第10話 神という名の災害・後編
半壊したビル街の中、神様と呼ばれた山が不気味な沈黙を続けている。
水晶の巨体は光を受けて虹色に輝いているが、動く気配はない。
一方、脳筋巫女の手中にあった完璧なるイモムシは輝きはじめた。
その光輝は魔手から離れて、光の球となり天へと昇ってゆく。
「この御魂に降りよ! 冥神トコヨノカミ!」
どこか誇らしくなる名を脳筋巫女が呼べば、光球は一際強く輝いた。
『ふむ……』
暖かな声が聞こえる。
我らの声なのに、我らではあり得ない声だ。
我らの体の奥、芯《魂》に熱を与える声は、果たして輝く光球から聞こえてきていた。魂を揺さぶる応えに、状況を見守っていた三十近い我らは平伏する。
巫女は冥神と呼んでいたが、このような存在をこそ神と呼ぶのであろう。
『招来ご苦労であった我が巫女よ』
「滅相もないっす! まじで! 急なコールゴッド申し訳っ!」
『良い。無垢で素朴な分霊と触れあう機会は多くない。良き気晴らしとなった』
なんという取って付けたような敬語であろうか。
あれほど魂を熱くする存在に対して無礼な巫女である。
在るだけで平伏したくなる存在に周囲の生徒達が震える中、巫女は手を揉みながらうかがいをたてた。
「……して、招来の対価の方は……?」
『うむ、半分ほどいただこうか。分霊の記憶を回収して状況は理解したが、このようなやり方を人の世では分業と呼ぶのであろう?』
「うわああああああああああ!? 私の報酬があああああ!?」
何事であろうか。急に絶叫した巫女の袖から大量の紙幣が飛び出してきた。
紙幣は光の中へと吸い込まれていく。
『良き想いであった。少し足りないが、我が去った後の分霊の世話で相殺としよう』
「うぅ……。その契約、承りましたっす……」
『壊さぬように扱いはすれども、無垢な器に我という存在は重すぎるのでな』
何と慈悲深き神か。
あの尊きお方にとって我らなど地をはう虫けら同然だというのに、後のことにまで気を砕いてくださるとは、もったいなきことである。
『さて、アレは神亀の類いか。我も多少の盗み食いなら目こぼすのだが、少々太りすぎだな』
次に慈悲深き神の意識が向いたのは、不敬にも神前にそびえ立つ水晶塊。
強烈な光を放ちながら上昇しはじめた神に対して、山は地響きを起こしつつ大地を踏みしめて立ち上がり、長い首を伸ばしてその本性を現わにした。
水晶の牙が生えそろった大口を開けて、生意気にも威嚇しているようだ。
「亀の神! 亀は聖なるモノとして祭られてはいますが……動物を象った霊的存在は基本的に野生に忠実でどう猛。危険です!」
「そうだねボス。ああいうのは食欲も凄いから、この辺りのビルを食い尽くしちゃったのはアイツかも? うちの神様もちょっと怒ってるよ」
金色の髪を総毛立たせて警戒するマイヤの言葉は、少々背中の煤けている巫女に肯定された。
慈悲深き神の怒りを買うとは愚かな。
亀の神といっても所詮はデカい獣ということだろう。
『ここ、なわばり、かえれ』
『ほう。我と戦うつもりなのか?』
神が楽しげに問いかければ、氷柱のように牙が並んだ亀の口腔が光り輝く。
『でーう゛ぁ・しう゛ぁ・おん』
閃光がほとばしる。
亀の口腔から解き放たれた光は、神から大きく外れて遙か彼方のビルに直撃、一瞬で炎の巨柱に変えた。
そのまま亀は光線を吐きながら首を振るい、神に当てようとする。
しかし、光線は突如として軌道を変えて、流れゆく雲を両断した。
けだものが神の威光にひれ伏して、改心したのだろうか。
いや違う。光線の根元をみれば、巨大な水晶の顎をアッパーでカチ上げる巫女の姿があった。非現実的な光景である。
巫女は怒った亀の報復のタックルで吹き飛ばされて、一棟、二棟ほどのビルを貫通。地面をバウンドしながら元の場所に戻ってきた。
「神様っ! 不敬なのを承知で言いますけどっ人間が神の術式を受けたら普通に死にますって!」
『おっと。そうであったか。最近の人間は頑丈ゆえ、一発くらいは大丈夫だと思っていたが……』
恐ろしいことにムクリと起き上がった彼女は、薄っぺらな敬語を忘れて神に抗議する。
不敬云々《ふけいうんぬん》の前に奴は本当に人間なのであろうか。
人間の基準があの人の形をした化け物だったのであれば、神が過ちを犯した理由にも納得できる。
『で、あれば遊んでいる猶予はないな。いますこし外部指導員とやらとして、神というモノについて教導したかったのだが、代わりに本物の神炎術式を見せよう』
神がそう言い放つと、光球の周囲がねじれ、ゆがみ、闇に縁取られた光の翼を形成した。光翼にて無数の灼い眼が開眼する。
禍々しくも美しい神の姿に生存本能を刺激されたのか、亀の方も口腔に先ほどよりも強い光を溜めている。
『でーう゛ぁ・しう゛ぁ・おん』
先に放たれたのは亀の光線であった。
生存本能のままに無理をしたらしく、アゲハにカチ上げられてひび割れていた下顎が崩壊していく。
『マハデーヴァ・シヴァ・オン』
そんな決死の一撃は神の放った波動にかき消された。
亀の光線とは違い、我らを傷つけることなく拡大する光は視界を白く白く染めていく。
光が収まると虹色の亀は消え去っていた。
消えたビル群と地平線の彼方まで黒く焼き固められた地表が、神の一撃の凄まじさを物語っている。燃えた場所というのは熱いものだが問題なく。神の火は灼いたモノの熱さえも焼き尽くしてしまったのだろう。
ピョンと高く跳んで、光を失った我らの一体をつかみ取った巫女は一言。
「……外部指導員って初めてやったけど、大変だねっ!」
「こんなのは外部指導員の仕事じゃありませ~んっ!」
「「「うんうん」」」
我らと生徒達の気持ちは一致した。
あんな指導をしろと言われたら、大半の教師は辞表を叩き付けて逃げ出すであろう。
大変で済んでしまう巫女が異常なのである。
マイヤの叫びは澄んだ青空に吸い込まれていった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
脳筋巫女アゲハの活躍を楽しんでいただけましたでしょうか。
今回の依頼はかなり報酬を削られてしまったものの、災害みたいな神亀相手に犠牲無しと大成功でしたね。
神様がお金を持っていった理由は、巫女がお金に執着しているからだったり。
霊的存在にとっては、物自体よりも物に対する想いに価値があります。
それだけアゲハはお金が大好きなのです(笑)
規格外な彼女の今後の活躍にご期待ください!
一気に十話も投稿してしまいましたが、ここからは一日一話ずつ投稿していく予定です。
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