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エノシマ・スペクタクル  作者: EDONNN
2章:秘密結社とCIAと江ノ島の謎
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41話:登鯉会長・入道(浅倉朝太郎)

土肥と共に調査を進めること約ニ週間が過ぎた。今は八月八日。夏も真っ盛りだ。


登鯉会の調査の進捗は実際のところ、そこまで芳しくは無かった。


土肥の予定が合わなかったこともあるが、次に聞き込みをしなければいけないだろう登鯉会の会長である入道さんのお店が早めの夏休みに突入してしまったからだった。


柊木の父はまだ東京に泊まり込みをしなければいけないらしく、まだその娘、鈴音は自分の家に住んでいた。ビアンカと土肥を自宅に招いたあの日以降少しツンケンしていた彼女は、ここ最近は幾分か穏やかになった。


ビアンカが、柊木のことを知っている理由について、尋ねてみたが「そんなこと言いましたっけ?」と記憶からは抜け落ちているようだった。

直接尋ねてみたかったが、彼女もまた夏休みのレポートを、仕上げる必要があるらしく直接会うことは叶わなかった。


「じゃあ行ってくる」

「今日は帰り何時?」


「うーん。六時かな。帰りにキャベツとか買って帰るよ」

「ありがとう」


朝起きて、自分は朝飯を作り、バイトにいく柊木を送る。そんな生活にも慣れてきた。


「あ。今日から入道さんのお店開くみたいだからちょっとインタビューしてくる」

「土肥ちゃんだっけ。あの子も同じ?」


「あー。うん。でも、今日は浜辺と村尾もくるから。あ、村尾はどうかわからないけど」

何故か言い訳をする。


「あ、そう。それじゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃい」

柊木はこれまた少し不機嫌そうに返事をすると玄関を閉める。


彼女のことを好きになってしまったのか分からない。しかし、柊木と一緒にいること、彼女のことを考えることが楽しいのは事実だ。だからこそ、彼女の機嫌は損ねたくないのだが、嘘も言うわけにも行かない。


距離を縮めたいが、やり方もわからず悶々としていた。



十一時。入道が営む海鮮丼屋の近くへ行くと、土肥と浜辺の姿があった。村尾はやはりいなかった。


「あ。浅倉くん!」

浜辺は自分の姿を見るなり大きく手を振るう。そばにいた土肥も気づいたようで頭を下げた。


「ごめん。お待たせ。浜辺も久しぶり」

「あー。うん。私も浅倉くんに会いたかった」

「え?」

「あ。ごめんごめん! 深い意味はないよ。ちょっと聞きたいことがあって」


「先輩。隅に置けませんねえ」

からかう土肥を注意しつつ、本題である入道のお店へ向かう。


休み明けのためか、店の中は繁盛していた。


店主である入道本人は慌ただしく料理を作っているようだった。


「なかなか話かけづらいですね……」


土肥は入り口の窓を覗き呟く。


「まあダメ元だ。のんびり待とう」

結局自分たちが入店したのは数十分が過ぎた時だった。昼のかき入れどきを狙ったのが不味かったのだろう。


「はい。お客さんどうぞ」

入道は一瞥もせずルーチン的に尋ねた。


「あ、ええと」

皆してまごついていると、ようやく彼はこちらに顔を向ける。


「おや。誰かと思ったら、浅倉さん家の息子さんじゃない。二人も別嬪さん連れて、隅に置けないねえ」

笑い皺を大きく作り茶化す。


「どうもお世話になっています。あ、入道さん。少しお聞きしたいことが」

「いいよ。なんだい?」

入道は心地よく返事をする。


「登鯉会について教えて頂きたいんです。新聞を作ろうと思っていまして」

「いいよ。けどあれだね。ちょっと店を閉めたらでも良いかね?」

「あ、それはもちろんです。はい」

浜辺も心地よく返事する。


「それじゃ、注文いいかな?」

「あ、すみません。ええと、シラス丼お願いします。茹でたやつの」

「あいよ」

数分待つと各々の卓上に山盛りが置かれる。


後ろがつっかえていることもあり、勢いよく平らげる。

「外で待つしかなさそうですね」


勘定を済ませ、外に出る。なるべく店の近くの日陰に移動する。

「ちょっとアイス買ってきますね」


土肥はこの後一時間程度待つことを考慮して、近くの屋台の店舗へ駆けていく。


「浜辺はこの夏サーフィン三昧なのか?」

二人きりになってしまい、話題を振ってみた。しかし、それに対し。


「浅倉くんのお父さんって、シリウスインダストリーの社長さんなの?」

「え?」

質問に対して質問で返ってきた。それも、全く関係のない質問。


「そう、みたい。俺も親父と一緒に住むまでは知らなかったんだけど」

「やっぱりそうなんだ」

何となく浜辺は気まずそうな、それでいて思い詰めたような表情だった。


「浅倉くんのお父さん、海の真ん中で何を作っているの?」

「作っている?」

「うん。私たちがサーフィンしている場所から、工場が見えるんだ。距離は少し離れているんだけど。すごく大きな白い工場がいつも煙を吐き出して。それに、たくさん排水も出してるって聞いたよ」


