34話:新婚みたいじゃないか(浅倉朝太郎)
日が落ちるころに、家の前にたどり着く。
驚いたのは部屋の電気が付いていたことだった。はじめ、泥棒か何かが来たのではと、驚いた。しかし今は同居人がいるのだ。
ドアを開ける。明かりが灯る家に帰ったのは随分と久しぶりで、心に沁みた。
「柊木いるの?」
「あ。おかえり」
柊木は台所に立っていた。みずみずしい野菜たちが、まな板に並び、久しぶりの焼けた肉の匂いがする。
全く使われてなかったキッチンが息を吹き返した。
「もしかして、料理してるの?」
「もしかしなくても、料理してる。浅倉の分もあるから」
彼女はフライパンと睨めっこしながら返事をする。
「そ、そうなのか」
柊木が手料理を振る舞ってくれるというのか。脇に抱えた弁当を図らずも隠してしまう。
「バイト早く上がったの? 今日遅いって言っなかった?」
「あー。ほら、シフトは足りてそうだったから。店長から帰って良いって」
──若干話が違う気がする。
そんなことは思いつつ、素直に誰かの手料理をいただける状況に感謝した。と、いうよりも。
これってほんとに新婚じゃないか。二人だけの家に手料理って。
「そうなんだ。ありがとう。あ、おれ風呂洗っとく」
「ん」
ばたばたと逃げるように洗面所へ。鏡には若干頬を赤くし、狼狽している自分の姿が写った。
いつもの十倍の力量で浴槽を磨き、居間に戻ると、いつもは殺風景な机の上が色彩に溢れていた。
「あんたの家お米もなかったんだね。とりあえず買っておいた、これしかないけど」
電子レンジから、パックのご飯が湯気を立てながら運ばれる。
「ひ、柊木ありがとう。お金払うよ」
「いや、いいよ。ここに住まわせてもらってるから。それでチャラで良い」
「そうか、ありがとう。い、いただきます」
歯応えのあるサラダを食べながら、新鮮な野菜の旨さを改めて感じた。
「どう?」
「うまい。久しぶりに料理食べた」
「そ」
黙々と箸を進める。なんと、まあ。幸せな時間だ。
誰かと食事をするということが、久しぶりだった。それも、好きな人と一緒なら尚更だ。
──あれ。好き?
俺は。俺は柊木のことが好きなのか?
まだ、再開してから一か月ほどしか経っていないにもかかわらず、自分は彼女に惹かれているということなのか。
そんな彼女と一つ屋根の下。意識してしまうのは無理もないのか。
「そういえばさ」
柊木は箸を止め話しかけてきた。思わずビクリと体が震えてしまった。
「な。なに!?」
「何ビビってんのよ。あー。ええと大したことないんだけど」
彼女は自分の反応を見て、くすりと笑う。
「浅倉は夏休み何してるの?」
「あ。うーんと、新聞をまた作らなきゃ行けないみたいなんだ。あ、柊木も新聞部だ。そういえば」
「まあ、ね。なんで、またそんなことしなきゃいけなくなったの?」
今日の経緯をかいつまんで話す。
「『登鯉会』の謎、ね」
「柊木何か知ってるのか?」
「いや。神社の祭りの時に旗が立っているのはよく見たことあるけど」
「そうだよな。柊木ん家は、神社だったもんな」
柊木の実家は確か江ノ島神社だったはず。今、彼女とその父は違うところに住んでいるが。
「そういえば、わざわざ俺の家に来なくて、お父さんがいなくなるなら実家に行けばよかったんじゃないの?」
「実家って、あの屋敷のこと?」
「え。多分、その屋敷のことだと思う」
小学生の時遊んだ記憶を思い出す。たしか神社の脇に屋敷があったはず。
「今あそこの屋敷は誰も住んでいないから」
「そうなのか。じゃあ、あの辺でやっていた祭りは?」
自分が幼いころ、連れられて行ったあの祭りはどうなったのだろうか。
「あ」
柊木は素っ頓狂なら声をあげる。
「どうした?」
「そうだ。そのこと、入道さんと話しなきゃだったんだ」
「話?」
「うん。今年の祭りはどうするって話があって。お父さんに相談があったらしいんだよね。詳しくはしらないけど『問題ない』って返事してくれって」
「ふうん。そうだったのか」
確か入道さんといえば、この家を貸してくれた人でもあったはず。料亭を営んだり、ここいらでは名主なのだろう。
「思い出せてよかった。そういえば、入道さんも登鯉会だったはずだけど」
「そうだったのか」
思わぬ情報が入り助かった。大家さんということであれば、話も聞けるかもしれない。
「ご馳走さま。あ、浅倉も食べ終わったら流しつけといてくれれば良いから。私、先にお風呂入る」
そういうと、柊木は立ち上がる。
「あ。洗い物なら俺やっとくよ」
「そ。ありがと」
柊木は自室に戻る。自分は思うように箸が進んでいなかった。味が好みであったわけではない。緊張していたからだ。
程なくして、廊下にぱたぱたと歩く音が聞こえ、風呂のシャワーの音が聞こえ始める。
卑猥な妄想のせいで、さらに箸は進まなくなった。




