46.夏祭り
「一緒に舞姫の剣舞を見に行かないか。夏祭りの舞台でやるらしい」
そう言って我が夫は、観劇の招待状をわたしに差し出した。
夫が観劇に誘ってくれるなんて、どういった風の吹きまわしだろう。あの一夜以来、夫はやけに優しくなった。わたしは飛び上がらんばかりに嬉しいのを隠して言った。
「あら、ちょうど暇ですし、殿方がおひとりで観劇するのも寂しいものですわ。いいですわ、つき合って差し上げます」
夫に隠れて大急ぎでブティックに出かけた。さすがにオートクチュールは間に合わないので、プレタポルテのセミオーダーで急遽ドレスを仕立てた。黒かと思わせるような深い赤色の生地に大きな花を思わせるリボンをあしらったドレスだ。派手過ぎず控えめな赤がわたしの美しさを際立たせる。
当然、支払いはエドガー様へのツケだ。
日が暮れかかり、夏の夜風が気持ち良くなった頃、わたしと夫は連れ立って街外れの教会に向かった。
「どう? このドレス似合うかしら」
「まあな。エドガーに申し訳ない」
もう少しましな言い方はないものだろうか。
恥ずかしがってロクに目も合わせない。本当にどうしようもない人だ。
夫は腰も良くなり、酒浸りの生活から立ち直って元気になったように見える。でも、ソフィ様の件があって以来、夫はいままで大切に抱えていたものを手放してしまったかのようだ。それが善いことなのか、悪いことなのか、わたしには分からない。
でも、着飾った綺麗なわたしを見て、夫が少しでも癒されたらいいと思った。別に褒めてくれなくたっていいから。
教会に着くと、広場に設置された舞台で神に奉納する踊りや歌が行われていた。それで客を集めて教会の資金にするという、よくある夏の催しだった。
わたしはこのような庶民が楽しむ舞台は見たことが無かったが、大劇場と違って臨場感にあふれていてなかなか面白い。
夫とわたしは案内されて、舞台と接する、いわゆる『かぶりつき』の席に座った。わたしの姿を見た庶民達は、舞台も忘れてわたしを呆けたように見る。美し過ぎるというのは罪なものだ。舞台で踊る者達ですら、踊りを止めてわたしに魅入ってしまった。
夫の右側にわたしは座ったのだが、左の席が空いている。
こんな混雑した客席にぽっかりと空いた席を目指して、身なりの良い紳士がやって来た。案の定エドガー様だった。目深に帽子をかぶっている。今夜はお忍びのようだ。
「お前も招待状をもらったのか」
「おお、ミラン……お前も呼ばれたのか……この前は悪かったな」
「気にすんなよ。すっかり立ち直ったから心配するな。だいぶ酒の力は借りたけどな」
「あら、カッコつけですこと。立ち直らせたのはこのわたしですわよ」
「ああ、バーラ様、先日は失礼いたしました」
エドガー様は夫と違って紳士だ。わたしの手をとってキスをする。
「またお目にかかれて光栄ですわ、エドガー様。いつも甘えてばかりで申し訳ありませんわ」
わたしは扇子で口元を隠しながら微笑む。
「いいえ、私がこの前のことを引け目に感じないように、あえてなさっていることでしょう。それにミランを立ち直らせていただいたのなら安いものです。私は昔、この男に命を救われたのですから」
そう言ってエドガー様は、にこやかに笑って席に着いた。
「ミラン、お前、最近エフレムが撒いているビラを見たか?」
そう言ってエドガー様が夫にビラを見せる。
わたしも一緒になって見る。
『私が成敗した諸悪の根源ルスランの犬、ミラン・ハルバートよ、逃げ回っていないで我が城に来い。近衛騎士団長エフレムがミランを討ち、サーマイリー王国を復活させて民に平和をもたらす。次にアルスベールを統べるのは、エフレムであると大聖女も言っている』
「あいつ、何で俺にそんなにこだわっているんだ?」
夫はビラをエドガー様に返してそう呟いた。
「お前が気に食わないからだろう。自分より強い奴がいるのが気に食わないんだよ」
「よく言うよ、エドガー。どう考えても俺よりエフレムの方が強いだろ」
エドガー様が持って来たワインのグラスを、わたしと夫に渡してくれる。
「そうかな。多分奴はそうは思っていないぜ」
わたしと夫、それに自分のグラスにエドガー様がワインを注ぐ。
「あいつ、自分より弱いと思う奴には練習試合で徹底的に痛めつけ、恐怖心を植え付けていた。俺も酷い目にあった。でも、ミラン。お前とは絶対に戦おうとはしなかったよな」
ワインを飲みながら夫が答える。
「俺、エフレムには近づかないようにしていたからな。それに近衛騎士団の奴らに嫌われていたから、あまり出稽古にも呼ばれなかった」
「でも、お前が『近衛崩し』をした時、エフレムはカストラ様を連れて逃げたんだよな」
「……まあな」
「あいつがカストラ様を守って逃げるなんて考えられない。敵はお前一人だけだったし、絶対お前にビビって逃げたんだよ。それが悔しくてこんなビラ撒いて、あのときの決着をつけたがっているんじゃないか。あいつはそういう奴だ」
「う~ん、別に決着なんて……いまさらどうでもいいって言うか……」
我が夫がそう言いながら、困惑するようにワイングラスに口をつけた。
するとその時、シャリン、シャリン、と舞台から鈴の音が聞こえた。
周囲が急に静まり返り、今まで聞こえなかった篝火のはぜる音が聞こえてくる。
今夜の大とりを飾る、舞姫が舞台の上に現れた。
両手首につけた鈴を鳴らしている。
真夏の濃い闇の中、篝火に照らされた舞姫の体は薄い衣につつまれており、その形の良い乳房や、体の線がほのかに見える。
ともすると下品になりそうな衣装は、舞姫の美しさと、醸し出す神聖な雰囲気が神々しさすら漂わせていた。
きっと女神がいたならば、このような姿に違いないと思わせるものがあった。
その姿にわたしは息を飲んだ。
いままで見た、どんな豪華な舞台も敵わないと思った。




