68話:CIAの目的(浅倉朝太郎)
「朝太郎! 早く!」
江ノ島を下山し、駅の方へ向かう最中、虎丸は自分の腕を引っ張る。
足は困惑と失意でうまく動かない。
ビアンカと毅も同じく、土と埃だらけになりながら、龍から遠ざかるように逃げる。
その時、急に爆音が響いた。どうやら、ジェット機か何かが近くを飛来したようであった。
「今は逃げるしかない。分かるだろうが」
自分を引きずりながら虎丸は怒る。まさか。こんなことになるとは。
登鯉会のボスである棟梁は入道ではなく「源」だった。
ましてや、彼らの目的は本当に五頭龍の復活だった。幕府を再興する? 源頼朝の子孫? 鈴音は天女? ただでさえ驚きのあまり思考が働かない頭が、訳の分からない現実の金槌で殴られたようだった。
駅の方面までたどり着くと街中はパニック状態になっていた。
停電が起き、真っ暗闇の都市で、人の影が入り乱れる。なによりも風が強い。龍から発せられているかのように、そこら中のゴミが空へ舞う。
「シェルターはあるんですか」
ビアンカは毅に尋ねる。
「そんなもんあるか。とりあえず、遠ざかるしかない。近くの学校か、役所か分からないが、そこが避難所になっているはずだ」
彼はこっちだと示し、先導する。
五頭龍の方へ振り返る。おそらく一キロメートルは離れたはず、しかしその姿を伺うことはできる。まるで初めから存在していたとでも言わんばかりに、空をも隠しそびえ立つ。
鈴音は無事なのだろうか。最後、彼女は源と共に光の靄に包まれていた。なにかあの時、超常的な力がはたらいていたのだと思う。龍が現実に現れたのだ。もうなんでもありだ。
源は鈴音を天女と言った。そして、五頭龍の復活においても重要なキーであるとも。
だが。自分はあの場で何一つできなかった。そして、登鯉会の狙いも、源が全ての元凶であったことも全く気がつかず、好きな人を守れなかったただの子供だったのだ。
龍は吠えることもなく、ただこの街を見ているようだった。そんな怪物を背に自分は毅の後をついていく。
次第に人は多くなっていく。皆向かう先は同じであるらしい。町の公民館に着くと、すでに沢山の人が押し寄せていた。我先にと入り口近くでは大混雑になっていた。
自分たちはその光景を見つつ、近くの花壇に腰を下ろす。
「まさか、龍が現れるなんてな。ありえねーよ」
虎丸はスマホを取り出す。しかし、圏外になっているようで、使い物にならなかった。
「この街は終わりだ。さっき飛んでいたのは自衛隊だろう。救援もいつ来るのかさっぱりだ」
毅も腰を下ろし項垂れる。
「朝太郎。まだ動けますか」
ビアンカは男たちとは違い、冷静さを取り戻しつつあるようだった。
「動くって、今更何ができるんです」
「私はこれが起きる事。五頭龍が復活する事を信じてはいませんでしたが、その可能性があることを知っていました」
「え? どういうことですか」
ビアンカはポケットからゴムを取り出し長い髪を一つに縛り上げる。
「CIA。私たちは日本、ここ神奈川で、登鯉会が日本の転覆に近しいアクションを起こす事を察知していました。事前に潜伏していた研究者たちは江ノ島に巨大な生命体がいる可能性についても、確認していた」
「待ってくれ。そしたら、こうなることも予想できたって事なのか」
「登鯉会のボスが一体誰なのか。そこまでは把握できていませんでした。でも、この事は予想していました。そしてその後のことも」
「コイツ、一体何を言っている。それじゃあ阻止できたんじゃないか。土肥が攫われ、柊木親子もあんな目にあったんだぞ」
毅は彼女に掴みかかる。しかし、彼女はそのまま続ける。
「私たちには真の目的がある」
「真の目的?」
村尾は尋ねる。
「朝太郎。私たちCIAは、あなたのお父さん。浅倉孝太郎をマークするのがミッションでした」
「親父を?」
「浅倉孝太郎は、アメリカに本拠地を置くシリウスインダストリー、その日本法人の社長です。そんな彼が、アメリカに在席していた時、我々のスパイが奇妙な資料を持っている事を発見した」
その資料は、ある計画について記されていたものであった。
プロジェクト イザナミ。
「まず、その資料にはシリウスインダストリー日本支部から、数億の単位で金が登鯉会に流すことが書かれていました。そしてさらに。その資金を原資に登鯉会が五頭龍を復活のために活動を開始することを予測していました」
「ちょっと待て。確かに、シリウスインダストリーが資金を提供していたのはしっていたが、それは神奈川の江ノ島という地に工場を作り上げるための根回し金だったんだろう」
毅はいう。しかし、彼女は首を横に振り回答とした。
「事実そうだったのかもしれませんが、本当の目的はより早く五頭龍復活まで至らせるための手段としての提供だったんです」
「それじゃあ親父。浅倉孝太郎が招いたというのか」
飄々としている父の姿を思い出す。そもそも今、彼はどこにいるのだ。