「何をって」


──俺だって父さんのこと何も知らないんだ。 


彼女は自分の気も知らないで、続ける。


「浅倉くんの力でさ。その難しいこと言っているのは重々承知しているんだけど、工場やめられないの?」

「無理だよ。だって、そもそも俺は」

アメリカに行ったりと父とそもそも会話がまともにできてないんだ。


そこまで言いかけたが、土肥が既に溶けかかるアイスを持ってきたことで制された。


「あれ。何かあったんです?」

土肥は状況が分からず、2人を見回す。


「いや。なんでもない」

何故浜辺がそんなことを気にしているのかはわからないが、良くも悪くも土肥が戻り空気感は徐々に戻っていった。


そして程なくして、入道は昼の店仕舞いをするため、暖簾を外しに現れた。


「あれ。浅倉さん。そこにいたのかい。中で待っていればよかったのに」

「あ。いえ、忙しそうだったんで」

「子供が気を使うもんじゃないよ。大人でしか、本当の意味で気なんて使えないんだ」


「すみません」

何故か謝りつつ、促されるまま店の中へ入る。


先ほどまではサラリーマンなど、たくさんの人が居たからこそ気づかなかったが、かなり年季の入った店だった。気になったのは額縁に飾られた一つの絵だった。


滝を登る鯉。それは、登鯉会を象徴するのぼりに描かれていたものだ。だが、これには続きがあった。


鯉は、その激しい渓流を乗り越える。青い滝を登り切った一匹は。対称に真っ赤な空の中で、姿形が変わった。その鱗と髭は以前持ちつつ、口からは巨大な牙が生える。


その姿は「龍」であった。


「それで聞きたいことって何だい」

「入道さんの、登鯉会についてお聞きしたいんです」

「——ほう。思ったよりも面白い質問だね。登鯉会の何を聞きたいのかな」


「僕たちは、鎌倉第一高校の新聞部で、今回取り扱うテーマとして『登鯉会』を選んだんです。いろいろ調べる中で、気になって。この会は、本当にその鎌倉時代のころからあったのでしょうか」


入道は深くうなずいた。


「あった。すくなからず、私はそう聞いているよ。数々の政変があったが、登鯉会はこの鎌倉、江の島の街を守り続けている」

「失礼ですが、なぜ一端の商工会がこの歴史を乗り越えてきたのか、調べていくうちに謎として出てきたんです。神社とかならわかりますけど」

土肥は、立ち上がり入道に向かい率直な疑問をぶつける。


「それは簡単な話。こんなことを会長である自ら言うのは憚られるが、いろいろな方々から助けていただいているからだよ」

「助けて、というのは具体的には『資金』の話ですか」

ははは、と土肥の質問に対して大きな笑い越えで答える。


「なかなか、面白い質問する女子だ。ええと、君は」

「私は土肥さつきです」

「土肥……。ああ、ええと確か藤沢4丁目の」

「あ。よく知っていますね。父は土肥隆二です」

「なるほど、ねえ」

入道は何かを納得したようにうなずく。


「で、『資金』の話だったね。答えはもちろんYESだよ」

「イエス、ですか」


「うん。実はこの街出身で偉くなっている人が多いんだね。それこそ政治家や議員さんになった人もいるが、社長さんになったりする人もいるもんだ。そうそう、実は君のお父さんからも、ずいぶんとありがたい金額の寄付をいただいたよ」

「親父から、ですか?」

隣に座る浜辺は入道と自分を交互に見る。


「シリウス・インダストリーだっけ。どうも片仮名は苦手だなあ。朝太郎君のお父さんからは、ここに工場を作るときにね」

まったく知らない事実であった。父はそんなこと一つも言ってくれたことはない。


「つまり、この登鯉会が長く続くことができるのもそういった人達に助けられているからなんだよ」

「なんとなくわかりましたが、お菓子屋のおばちゃんから聞いた話と逆な気も」

「逆とは何かな」


「登鯉会に力があるから、資金とかも集まるって。今の会長のお話だと因果関係が逆なのかな、と思って」

「まず、訂正しなければいけないのは、我々が『力』を持っているということだね。私たちは、自分たちの街。ここで商売を続けていく人達を守らなければならない。そのための力は必要だし、もってしかるべきだと思っている。けどそれ以上は持ってはいないさ」


