80話:別れ(浅倉朝太郎)
父はイザナミというロボットに乗り空へ消えた。
社長室へなだれ込んだ男たちも、自分たちのリーダーは鉄の塊に飛んで行ってしまったことを受け、唖然としている。
どこまでが彼らに情報が伝わっていたのかはわからないが、反応から察するに、ロボットがこの工場から現れることも予想はしていないようであった。
「ビアンカさん!」
自分の一言で我に帰った彼女はすぐさま反転し、入り口付近に向かい発砲した。
男たちは逃げるように廊下へと戻っていく。
「朝太郎ッ。時間がありません。ここら脱出して、早く追わないと」
「わかってます! でも、ここからじゃ」
ダダ、と通路側からの攻撃。煙が舞う中、事務机の裏へ飛び込む。ビアンカも同じ場所へと移る。
キン、と銃弾が金属とぶつかり合う音が響く。この階の窓側はイザナミの出撃により、ほぼ丸裸状態。通路側は敵がひしめき合っている。つまり袋小路。追い込まれた鼠状態であった。
「仕方がない。ここから飛び降りましょう」
「そんな無茶な。飛び降りたら真っ逆様ですよ」
ビアンカは呼吸を整える。
「少なからず、この下には階層はあるはず。一応タワー型の建物ですから。ベランダなんて素敵なものがあったら嬉しいですが」
そして再び銃弾の横雨が降り注ぐ。壁としていた事務机は削れていっている。時間はない。
「いきます。3、2、1」
ビアンカは決意ができていない自分を待たずして、机から飛び出た。
「ち、ちくしょう」
そして、自分も走り出した。頬を銃弾が通りぬける。岸壁へと変化した社長室を飛び降りた。
眼下には、奇跡的に室外機が並ぶバルコニーがあり、鉄格子の床に転がるように落ちた。
「朝太郎。こっち」
すでに降り立ったビアンカはドアをすでに発見していた。鍵は空いており、そこから中に再び侵入する。敵は最上階に集中していたのか、少なからず追っ手はいなかった。
「──ンカ。ビアンカ。聞こえるか。地下の最深部に行ったが、途中で天井が開きやがった。そしたらロボットが飛び出てった。俺は映画の撮影にでも巻き込まれているのか?」
ドミニクからの無線通信が入ったらしい。
「──そのロボットへ目標は乗り込み、空へと消えました。それに悪いニュース。私たちに裏切り者はいませんでした。ですが、本部はわかりません」
「なるほどな。それなら話は通るか。現場では今、五頭龍とオンステージの真っ最中との連絡があった」
「親父は五頭龍のとこに行ったんですか」
彼女は頷いた。
プロジェクト・イザナミ。五頭龍を倒すこと。それが目的であるならば納得はいく。
「柊木は。柊木のことは何か知りませんか?」
ビアンカの通信機に向かって言う。
「──どうやら、五頭龍と一緒らしい。仲間からの連絡で源とミス柊木が共に歩いているそうだ」
ドミニクは言う。
共に歩く。あの巨大生物と一緒に。どういうことなのか。しかし、父が五頭龍の元へと行ったのならば、尚更危険が迫っている。
「ビアンカさん。急ごう」
「もちろん」
そう言って廊下を駆ける。
「ドミニク。私たちは南側の甲板に出ます。そこから海へ飛び込む」
「わかった。俺たちはボートを回す準備をしておく。あとで落ち合おう」
「では。また後で」
ビアンカは交信を終えると、共に廊下を走る。
頭上から足音が聞こえることを考えると、鉢合わせる可能性は十分あった。
「こっちから降りられます」
階段室を発見。そこから、デッキを目指す。
すぐ近くで無数の足音が聞こえる。ビアンカはベストから再び手榴弾らしきものを取り出し、上方向に投げた。
「朝太郎!」
ビアンカはその瞬間自分を抱きしめた。柔らかな感触と共に視界と聴覚が封じられる。
すると、真っ暗闇の自分の視界にピカリと閃光を感じた。閃光手榴弾だったらしい。そして、勢いよく体を離さられる。
相手が、混乱している隙を狙い一気に下の階層へ走る。
ドミニクのおかげか、下から駆け上がる音は聞こえてこない。鉢合わせは回避でき甲板に出ることができた。コンテナが乱立する中、海へと降りられる場所を探し走る。