「浅倉孝太郎はアメリカのある技術を秘密裏に日本に密輸している容疑がかけられています」
「技術、それってどんな」
虎丸は頭を掻く。
「自立移動兵器。我々が極秘裏に軍で進めていた新兵器の駆動系、外装、使用する銃火器といった情報。わかりやすく説明するならば、ロボットにかかる技術情報です。シリウスインダストリーは軍ともエンジンや重機材といったものを取引していましたから、おそらくその情報を持ち去った」
自立移動兵器、ロボット。一体父は何を考えている。
「おそらく彼は、五頭龍の復活を予測し、さらに何かを起こそうとしているんです」
「それは一体なんなんですか」
「──分からないんです。浅倉孝太郎が、この街に戻ってきたタイミング。つまり、朝太郎がここに引っ越した時からこの街には私の仲間も多く潜伏しました。しかし、彼を捕まえる事はできなかった」
「それじゃあ、俺の家にあなたが来た本当の理由は、俺をマークして、親父を追っていたから」
「そうです。しかし、私が日本の警察と連携し持ち場を離れている時、代わりの見張りを立てた時も、一瞬の隙を突き、私たちを出し抜いている。おそらく我々の仲間に裏切り者がいるのかもしれないですが」
ビアンカは手で顔を拭う。
「浅倉孝太郎。彼もまた、五頭龍の復活を予見していた。彼がこの事件のキーファクターであったんです」
「それじゃあ源と親父も繋がっているのか」
「わかりません。しかし、源の目的と孝太郎の目的は違う気がしています。ですが、私は彼を捕まえるミッションがある」
彼女は続ける。
「確かに五頭龍の復活。それに至るまでの事件を,私たちは防ごうと思ったら防げたのかもしれない。それは事実です。しかし、私たちは登鯉会が五頭龍の復活をさせようとしているならば、それに介在するなと言われていました。五頭龍の復活、それが本当に起きた時に浅倉孝太郎は何をしようとしているのか、それを知り彼を捕らえることがミッションなのです」
「ミッションなんて、そんなの詭弁だ。お前は助けられたはずの人を助けなかっただけじゃないか」
虎丸も突っかかる。
「私たちが事態に気がついたのは、浅倉孝太郎が言う『プロジェクトイザナミ』が動き出した事を本当の意味で知ったのは、儀式が三つ目に進んだ桜井京子が亡くなった時でした。ですが、土肥さつきの事件、今回の出来事に至ったのは、我々が静観したことも理由の一つだと思っています。本当に申し訳ありません」
ビアンカは頭を深く下げた。
「今更謝られても。どうすんだよ。俺たちの街がこのままじゃあ」
虎丸は腰下ろし頭を抱える。
「五頭龍の復活。それが本当に起きた今、浅倉孝太郎のプロジェクトも動き出している。きっと彼もこの街にいるはずです。CIAは、いや。私はこの状況を何とか解決しなければいけない義務があります。それがミッションのために事件を事前に阻止しなかった私の責任でもある」
そして再び彼女は頭を下げた。
「我々の仲間とも連絡が取り合えない今、貴方たちが頼りです。おそらく浅倉孝太郎を見つけ出せば、何か分かるかもしれない。力を貸してくれませんか」
村尾親子は黙っていた。自分は。
「俺は柊木を、鈴音を助けたい。今生きているのかどうなっているのかも分からないけど、俺は彼女を助けたい」
自分も立ち上がり、頭を下げる。
「この事件が、親父が関わっているなら、俺も謝らなきゃいけない」
「朝太郎……」
虎丸は言葉を漏らす。
「ごめんなさい。親父がそんなことを企ているなんて、一緒に住んでいたのにわからなかった」
思わず涙が出てくる。
「柊木があんな目にあったのも。街がこんな目にあっているのも。俺のせいだったんだ」
「お前は悪くない」
毅は肩に手を置く。
「俺は何もできなかった。でも、今何かしなくちゃいけないなら、それで何か変わるならやらなきゃいけない。俺からもお願いします。力を貸してくれませんか」
鼻水も出てきて、ぐしゃぐしゃになった。
「朝太郎。ビアンカさん。わかった。なあ親父。俺たちもできることをしよう」
虎丸は父に向きあう。毅も頷く。
「ありがとうございます。まず、私は何とか仲間たちと連絡を取り合うために、ビーチボーイズに行きます。朝太郎も来てくれますか」
「──ビーチボーイズ。なんであそこに」
「まさか、店長?」
屈強な体を持つ黒人の男を思い出す。まさか、彼も。
「ええ。ドミニク。今回のミッションのリーダーでもあるCIAの一人です。まずは彼と合流する。そして、浅倉孝太郎を探す。同時に」
「柊木親子を探すんだな」
虎丸が拳を叩く。
「朝太郎。俺たちは近くを探してみる。生きているかもしれないからな。お前は親父を追ってくれ」
彼は顔も叩き始めた。
「親父。罪滅ぼしのチャンスだ。龍がいても関係ねえ。二人を探そうぜ」
「──同感だ。源には借りができているからな」
「それじゃあ。無事を祈ります。また後で」
そして、二人は別れる。一時は逃げたはずなのに、それぞれは龍の元へと走りだす。




