
「南王、お前が再び矢を放てば、私はこの体にある毒をすべて四方に降らせてやる。先に撒いた毒とは比べ物にならない毒だ。この都の民すべてを苦しめたうえで殺す」
二の矢をつがえていたランファはじっと“ジェン”を睨んだ。毒の威力に偽りはないだろう。こちらが国を守るためなら妹を射ることすら躊躇わないならば、向こうも姉を殺すために他を巻き込むことを厭わない。一枚の毒羽根が、まっすぐ顔を狙って飛んでくる。羽ばたき以外に身じろがぬよう、眼前に迫った羽根は身にまとう気を使って焼き消す。
「強い力ね。その毒があれば、どんな妖魔も倒せるわよね。人を守るためにだって使えたでしょうに」
ランファの言葉に、ジェンは応えない。少しでもこちらに動きがあれば、毒を四散させる気なのだろう。一挙手一投足も逃さぬといった目で、ジェンはこちらを睨んでいる。当たりに漂う暗い気に、顔をこわばらせて、ランファも向こうの隙を待つ。
執念がここまでの力を育てたのだろう、それだけの意志を彼女は持っていたから。でも、それ以上に、この力を強めているのは――
動けば民へ毒が降る。足元から湧くような邪の気に、ランファは気付いていながらも、そこを動かなかった。
「――愚問ですね、南王。毒とは殺すためにあるのです。何より、駆け引きをするのに、有効な武器になる」
毒羽根とは違う黒い羽根が足元の影から吹きあがり、ランファの体を射た。よろめきながらも、ジェンの方から目を離さず、影に紛れた澱みの主に応える。
「四凶、窮奇。それこそ考え方次第。武器というものは使い手によっていくらでも変わるものよ」
「武器とは常に害するために使うもの。守るというのは愚者の言うことですよ」
窮奇はジェンの横に飛びあがると、笑みを浮かべた。
「まぁ、不死の力を手放して王宮を出た王ならば、愚者といっても過ぎないでしょうね。――ジェン、王にとどめを」
“妹”が毒羽根をこちらに向けるのが見える。ランファは体中に刺さった羽根を振り落としもせず、よろめきながらも窮奇を見据えた。羽根ひとつはそれほどの威力でもないが、数は多い。それでも、その目に負を宿すことなく、毅然とランファは応えた。
「確かに、私は王以前に人として愚かよ。大切な妹一人の気持ちすら知らずにいたのだから。こちらはもう、取り返しがつかなくなってしまった」
びくり、とジェンの動きが止まる。でも、と置き、ランファは体に火を纏って、体に刺さる窮奇の羽根を焼き払う。
「王としてはまだ間に合う。――王宮を離れる愚かな王も考え方次第よ、敵する者を一番に引きつけるいい囮になる」
狂気と窮奇の邪気の漂う都の空に、妙なる音声が響き渡った。天上の音色にかなう朱雀の声だった。都の中央に据えられた王宮のその上空に火を纏った神鳥が飛びあがる。
「見つけたぞ、窮奇。余の王を愚弄し、民を苦しめた罪、その身で償え」
くっ、と窮奇は再び地上に、暗い澱みを生じさせる。
「逃がしはせぬぞ、四方随一の攻を誇る朱雀の火だ!」
地上を、空を、朱の炎が同心円に駆け抜ける。風より速く、波のように広く大きく、炎はうねり、都の空に広がった。逃れられぬ、と見たのだろう、火がその場に届く瞬間、窮奇は自身とジェンを、澱みに似た球体で覆う。
「窮奇!」
ランファは上空から、つがえていた矢を渾身の力で引き絞り、その球に放つ。火炎は辺りの毒羽根を焼失させ、火の波となって、どっとその黒い球体を呑みこんだ。




