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かくりよ、桜の縁結び  作者: 灯影


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序章 鈴の音が告げるもの

 


 細く高く繊細に響き渡る鈴の音。

 それは長く余韻を引きずりながら静かに消えていった。


「悠璃、何かが結界を超えたぞ。ちょっと見てくる」


 真っ黒で肉厚、そして背丈の半分はありそうな立派な翼を背にした男が、胡座を崩し立ちあがろうとした。

 ぱらりと、無造作に後ろで束ねた黒い絹の様な髪が一房前に垂れる。


 その動きを手で制して、もう一人の男が滑らかな所作で立ち上がる。

 悠璃と呼ばれたその男は先程の男とは違い、軽やかな白銀の髪をしていた。

 毛先に行くほど青みが掛かるその頭には、柔らかそうな狐の耳。

 んー、と伸びをすると同時に背中の尻尾もピンと上に伸びた。


「いや。俺が行くわ」

「珍しいな、いつもは面倒くさがって行かないくせに」

「何か今回は俺が行く方がいい気がするんだよね。だから玖呂はお茶でも飲んでゆっくりしてたら」


 部屋の外へと向かう悠璃の背中では太くてフサフサな尻尾がご機嫌に揺れていた。 

 それを中腰で見送った玖呂は一人座り直すと、開け放した障子の先に見える庭園に目を遣った。

 相変わらずご機嫌に揺れる尻尾を見て玖呂は口元が僅かに綻ぶ。


「あいつの勘は当たるからなぁ」


 そうして玖呂はまだまだ温かいお茶を啜った。


 ***


 悠璃は履いた草履に土が付くかつかないか、の軽やかさで地面を駆けていた。


「さ〜て、鬼が出るか蛇が出るか」


 ここ最近は平和で、それはもちろん良い事なのだが、やはり少しの刺激がないと退屈なのはあやかしとしては仕方がないのだ。


 悠璃は自分が住んでいる街とあたりに見える山一帯を結界で守護している妖狐だ。

 その悠璃の結界を前回越えたのは――

 と、ここで悠璃はふっと足を止めた。

 逸る気持ちのまま走っていた様でもう結界の近くに着いていた。


「この気配は……人か? いや、あやかし……?」


 まだ形を見るまでにはいかないが、確かに前方から何かしらの気配を感じる。

 きゅっと眉を寄せた。

 妖狐の上位に身を置く悠璃は、正体が気配で絞りきれない事はあまりない事だった。

 高揚の気分は一転警戒に変わる。

 尻尾がそれを帯びてゆっくりと揺れていた。


「悪い方で当たった?」


 軽く息を吐いて視線だけで辺りを確認すると、ここは確か朽ちた社がある場所だ。

 前の社の主人がいなくなって百年程しか経っていないのでまだ霊場として成り立っている。

 霊場の気配に引き寄せられたあやかしかもしれない。

 悠璃はその場から飛び上がると、参道だった場所を避けて生えている木々を足場に、音も無しに気配に近づいて行く。

 作り出された風だけが彼の動きを示していた。

 大鳥居の上に静かに着地を決め片膝を立てて座ると、膝に腕を置き観察する。


「んー……人だよねぇ、あれは」


 後ろ姿からは髪が長くて背が低いくらいの情報しかわからない。


 ……迷い込んだか?


 不意に泣き笑いの様な一瞬の声。

 それは悠璃の耳に低く甘く響く。


 そしてその存在が悠璃の居る大鳥居へと体の向きを変えた。


 風は吹いてなかったはずだ。


 だがなぜかその存在を中心に緩やかな風が起こって長い髪が巻き上がった。

 慌てた様子で髪やスカートを押さえている。


 ――少女だ。


 悠璃と少女の、一瞬の視線の交わり。


 悠璃の心臓にどくん、と大きな衝撃が走った。


 ――何だ、今の。


 俺が人間の少女に、動揺しているのか?

 目が離せない。

 ただそれだけの事なのに、妙に落ち着かなかった。


 風が緩く悠璃の方まで流れてくる。

 優しく甘い香りに体がピクリと反応した。

 見ろ。

 こっちを。

 俺を。

 無意識にそう思ってしまう。

 中々こっちを見ない少女に焦れて悠璃は声を掛けた。

 勤めて冷静に、いつも通りを装って。


「どうも〜。君みたいに可愛い子はここらで見た事ないんだけど、迷子にでもなっちゃった?」


 普段通りの軽口の筈が、幾分声のトーンが下がっている自分に驚く。


 そしてようやくこちらを見た瞳に、再び悠璃は射抜かれた様に釘付けになった。


 視線が交わった瞬間、俺の中の硬い何かが音を立てて崩れた。


 それが何なのかは、まだわからない。


 ただ、彼女を見失いたくない。

 それだけは、確かだった。


 初めてなのに、ずっと探していたものを見つけたような――


 それが何なのかを知るのは、まだ少し先のことで――そして悠璃にとってそれは、春が訪れる前触れであることを、彼はまだ知らない。



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