33話:歴史部の後輩現る(浅倉朝太郎)
「この後、ビーチボーイズに集合できるやつは挙手!」
柊木を見送り、一時間ほど経った正午、新聞部のLIMEに村尾からの連絡が入っていた。
村尾の声かけに対して、皆の反応を様子見していたのだが、すぐさま浜辺と峰岸は誘いに応じていた。
「浅倉は?」
村尾からの催促に対し、さらなる掃除を続けるべきか考えたが「了解」の返事をした。
この暑い中、暗い部屋の中で柊木のために汗水垂らしながら掃除をしても良かったが、話をしたかったこともあった。BBQの場所の相談でもなければ、同級生としばらく一つ屋根の下で暮らすという重大ニュースの発表というわけでもない。
例の「犬の面」の人物のことだ。
心の中に留めておいてもよかったが、自分の中で抑えきれなかった。
少なくとも、この一件に絡んでいたのは新聞部のメンバーでもあり、心の不安を吐露したかった。雑巾や、除菌スプレーを片付け、最近手に入れた自転車にまたがる。
相変わらず日差しは強い。海が目的の人たちにとっては絶好の日和。道中は人混みで溢れていた。
土地にはだいぶ慣れてきたので、待ち合わせ先であるビーチボーイズには比較的早く辿り着くことができた。
「アサタロー!」
店に入るなり、店長のカタコトの挨拶が響く。
周りの店は繁盛しているにもかかわらず、ここは比較的空いている。経営がうまくいってるのか怪しいところではあるが、店長のこの様子だと気にする必要もなさそうだ
「お! 来たな~」
村尾は真っ赤なアロハ姿で手を振るう。
浜辺と峰岸もすでに到着しているようだった。
「よっしゃ。全員集まったから、早速打ち上げの作戦会議始めようぜ」
村尾は意気揚々とスマホを掲げる。
「っと、その前に一ついいかな」
峰岸が村尾の腕をぐい、と下げる。
「どしたの、ちーちゃん」
浜辺はまた少し見ない間に肌が黒くなっていた。おそらく、ずっと海に繰り出しているのだろう。
「実は生徒会で、新聞部の存続についてまた議論があったのよ」
「それってどういうこと?」
自分の質問に対して、峰岸は目をぎゅと瞑る。
「桜井さんの事件で新聞部としての活動は認めらたんだけど、新聞部として毎月発行しろって」
「いやいや! 作ったじゃんか俺たち」
村尾はガバリと立ち上がる。
「そうなのよ。確かに作った。けど、新聞部って新聞を作り続けるものだろうって先生から言われちゃってさ」
「そりゃあ」
──ごもっともな意見だ。
新聞部として新聞を作り続ける。それはバスケ部が一回試合したからあとは漫画でも読んでいれば良い、と言うぐらいには無理がある話だ。
「夏休み中にまた一つ新聞を書かなきゃ行けないってこと……?」
浜辺はぐったりうなだれる。
「せっかく最高のシーズンなのに」
彼女は机に埋まるのではと思うほどに、さらにうなだれる。
「アサタロー。どうする?」
村尾は自分に問いかける。
「まあ、俺はみんなと違って暇だからやろうと思えばやれるけど」
事実自分にはすることはなかった。父もいなくなり、家事もそこそこで良い。と、思ったが、柊木の顔が思い浮かぶ。
「でも、ネタがないとなんとも」
「あ。えっとね、それならちょっと心当たりがあってね。実は今日一人呼んでいる子がいるんだよね」
峰岸はインステを開く。フォロワー数万人。
「あ。こっちじゃなかった」
アカウントを彼女は慌てて切り替える。
彼女は鎌倉第一高校の生徒会長であり、実は鎌倉ギャザラーズのいう不良集団のボス『コンタクト』でもある。そして、フォロワー数万人。一体彼女は何個の顔があるのだろう、そんなことを思いつつ、峰岸は皆に画面を見せた。
「土肥さつきちゃん。私たち一つ下の後輩の子」
「へえ。意外と可愛いじゃん」
村尾は彼女が映る写真をアップにする。
髪はボブカットで前髪が揃って切られている。目は大きいが、座敷童と言っては失礼かもしれないが、そんな印象がある。
「意外ってなんですか……」
村尾は勢いよく振り返る。すると、席の後ろに随分と小柄な少女がいた。
「あ! さつきちゃん」
直接見る姿と写真の写りが随分と違った印象だった。写真ではバストアップの写真であったから分からないが、身長がすらりと高い。足も長く、モデル顔負けのスタイルだ。
「うおぉ」
村尾は間抜けな声を漏らし、立ち尽くす土肥さつきと思われる人物を仰ぐ。
「最近転校してきた、浅倉先輩ですよね。新聞部の」
彼女は椅子を隣の宅から引っ張り、ちょこんと座る。
「あ。はい」
ぐいと向けられた顔に少したじろいでしまう。
「新聞見ました! 正直感動しました。こんな素晴らしいアウトプット見たことがなかったので。いやあ、あの配色、デザイン。感服です。桜井さんの事件は悲しかったですが、あ。犯人誰だったんですかっ? いや。いいんです! それがわからないけど、書いたのは浅倉先輩ですもんね!」
彼女は矢継ぎ早に話をしては我に帰る。説明し辛いところは勝手に解釈してくれて助かった。
「あ。すみません。私一年生の土肥さつきです。一応、歴史部です」
「歴史部なんてあったっけ?」
