35話:気になるアイツ(柊木鈴音)
──えらいことになった。
この家で、この家で私は気になる人と一緒に一つ屋根の下で住むことになる。
あてがわれたのは和室。はなんとも珍妙な海外の土産が並ぶ、カビ臭い部屋であった。
布団を敷き、よそよそしい匂いがするタオルケットにくるまり、改めて今の状況に困惑した。
あろうとことか、手作りの料理までして、馬鹿か私。気があることが見え見えじゃないか。
「──ッう」
恥ずかしくて、叫びたくなる気持ちを懸命に枕で抑える。初め、刑事である父からこの話を聞いた時、度肝が抜かれた。
事実、一人娘である自分を男世帯に一時的とはいえ住まわせることを決めたのには驚いた。
どうやら、浅倉の父と面識があったことが大きいらしいが、その中で一つ気になるお願いを父からされた。
「浅倉の家に誰が尋ねてきたのか、覚えておいてくれ」
理由は不明であった。しかし、ほぼお願いなどしない父の事だから、心に残ってしまっている。
こんなことならバイトそんなに入れなきゃよかった。そんなことを思いつつ、とりあえずの眠りにありついた。
次の日、朝目覚めるとパンの焼けた匂いがした。
少しばかりの身支度を済ませ居間へ出ると、浅倉がぎこちない手つきで、料理を作っていた。
と、まあ料理というよりはパンを焼き、目玉焼きを乗せているだけであったが。
「おはよう」
浅倉はTシャツに短パンで、汗をすこしかきながら格闘していた。
「おはよう。パン。それ焼いてくれたんだ」
「あ。うん。いつもは俺だけだから抜いちゃうこともあるんだけど、柊木がいるから」
彼も自分と同じなのだろうか。誰かが一緒にいるという状況は。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
浅倉は昼前に予定があるらしく、慌ただしく準備をしていたが、バイトに行く自分を玄関まで見送ってくれた。
今日は曇り空のためか、日差しはそこまでキツいものではない。
しかし、湿気は多い。何故か気分が良くなってしまったため、ブラウスをきてしまったのが失敗だった。汗で少し張り付いてしまう。
コンビニまでは浅倉が毎日通うのが納得なほど近かった。鎌倉駅から徒歩十分という絶妙な距離にあることもあり、観光客は余り多くはなく、通うには楽ではあった。手で顔を扇ぎながら、トンネルをくぐる。
その時、ふと誰かの視線を感じた。
ぐるりと振り返る。しかし特段気になる人物はいない。夏休みに入っているためか、子連れの親子がのんびりと歩いているだけだ。
──またか。
今年の春から、幾度となく誰かの視線は感じていた。しかし、ここ最近、その頻度が多くなっている気がする。
ストーカーか。
心当たりは正直無かった。別段変な電話をくることもなければ、嫌がらせのようなものもない。
気にしすぎといえば気にしすぎなのかもしれないが。だが、京子の事件が一つ気がかりではあった。
あの日、浅倉と共に藤井を追い詰めた時、彼女は私を狙っていた。あの事件の結論として、藤井は父に捕まったのだが、その動機は結局分からずじまい。父に何度か尋ねたことがあったが、彼も「分からないんだ」の一点張りであった。
私が狙われている。
そんなことあるのだろうか。何か嫌な予感はしつつも、コンビニに入る。
「お。いつも鈴音ちゃん。サンキュー!」
店長は調子良く挨拶をする。自分が入る度に、あたりまえだが店長はいる。自分のシフトは平日もあれば、土日もあるが一週間まるまる入ることは当然ない。一体この男はいつ休んでいるのか。
「じゃあ。鈴音ちゃん来たから、俺はちょっと休んじゃおっかなー」
そう言って彼は自分の肩を叩こうとする。しかし、それを睨むことで返すと、彼の腕は止まる。
「おっとっと。セクハラになっちゃうね。高校生へのセクハラは捕まっちゃうなぁ」
そう言ってヘラヘラと笑いながら、バックヤードへと彼は下がっていく。
これも気にしすぎなのかもしれないが、彼に好意があるのだと思っている。気色が悪いが、実害がないから放ってほいてはいる。
店長とレジを入れ替わり数十分が立った時、自動ドアが開く。
「いらっしゃいませ」
反射的に言葉を出しつつ、客へ目をやると、そこには異国の女性がいた。
まるで、ここが雪原なのではと思わせるようなほど涼しげな表情で、白いワンピースを翻し颯爽と歩く。
どこに行くのか横目で追っていると、そのまま自分が立っているレジ前に一直線に向かってきた。
「い、いらっしゃいませ」
一瞬びっくりしてしまったせいで、変な間が空いてしまった。
「あのう。鈴音さんで合っていますか?」
流暢な日本語であること、そして自分の名前が飛び出たこと。二重の意味で驚く。
「は、はい」
「あなた。浅倉さんとどういった関係なんですか?」
「へ?」
さらに唐突にでてきた同居人、もとい同級生の名前。
「あ。ええと。ええと、ただの友達ですけどぉ?」
取りあえず適当に返事をする。
まさか、時々気にしていた視線の正体はこの人なのか?
「わたし見ましたよ。一緒の家に住んでいるところ。最近の高校生はそんなにお盛んなんですか?」
「ちょ、ちょっ声が大きいって! いや。そもそも、あなた誰なんですか? 浅倉の何なんですか? ストーカーですかっ?」
矢継ぎ早に問い詰める。そもそもこいつは一体誰なんだ。人形みたいな顔をして。
「わたしはビアンカです。大学生で民俗学を専攻してるんです。アサタローの友達です。今日もこの後会いますし」
「ごめん。情報が多すぎて。えっ。ちょっと待ってこの後浅倉と会うの?」
「会いますよ。このあと、お家で」
「おうちで!?」
あいつ、私がいなくなった隙を狙って、歳上の外人と。金髪は自分だけで良いだろうに。
「ま。今の反応を見たら分かりました。鈴音さんとアサタローはまだ、そこまでの関係なんですね」
ほほほ、と笑うかのように頬に手を当て、何も買わずに消えていく。
ちょっと待て。ちょっと待て。浅倉が言ってた予定って、この女と会うことだったのか。
怒る義理は正直ないが、苛立ってきた。
「あの。鈴音ちゃん知り合い?」
店長がやり取りを聞いたのか、制服を無造作に羽織りバックヤードから出てくる。
「違いますよ! 初めてあったんですよ」
「あ。そう。下の名前で呼んでるからてっきりお友達なのかと。ほら、鈴音ちゃんのモデル仲間とか。違うか」
店長のよくわからない絡みは無視するとして、自分の名札を見てみる。
柊木。
苗字しか書かれていない。では何故あの女性は自分の名前を知っていたのだろうか。色々な感情が数分の間に怒涛のように降ってきたが、最後に残ったのは疑問だった。




