67話:スクランブル(聡美雄吾)
三沢基地。スクランブルが鳴ったのは、丁度、デカ盛りのカップラーメンにお湯を入れた時だった。
夜間勤務中に鳴ったのは人生で何度かある。いずれもかの国の領空侵犯のちょっかいが多いが、大抵間が悪い。まあ、スクランブルそれ事態、間が悪くなければいけないのかもしれないが。
だが、今日は少し空気が違った。雲の流れが異常に早い
「聡美っち」
同じ階級、整備の服部はハシゴを駆け上る自分に声かける。
「どした。異常あり?」
「いや。今回のスクランブル。怪獣が出たらしいよ」
「は?」
それ以上の会話の時間はなく、メットを被る。
「──ブラボー。座標、35.18。139.28」
「コピー」
指示された場所。それは神奈川県。太平洋。江ノ島か。いつもの日本海側とは異なる。その時点で何かおかしい。米軍も動いているのか。
「オールグリーン。どうぞ」
スイッチを押し、エンジンが始動する。とてつもない振動を感じながら、踏み板を押す。
瞬く間に空へ急上昇し、指定されたポイントへ向かう。
「聡美。どうやら怪獣退治だそうだ」
二機編隊。親機に搭乗する北谷から更新が入った。
「なんか服部にも言われました。本当なんですか。それ」
「らしい。まさか、子供の頃の夢が叶うとはな」
夜空を掻き切るように飛ぶこと十数分。座標に近づき、降下を開始する。
神奈川の市街地はいつもならば、煌びやかなビルの灯火が見えるが、不気味なほど漆黒に満ちていた。
「──いた」
北谷が補足したらしい。肉眼で視認できる距離に既にいる。機体を斜めに向け、江ノ島を見た。
しかし、大きな岩山のようなものがあるだけで、それらしきものは見当たらなかった。しかし。
「うそだろ」
江ノ島と合体していたように見えてしまったらしい。しかし、まるで山が二つに分かれ、双子島が出来上がったかのように見えた時分かった。巨大な存在は移動している。動きはそこまで早くはない。だが、確実にそれは生きているのだ。
体長という表現が正しいのかわからないが五十メートルは下らないだろう。漂う船よりも数倍の大きさだ。
「聡美。本部からの指示を待つ。一旦、目標は補足した。太平洋まで出て、そこから再度旋回。再接近する」
「はい」
数秒という巨大生物の邂逅。すぐに視界は暗闇の海に満ちていく。
しかし。想定し得なかった「怪獣」をこの目で見たが、案外冷静である自分に驚いた。
映画で見たゴギラやらガメラスのように、火を吹き暴れ周り、街が荒れ果てている光景とは違った。海に厳かに存在する山、あくまで自然の一つのようなそんな感覚だ。
「反転する。攻撃指示は出ていない。あくまで様子見だ。いくぞ」
北谷からの交信が入る。機体を翻し、並走する形で高度を落とす。
再び、江ノ島を含む半島が視界に入りはじめた。怪獣は先ほどの場所から動いていないようだった。
そして、その全容がはっきりと見えた。
五本の首をもつ爬虫類に似た生命体。誰もが「龍」と言われれば、真っ先に思い浮かぶ顔。
その頭を通り過ぎたその時、機体が大きく揺れた。
「くそ」
攻撃を受けたと思い、計器類を見たが異常はない。突風を受けたのか。とてつもなく強い風だ。
「聡美。無事か」
「ええ。なんとか」
数秒で龍は視界から消える。
まさか初めての実戦が、ファンタジーの生命体だとは思いもしなかった。
緊張のためか実感は湧かない。
しかし、あの一瞬で感じたことは、この生き物は「敵」ではないということだった。




