31話:気になるあの娘と同棲!?(浅倉朝太郎)
家に着いても未だに耳鳴りは続いていた。
それこそ、ライブハウスに行ったのも人生初めての経験であったから、無理もない。
慣れないことはするものではないと思いつつ、新聞部の友人と久しぶりに会えたのは嬉しかったから、良しとした。
あの事件がおわり、自分が退院すると学校の緊急集会が開催された。
内容としてはすでに不在となった藤井が退職となったこと。そして学校として調査を行うということで、異例のニ週間前倒しの夏休みが始まるということであった。
事実を知らぬ生徒はただ状況を喜んでいた。結局、自分たちの新聞の内容など皆すぐに忘れ去るには十分すぎるイベントであったのだ。
だが、当事者である自分、自分たちは落ち着かなかった。マスコミは藤井の犯行を報じず、柊木の父が藤井を連れて行ったあの日以降の事件の状況もわからなかったからだ。
そしてなによりも。柊木と帰った帰り道。
偶然視界に入った浜辺にいた犬の面をつけた人物。そして。リビングに腰を下ろし、カバンからカメラを取り出し撮影したデータを見返してみる。
藤井に襲われたあの時、自分は彼女に目眩しをするためシャッターを押したのだ。
その時のフラッシュで、藤井を怯ませることができたのだがそれ以外にも奇妙なものが写っていたのだ。
——目を閉じる藤井の背後。木々の隙間に犬の面が写っていたのだ。
藤井は桜井以外に、その場に居合わせた浦賀という男も気絶させた。桜井は海岸に死体として漂着し、浦賀は浜辺の近くの雑木林で意識を取り戻した。
あの時、女性である藤井が、速やかに誰にも見つからず、桜井を失血死させつつ、浦賀を浜辺に移動させる。たった一人でそんな芸当が可能か怪しい。しかし、事実。猿の面をつけた藤井以外に犬の面をつけた何者かが、事実写真に写っている。
「事件は終わっていない」
一人誰もいない部屋でつぶやいた。
この発見はまだ誰にも言ってはいなかった。恐怖を分かち合いたい気持ちもあったが、それ以上に柊木を不安にさせたくなかったのだ。
──あの晩、柊木が狙われていた。
藤井は切迫した状況の中、彼女を、彼女だけを狙おうとしていた。
ぐるぐると思考が巡る。そして、このカメラだ。
何故かは分からないが、このカメラは時々『震える』のだ。
ピンチになった時、何か真実に近づこうとした時にこいつは「震える」。それは自分にしか気がつかない。村尾や浜辺、峰岸。しいては柊木も気にしていなかった。いや、気づかなかった。
奇妙な事が連続して起きていることに気づかない振りをするのは、もう自分にはできないのかもしれない。そんなことを考えていると、バタンと何かがしまった音がした。
「ただいまー」
父、浅倉孝太郎の声が響く。
「あ、おかえりー」
「いやあ。まいったまいった」
父は、がさ、とカバンを机に置く。
メガネを外し、ハンカチで顔を拭う姿を見ても、まだ大企業の社長であることは実感できない。
「あれ。朝太郎。今日休み?」
私服姿の自分を見て、少し驚く。
「言ってなかったっけ。高校ほら、集会があってさ。一週間くらい前から夏休み」
「へえ。そんなことできるんだな。ラッキーだあね」
そんな会話を繰り広げながら、父とは一週間ぶりの対面になることに気がついた。
着替えの服は、時々洗濯機に放られていたのは気づいていたから、忙しくしている事は知っていたが。
「あ。そうそう。鈴音ちゃん覚えてるかい?」
父はふと思い出したように、服を脱ぎながら問いかけてきた。
「え。いや。覚えるも何も今同じクラスだよ」
「え! そうなの!?」
「うん」
父は何度か頷きながら、パンツ姿のまま冷蔵庫を開ける。
「その鈴音ちゃん。明日から家で預かるから」
「え?」
父はビールを一息で煽る。
「ちょ、ちょっと待って」
「いやあ。やっぱりクラシックは美味いなあ。北海道に住む我が妹は優秀だ」
「いやいや。今父さんなんて言った?」
「え。クラシックは美味いって」
「いや。その前」
「あー。鈴音ちゃんを家で預かるって。でも、俺明日からアメリカに少し戻らなきゃなんだよなあ」
「ちょっとまって、一体どういうこと……?」
父の言葉に驚きを隠せないどころか、意味がわからない。
「ほら。父さん地元こっちだろ。柊木、ああつまり、鈴音ちゃんのお父さんとは同級生だったんだ」
父はキッチンでそのままぺたりと座る。
「それも初耳だけど」
「いやあ。今日たまたま連絡きてさ、柊木のところも、しばらく東京に寝泊まりするらしいんだ。だから、鈴音ちゃんは一人暮らしになっちゃうらしくて、心配なんだと」
「──それで、男世帯の浅倉家に招いたのか?」
この父親は正気なのか。そして何よりも。
「ちょっとまってちょっとまって。で、父さん明日からアメリカに行くって言わなかった?」
「あーうん。ちょっと大事な会議があってさ。申し訳ない」
「申し訳ないって言われても」
そしたら柊木と二人暮らしってことになってしまうのではないか。
さっきまで感じていた恐怖は一気に消え去り、緊張と高揚感が溢れてくる。
「今時の少女漫画でもありえない」
父は鼻歌を歌いながら、風呂場へと消えていく。
俺の発言は行き場をなくしポトリと廊下に落ちた。




