79話:五頭龍に守られて(柊木鈴音)
展望台から五頭龍の足元まで連れてこられた。痛みと疲労の中でも、その存在の巨大さを感じる。
源と自分は長い手錠のようなもので繋がれている。背後の五頭龍は自分たちの歩みと連動し、鈍くけたたましい音を立てながら、ずるずると進む。牛歩に近いスピード。
その最中、轟音と共に頭上には爆発が何度も起きる。眩しい閃光は感じつつも、不思議なことにその爆風も熱気も自分たちのところまでは届かない。
──守ってくれている。
遥か前方を向いている五頭龍。間違いでなければ、龍からは風のバリアーのようなものが張られているのか、攻撃が効いておらず、自分たちの足元まで及ぶこともなかった。
「確かに連中は僕の申し出を断った。この攻撃がその証拠だ。でも鈴音ちゃんどうだい。爽快じゃないか。圧倒的な力で街も何もかも消えていく」
源は右手に繋がれた手錠を引く。
「これはあんたの力じゃない。五頭龍のものでしょ」
「いやいや。五頭龍を操っている僕の力だよ」
操っている。それは間違いだ。五頭龍は自らの意思で源に従っているわけではない。私を人質としているから言うことを聞いているのだ。なぜか私にはそれがわかっている。
源に私と五頭龍は連れられるように北を目指す。自衛隊だろうか、五頭龍の歩みを止めるための攻撃は続く。五頭龍は光と音が苦手らしく、その度に少し怯みはするが無傷だ。しかし。
「なんだ」
今まで聞いたことがないエンジンを吹かす音が上空から聞こえた。時折ジェット機の音はしていたが、それとは全く違う重低音。その音の主は数百メートル先に着地をした。
「ロボットだ」
思わず呟いてしまった。五頭龍と並んでも遜色ない巨大さ。流線型のフォルムを描きつつ、足は巨大で無骨であるが、頭部や肩、腕は細身でしなやかさを感じる。戦車や戦闘機とは全く違う異質な兵器がそびえ立つ。
そして、これは五頭龍を討伐するために現れたことを悟る。
「くそ。こんなの知らない。やれ。五頭龍!」
源は手錠を引く。その力に負け、源の近くへ転んでしまう。彼は仰向けとなった腹を踏みつけた。
「ぐっ」
「さあ。いけ! 五頭龍。さもなくば愛する天女はここで今、踏み殺されるぞ」
五つの顔はそれぞれ源を睨んだ。その殺気だけで源は消し飛びそうだ。
数秒の後、五頭龍は相対する機械の巨人を睨んだ。すると,一歩。ロボットはこちらへ進んできた。決して走れるわけではないようだ。しかし、鈍く軋む音を立てつつ、その存在は近づいて来る。足の付け根に当たる部分からは、おびただしいほどの配管が垣間見え、装甲の間からは熱を逃すためか、蒸気が吹き出ていた。
ロボットの登場により、自衛隊らからの攻撃は止んだ。龍の唸り声と、機械の唸る音のみがこの場所に残っている。いや、あとは源の荒げる呼吸音もあった。
踏みつける足を押し除け、立ち上がる。そして、手錠を今度は自分が引っ張った。源は足をすべらせ、ギリとこちらを睨む。
その最中頭上では龍と巨人が会敵する。龍の顔の一本をロボットは掴みかかろうとする。
龍は口を大きく開き威嚇した。すると、ごうと突風の壁を五頭龍は築く。ロボットの腕はその風圧を受け跳ね飛ばされる。
しかし、巨人は勢いをそのまま腕を大きく振りかぶった。すると腕の装甲の一部が開き、そこから爆炎が噴き出た。その推進力を得るかたちで風の壁を破り、龍の頭に鉄拳が届く。金属がぶつかる音が響く。
「五頭龍の風結界が破られたのか」
そして、そのまま龍の首をむずりと掴んだ。
ずるずる、と五頭龍は体が引きずられる。
ぎゃおぎゃお、と龍は叫びロボットへ噛みつく。鋭い牙が鉄の装甲へ襲いかかる。そうしてロボットと五頭龍はくんずほぐれず揉み合う形となった
頭上では機械の巨人は五頭龍の二本の首をそれぞれの手で掴み割くように力を入れた。
びりり、とした痛みが自分にも響くようであった。
「鈴音っ。五頭龍に本気を出すように伝えろ」
源は慌てて自分の襟を掴んだ。
「そんなの。そんなの、やり方もしらない」
「──いいから。早く! 龍はお前の言うことは聞くんだ」
「だから、そんなやり方なんて」
「ぐ、ぐお」
龍の首は引っ張られた、その巨大な体は横倒しとなった。
力の差としては、巨人が圧倒していた。
遥か古から存在していた龍よりも、人類の技術進化の叡智であるこの兵器の方が単純に強いということなのだ。
龍は首を操り、腕のように使って起き上がる。
「くそ。このままじゃ。うわ」
起き上がった五頭龍目掛け砲弾が降り注いだ。
龍が作り上げた風の障壁は間に合わなかったのか、砲撃は直撃する。
爆風は自分たちにも襲いかかった。肌を焼くような熱気を感じる。龍はなお、ロボットに立ち向かう。
そしてそれを迎え打つ鉄巨人。戦いはまだ続く。