「そうですか」

土肥は入道の説明に若干釈然としないようだが、納得してみせた。


「あと他に聞きたいことはあるかな」

入道は3人を見回す、以前笑い皺を保ったまま。


「一つ教えてください。藤井香。鎌倉第一高校で教師をしていたんですが、ご存じですか」


「ああ。もちろんだよ。藤井さんところのお嬢さんだね」

「藤井といのは、登鯉会の中でも名士と言われている家と聞きました」


「うん。そうだね。藤井さんのところは、私たち入道家ともずっと昔から懇意にさせてもらっている家柄だよ。ほかにも、村尾さんとかねえ」


「村尾?」

浜辺がオウム返しをする。


「うん。漁師をやっている村尾さんのところだ。あ、確か息子さんが、鎌倉第一高校だったような」

「村尾虎丸は、僕たちの同級生です」

「そうだったか。それじゃあ、彼も詳しいだろうに」


灯台下暗しとはこのことだ。まさか、彼の父親が「登鯉会」だったとは。そして、一つ合点がいった。なぜ村尾がテーマを決めた時に、不機嫌になった理由について、だ。


自分の家が入る商工会だったからだ。

だが、新たな謎が思い浮かぶ。では、なぜ村尾は「登鯉会」について自分たちが調べることが嫌だったのか。

いつもの彼なら、喜んで協力してくれるだろう。自分の家族が登鯉会に入っているとあれば、家族に繋ぐなど自分たち新聞部の夏休みの宿題が、すぐに終わる方法として、彼はそれを提案してくれたはず。だが、そうはしなかった。


「それで、藤井さんの娘さんがどうかしたのかな」


「あ。ええと」

入道は顔をぐい、と近づける。


「い、いや。どんな人だったのかな、と思いまして」

彼は藤井が行ったことは知らないようであった。自らの生徒を殺害したことも、警察に捕まったことも。


「藤井さんのところは大変だったと聞いていたよ。お父さんもお母さんも亡くなって一人だったからねえ。それでも教鞭をとって、未来の子供のために頑張っていたというんだから、少し泣けてきちゃうよね」

入道は目を深く閉じ、ゆっくりとうなずいた。


「他は何かあるかな」

入道は三人を見回す。


「あ。いえ。今のところは」

「そうか。まあ、聞きたいことがあったらいつでも来なさい」

彼は付けていた割烹着なのか、エプロンのようなものを慣れた手つきで外す。


「お忙しいところ、お時間いただきありがとうございました」

「いやいや。いいんだよ。あ、そうだ」

入道はカレンダーを見て、思い出したかのように声を上げた。


「八月十四日。夏祭りに来てみなさい」

「あ。毎年やっている柊木の家のやつですか」


「え。柊先輩は何か関係あるんですか」

「あいつの実家は江ノ島神社なんだよ。だからだと思うけど、今年は確か」

彼女は祭りなども含めて入道さんと話をしなければ、そんなことを言っていたような気が。


「朝太郎くんの言う通り。柊木さんのお父さんも不在みたいで残念だが、今年は私たち商工会でやろうと思っているんだ」

「商工会っていうと、色んな方がいらっしゃるってことですか。それなら取材の件、話早そうですね。きっと祭りに行けば、沢山のインタビューできるんじゃないんですか」


「そうだね。さつきちゃんも是非来てよ。若い子が来ると盛り上がるからさ。あ、これはセクハラじゃないよ」

入道は土肥を見て、再び大きな声で笑ってみせた。


そうこうして店を出る。時刻は午後四時。夕方を迎える時分だが海はまだまだ青々と光っている。


「それじゃあ、次は来週の夏祭り行ってみますか。先輩」

帰りすがら、土肥はやはり、入道から誘われた祭りが気になっているようであった。


「あ。でも、そのお祭りなら、村尾も行きたがっていたというか、打ち上げはそれでも良いねって言っていた気がする」

浜辺は付け足す。

「村尾が」

ビーチボーイズ以来、彼とは会っていなかった。結果的に土肥との新聞部の活動を優先してしまっているわけだが、

彼のことが気になってはいた。


「みんな。それこそ柊木達も誘ってみて、みんなで行ってみるか」


スマホをポケットから取り出し、取り急ぎいつもの新聞部の全体へ連絡する。そして、勢いに乗じ、バイト中の柊木にも連絡した。


来週の夏祭り。彼女も来てくれるだろうか。


諸々の謎は頭の片隅に残りつつも、今、この時の自分は夏祭りが待ち遠しいただの高校生であった。

読んでいただきありがとうございます!

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