69話:源の野望(柊木鈴音)
何故か奇妙な夢を見た。自分は星空から地表へ落ちていた。
いや、というよりも降りようとしていた。外はひどい嵐に見舞われている。その元凶は眼下にいる巨大な五本の首を持つ龍。
そう、五頭龍である事を知っていた。藁葺きの屋根は彼らのせいで上空に飛んでいき、まだらに見える人々は龍に対して許しを乞うように拝んでいる。
──龍を何とかしなければならない。
自分は少なからずその一心で、彼を静めることが責任でもあると感じていた。周りの人々は、次第に自分の姿に気がつく。
涙を浮かべ、祈る先を次第に自分の方へ向ける。龍も気がつき自分を見る。五本の首がそれぞれ私を見つめる。
そして、目が覚めた。
「気づいたみたいだね」
馴染みのない声。そこには源の姿があった。そうだ。あの時、私は。
「お父さん、朝太郎!」
ガバリと立ち上がろうとした、その時手錠が椅子につながっていたようで、鋭い痛みと共に、反動で座ってしまう。他にも首輪のような物が付けられていた。
五頭龍。遠い昔、おばあちゃんから聞いていた伝説の生物。そんなお伽話だと思っていた龍は存在し、自分の目の前で目覚めた。
「なんで、私生きているの」
入道達を追い、父と朝太郎達は江ノ島へと向かっていた。自分は、安全な場所へ避難するため、父の部下であった源と共に学校を出る予定だった。しかし。
「申し訳ないね」
彼はそう言うと自分の腹部へ黒い鉄の塊を押し当てた。それが拳銃であることにすぐに気がついた。
そして、龍の眠る場所まで歩かされた。
「──あんた。裏切ったの」
「裏切った? そんな物騒な事言わないでくれ。初めから僕は味方じゃない」
源は頼りなさそうな雰囲気から一変し、冷酷な男となった。
「やはり、伝説は本当だったんだ。君がいるとコイツは少なからず僕たちに危害を加えない。恋をしているというのは本当のようだね」
源は着替えたようで、黒いスーツに赤いネクタイで、自分の周りを,歩き始めた。
「あの瓦礫を、どうやって」
「それは君自身のおかげだよ。君は封印を解くための巫女なんかじゃなく、五頭龍が愛した天女の末裔。鈴音ちゃん。きみのお婆さんの血筋である柊木家は、江ノ島神社を守り続けた家系。弁財天様だったというわけだ。やはり天女様は違うね。コイツが暴れて降ってきた岩は、面白いように避けていった」
彼は何か楽しいゲームをしているかのように、ワクワクしたような顔のまま語った。
「なんで、こんなことを」
ほくそ笑む源に問いかける。そしてあたりを見回す。どうやら、ここは江ノ島の頂上にある展望台、江ノ島キャンドルの最上階であるようだった。ここには電気が通っているらしく、最上階レストランで彼と二人の状況らしい。
「さっきも言ったはずだ。登鯉会の悲願、この国のカタチを変えるのさ。そして、僕は将軍として再び源として幕府という何の主義にも囚われない新たな国づくりをするのさ」
源はレストランの端まで歩き、大きなガラスから街を見る。
「狂っている」
「そう思われても構わないね。いつだって何かを変えることができるのは狂っている奴だけさ。でも、一つアドバイスするなら君は僕に慣れておいた方が良いよ。君は僕のものなんだから」
彼は振り返るとじっとりとした嫌な目線をこちらに向け、一歩近づく。
「──来ないで」
忠告など気にもとめず、そのまま自分の方へ歩みを進め、そして目の前で立ち止まる。彼はゆっくりと自分の髪を触った。
「うーん。我が国の天女が、金髪ってのはいただけないなぁ。黒に戻そうか。僕もそっちの方が好みだし」
彼は髪を自分の頬に撫で付ける。
虫が這い寄るような恐怖と不快さを感じ、思わず悲鳴を上げた。その時、同時に屋外から雄叫びが聞こえた。
声量以外に、突風が吹き荒れ今私たちがいる場所を大きく揺らす。そして、窓からは何個かの巨大な顔がこちらを見た。
五頭龍が怒っているのだ。そして、それは私の感情と連動している。それがわかった。
「いやはや。これはすごいな」
源は冷静を装いつつも、驚いていた。
「それじゃあ始めるとしよう」
「始めるって何を」
彼は椅子に腕を回し耳元で答える。
「宣戦布告さ」
そして彼はどこから三脚を取り出し、そこに携帯電話を乗せた。
「そろそろネットも回復するころだろう」
そして彼は動画を撮り始めたらしく、操作を終えると自分のところまで戻ってきた。
「皆さん。どうも初めまして。僕は源 頼人。潰えた日本の主である将軍の末裔です。ここ江ノ島の地で新たな棟梁として、この国の舵をとる人間です。今後お見知り置きをお願いしたい」
頭を一つ下げる。
「まず。皆さんもニュースを見て驚いたことでしょう。そして、一つ勘違いを防ぐ意味合いでも明らかにさせなければいけない。今夜、復活させた五頭龍は実在し、今私の配下にある」
そう言うと彼は何かのスイッチをズボンの後ろポケットから取り出す。それはカメラに映ることないように、背後に構えそれを,押した。
すると。
「ぐっ」
首に鋭い痛みが走った。冷たいものを勢いよく飲み込んだような、鋭い痛み。これは電気だ。
首輪に何かが仕掛けられているようで、首を通し全身に歯を食い縛らずにはいられないほどの痛みが襲いかかる。
すると、それに呼応したのか。屋外の五頭龍も吠える。
瞬間窓ガラスをビシビシと揺れる。とてつもない突風が五頭龍から発せられたのだろう。
そして、彼らは首を大きく振い、江ノ島に茂る樹々を薙ぎ倒す。
「これが私の力です。わかりますか。これは皆が知るような世俗のものではなく、もっと原始的で頂上的な存在、江ノ島に伝わるかつてこの地を支配した伝説の存在。五頭龍です。これは、軍事的にも圧倒的な力を持つ」
ぼんやりする意識の中、彼の演説が遠くから聞こえる。
「取引といきましょう。これを聞いている現日本国の主君筆頭。いや、それを代理する内閣の方々と言った方がよろしいか。明日の昼十二時までに、私に征夷大将軍の役職を与えてください。まあ、そんなものは遠い歴史の中に消えているのかもしれませんが、新たに法制度を整えるなどして、準備をしてほしい」
次第に源の動作は大きくなっていく。
「貴方達は、それを私に与えるだけで良いのです。その後、私は鎌倉幕府の再興を宣言する。なにもこの国の全権を私に寄越せと言っているわけではありません。まずはそれだけで良いです。もし、この取引が違えられた場合。五頭龍は活動を再開する。ましてや、私たちに危害を与えようとした時、すぐにでもこの街を焼き払うことを約束します。たしかに、五頭龍は生き物です。ですが、彼は死に絶えるまでに関東一帯を海の中に沈めることは可能でしょう」
頭の中に原稿があるかのように、彼は一息でメッセージを語る。この時が来る事を待ちわび、夜な夜な練習していたかのような口運びだ。
「──では、最善な回答が得られる事を期待しています。それではおやすみなさい」
そして、再びカメラの前へと歩いていき、スマホを触った。
「お。すごいな。同時接続者数十万人いってたみたいだ」
まるで子供のようにはしゃいでみせる。
「それじゃあ、鈴音ちゃん。髪でも染め直そうか。次の配信ではきちんと君のことは日本の皆に紹介しなくちゃならないからね」
そう言って、彼は再び自分の髪を触った。