イザナミは、親父はここを破棄することを元より考えていたようであった。イザナミが飛んで行った時の影響で、機材はバラバラに飛び散っておりもはや工場の運用を継続するのは不可能だろう。
先ほどまで登り降りしていた建物を背に、コンテナの小山、機材の瓦礫を右へ左へ曲がりながら甲板の端を目指す。
「ビアンカ。ボートは確保した。今、南へ回している」
「了解。朝太郎と共に向かってい……」
もう少しで海に降りられる。
そう思いコンテナを曲がった時、銃を構えた男が二人。
目が合う。手を伸ばせば届く距離に出合い頭だ。
そして互いに瞬間、発砲した。男たちは一撃を受け崩れる。
さすがの速さ、もはや早撃ちのレベルではない。自分は身悶えする彼を飛び越えた時、隣を走っていたビアンカの姿がいないことに気がついた。
振り向くと、明らかに走るスピードが遅くなっているビアンカ。まさか。
「ビアンカさん!」
彼女の手を取り、近くのコンテナへ再び身を隠す。すると今度は上からの銃撃。鉄を弾く音が、滝のしぶきのように聞こえる。
「ビアンカさん。大丈夫ですか」
「ふぅ」
彼女はゆっくりと息を吐く。腹部に血がじっのりと滲んでいた。
「う、撃たれたんですか」
次第にその真紅の領域は広がっていく。反してビアンカの顔は色合いを失っていく。
「ビアンカさん! もう少しです。ドミニクさん達がボートで待っているんですよね」
彼女の手を引っ張ろうとしたが、彼女はそれを跳ね除けた。
「ビアンカさん」
「朝太郎。よく聞いてください」
彼女はじっくりとこちらを見つめた。
「草薙の剣、私が昨日した話を覚えていますか」
「今はそんな話をしている場合じゃない! はやく逃げましょう!」
ビアンカはゆっくりと首を振るう。
「草薙の剣。それは龍を倒した、伝説の剣です。ですが、それは。ごほ、それは、歴史の中で誰一人として、その存在を見たことがないものです」
ビアンカは空な目でこちらを見て話を続ける。
「それは、龍を倒す必要が迫った時に、龍を倒すべき者が持ち合わせていた」
「ビアンカさん!立てますかっ」
「私のルーツは、ここなんです。曽祖父は日本、ここ江ノ島に住んでいました。私が聞いた。今まで聞いてきた話は、それは、草薙の剣というドランゴンキラーがあること。しかし、それは剣そのものではない。それは魂。実態はなく、物語の中で、その者に即した形で実態を作りあげるもの」
ビアンカは咳き込む。口元には血が滴る。
「ビアンカさん……」
なぜ今その話をするのか。その理由を考えたくなかった。彼女は自分の目を優しく見つめ言う。
「龍が現れ、機械の巨人が戦うそれこそおとぎ話のようなこの物語。この話で、あなた。朝太郎が主人公なのだと、私は思っています。それならば、龍を倒す力、草薙の剣は姿を変えあなたの元に現れるはずです」
「おれは、俺はそんなもの知りません」
「知っているはず。浅倉孝太郎がこの地に戻った時、あなたも舞い戻った。そこには確かな理由があると思います」
ビアンカは掠れた声で話し終えると目をゆっくり閉じた。
その最中も銃撃は続く。耳を澄ますと、近寄ってくる無数の足音。
「さあ。行ってください。お父さんを止めるのも、柊木さんを助けられるのもあなたしかいない」
「ビアンカさん。俺は、俺にはそんなこと」
弱気な自分を見かねて彼女は懸命に立ち上がる。その動きとは真逆で力強く自分の胸を押す。
「行きなさい。朝太郎。後で私も追いかけます」
彼女は初めて会った時と同じく、美しくそして凛として立っていた。
自分の足は後ろに一歩下がる。そして、また一歩。
何故ここに来たのか。何をすべきなのか。何ができるのか。流れる涙を拭かず、振り返り海を見た。
そして、走る。ただ、海に向かって。
銃撃は自分を追ってくる。しかしそれは追いつくことはない。ここまでの全力疾走は初めてだった。
甲板の端へ辿り着き、下を見るとドミニク達のボートが数台停泊していた。
それを見つけ、自分は海へと飛び込んだ。