浜辺は顎に手を置き考え込む。
「実はあるのよね。文化系の中でも、目立ってはないけど」
峰岸が補足を入れる。
「私、中学生のころから所謂レキジョってやつでして」
レキジョ。歴史を愛する女性を指す言葉だったはず。
「鎌倉第一高校の歴史部って、私を入れても部活として認めてもらえる限界の五人しかいないんです。ですが、残りの四人って三年生の人たちで、今は受験勉強に専念してるんです」
彼女は身の内を語り始める。
「だから、部活としての活動ってほとんどしていなくって、私としては部室も使えるし、好きなこと調べられる環境が整ってるんでだいぶ助かるんですけど、ほら。新聞部も同じだと思うんです。『活動実態』ってやつですか。それが無いって話になって」
確かにどこかで聞いた話だ。
「私としては歴史部を残したいんですが、先輩たちも忙しいから巻き込むわけにもいかず、それで会長を頼って、新聞部の皆さんに渡りをつけてもらったんです」
「──えーと。それで歴史部だっけ? 俺たち新聞部とそれが何か関係あるんかな」
村尾は尋ねる。
「はい。新聞部と歴史部でコラボしませんか?」
「コラボ?」
浜辺はオウム返しする。
「ほら。新聞部さんとしても、何かまた作らなきゃいけないって話でしたよね。それに私も相乗りさせてもらって、一つ作品を仕上げませんかっ」
土肥はガバリと立ち上がる。
「浅倉先輩も言ってたじゃないですか。ネタがあればって」
一体彼女はどこから話を聞いていたのだろうか。
「うん、まあ。確かにネタは欲しいところだけども」
「ほらほら。じゃあいいじゃないですか」
「ちなみに、そのネタってのは?」
「ええと。あの。──登鯉会ってしってます?」
どこかで聞いたことがある言葉だった。
周りも少し耳を傾け始めるのが、それぞれの姿勢で感じることができた。
「古今東西、あらゆる歴史が私は好物なんですが、最近やっぱり地元にフォーカスをしまして、登鯉会の存在を知ったんです」
土肥は続ける。
「ここ鎌倉、藤沢において鎌倉時代が始まるずっと前からいた商会らしいんですよね」
思い出した。たしか父を訪ねてきた異国人であるビアンカから、その話を聞いたのだった。
「なんとびっくりで、時々お店とかで見かけるこの旗、これが『登鯉会』の印で、実は大昔から変わってないんですって」
土肥は写真を見せる。
「──たしかに多いよね。これ」
浜辺は呟く。桜井京子の事件を追う際に、一度峰岸と自分で江ノ島の探索を行った。確かにその時にも何度か見かけたものだった。
「なるほど」
地元の人が知らず知らずなのか馴染んでいる「登鯉会」。その謎を追うのは確か皆の共感も得やすいすいのかとしれない。
「どうですかっ。私個人的にもずっと気になってたことですし、多分他の生徒も気になっている人が多いと思うんですよ」
「これなら書けるかもしれないな」
「お、さすが浅倉くん! 私たちもできる限り手伝うよ。ね、村尾!」
浜辺は村尾の方を叩く。しかし。
「あー。俺はパス。ちょっとめんどくさそうだし、バンドに集中しないとだし」
いつもなら楽しげな彼が不満そうであった。
「何言ってんのよ。あんた部長でしょ?」
「まあ、そうなんだけど、俺はパス! あ、バンド行かねえと。打ち上げの話はまた後で」
村尾はそう言い放つと、席を立ちそそくさと消えていく。
「なんなの、アイツ。あ、浅倉くん。私は手伝うから! その、良い波が来てない時に!」
浜辺はフォローになっているのか怪しいが、声をかけてくれる。
「私何かまずいこと言っちゃいましたか?」
結局、言い出しっぺの村尾が消えてしまい、土肥も含めて自分たちも呆然とするほかなかった。
自転車に乗り、坂道を下る。
確かに。改めて意識すると鯉が登っている旗がチラホラと街中には無数に存在している。
風を感じながら、自転車を漕ぎながら、お腹がぐるると動いた。ビーチボーイズでは結局飯は食べず仕舞いだった。
あの後、村尾の退出を持って、俺たちも程なくして解散した。
食事の調達。いつもの流れで柊木のコンビニへ向かってしまう。そして再び思い出す。柊木は今日、自分の家に帰ってくるということを。
「とりあえず一旦忘れよう」
そうだ。柊木がいるとかいないとか、関係ない。自分の今までのルーチンをこなせば良いのだ。柊木も同じで今もバイトしているのだから。
平常心。それを意識しながらコンビニに入る。よそよそしい冷気が扉を開くなり吹き込む。
弁当棚を覗きながら、無意識に彼女の姿を探してしまう。
ドリンク、お菓子棚を横目に店内を練り歩いてみたが、彼女の姿はなかった。
「あのう」
不審がられたのか、小太りの店員に声をかけられた。
「何かお探しですか?」
「あ、いえ。柊木っていう店員今日います?」
「あ。もう帰りましたよ。珍しく食材買って機嫌良さそうに」
「そうですか」
柊木は早退していたのか。携帯を見ても特に連絡はなかった。
とりあえずいつもの海苔弁を2つ購入。
もちろん彼女の分を含めて。
高まる胸の鼓動を感じながら家路を急いだ。




