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4話

1年以上ぶりの投稿です(汗)政治の話が出てきますが、あまり詳しくないのでそこはさらっと読んでいただけますと幸いです。

 いくつものドアの前を通り過ぎつつ向かっているのは、突き当たりにある階段。降りた先は、会議室になっている。

(まったくもう!師匠ったらっ)

 クラウスの背中をギリギリ走るか走らないかの速さで追っているアーシェは、怒っていた。

(大事なことを言ってないなんて!)

 本人にぶつけたところで、「ああ、悪い悪い」と全然悪いと思っていない態度で返されるに決まっている。今まで一番ひどかったのは、二人で気味の悪い噂のある屋敷に調査に出かけて、一晩閉じ込めて一人っきりにしてくれたこと(本人いわく、単なる事故だったらしいが信じていない)だと思っていたのだが、今日のこれは別の意味でひどいし、最悪だ。

どうしていつもそうなんですか?!と、もうすぐ会う相手に頭の中で文句を言うのに夢中になっていたアーシェは気づかなかった。

振り返ったクラウスが、こちらの顔を見てすぐにまた背を向け、その肩を震わせたことに。

 廊下は、縦の方向に伸びているだけではなく、途中で横に交わる場所もある。何気なく顔を上げた場所がそこだった。右は行き止まりになっているが、左は庭園へと続くドアがある。

 そこも通り過ぎて、階段の一番上の段を降りたところで、会議開始10分前を知らせるベルが鳴り響いた。

(ここまで来たんだから、やっぱり行かないなんて言わないとは思うけど)

 1段遅れでついてきながら胸に手を当てると、会議に出席しなければならないと聞かされたさっきよりはだいぶ静まりつつあった。

(・・・よかった。何かしなきゃいけないってことじゃなくて)

 人間は、ときどき気まぐれに言うことがある。

 魔女ならば、力を見せよと。

 そんなとき、思うことは常にあるが、人間で言うところの手品程度の魔法は見せてきた。

 けれど、何もすることはない、とクラウスが言ったのだから、何もする必要はないだろう。

 前を行く紺の長衣の裾が翻った。歩みを止めて振り返ったクラウスにぶつかりそうになったが、寸前で留まることに成功する。

 顔を間近で見るのは、まだ片手分の回数にも満たない。

 やっぱり、その瞳に吸い寄せられてしまう。青い瞳の持ち主は他にも山ほどいるけれど、どうしてだろう。クラウスの持つ色は今まで出会った誰も持っていなかった色だった。

 その瞳が捕えているのは、アーシェではなく別のものだった。すっと伸びた視線を追いはじめたところで、

「――――殿下!」

 階段の上に現れた男性が、別の名でクラウスを呼んだ。

「珍しいな。お前が走ってくるなどと。ノースウッド」

 微笑んだクラウスは、降りたばかりの上の段に足をかけた。アーシェは、手すりを掴みながら端に移動する。

 ノースウッドと呼ばれた男性は、黒い長衣を着ていた。クラウスの着ている紺の長衣のように前が分かれているわけではなく、すっぽり被るタイプのようだ。

「会議の前に、殿下にご挨拶をと思いまして」

 ゆっくりと頭を垂れたノースウッドに近づくように、クラウスはなおも階段を上がっていく。

 そんなに距離があったわけではなく、すぐにノースウッドのいる一段下までクラウスはたどり着いた。それと同時に頭を上げようとしていた、ノースウッドの動きが、少し離れたここからでもわかるほどピタリと止まる。

 そんなに長くはなかったが、アーシェから見ても不自然だった。クラウスは気にしていないのか、構うことなく階段を降りてくる。

 こちらに戻ってきたクラウスは、のろのろと顔を上げたノースウッドをちらりと振り返ると、「会議が始まるぞ」と笑いかけた。向き直ったときのその瞳は、どこか寂しげに見えた。


 


仕えている主がドアを開けて現れたとき、ウィズはティーカップを落としそうになった。慌てて両手で支えたので落とすのは免れたが、同じような状況に陥ってどうにもできなかった気の毒な者たちがいたらしい。パリンとかガチャンとか、そういった音が微妙に重なりあいながら聞こえてきた。さらに遅れて、熱いという情けない悲鳴も。

 悲鳴以外の声は、ぱったりと途絶えていた。息すらやめているのではないかと思うほどの沈黙に支配された中、動いているのは彼が仕える主のクラウスと、緊張した面持ちで後ろについているアーシェだけ。

 主が歩く姿を複数の目が追っていく。

奥の席に近づけば近づくほど、視線は増えていき、そこに浮かんでいるものは同じだ。言葉にするならば、『なぜ、どうして』

(・・・いきなりどういうつもりだ?)

 本当ならば、そういう視線を向けること自体が不敬にあたるのだろうが、誰も顔に浮かんだ表情を別のものに変えることができていない。それはウィズも同じだった。クラウスに一体どんな心境の変化があったというのか。

 そんな中、一番奥に座る王妃が言った。

「次からはもう少し早く来なさい。いずれは決定を下す立場に立とうとする者が、開始時刻間際に来るというのは、感心できることではありませんね」

 内容は厳しいものだったが、声は穏やかだった。

「申し訳ありません。次からは気をつけます」

 場を考えてのことかもしれないが、クラウスの返事も落ち着いたものだった。

 クラウスが席に着くのを待ち、王妃が立ちあがる。

「では、そろそろ始めましょうか。あら、その空席は確か・・・」

「ノースウッドでございます」

 空席の隣に座る貴族から声が上がる。

「そうですか。欠席の知らせは受け取っていますか?」

「いいえ、殿下」

 宰相が頭を横にふる。

 貴族たちも顔を見合わせていた。ノースウッド伯爵がここにいない理由を、みな知らないらしい。

 そうしていると、ドアが開く音がした。

「遅くなり、申し訳ありません」

 よく通る低い声が響きわたる。

「珍しいですね。ノースウッド。あなたが遅れるなど。早くお掛けなさい」

「はい。すぐに」

 ノースウッドが席につくと、全ての席が埋まった。

 初めて空席のない会議が始まろうとしている。

「今日って、会議がある日だったんですね。知りませんでした」

 左から聞こえた弟子の声にも、ウィズは曖昧に頷くだけだった。声に含まれていた棘にも気づけないほど、かつてない光景が目の前にあったからだ。

 ウィズの関心はすでに会議へと向けられていたからか、弟子があきらめの表情で呟いた「本当に、もうっ」の一言が耳に届くことはなかった。




 会議は滞りなく進んだ。貴族たちの出してきた議案のほとんどは、後ひとつ残し、特に反対の声が上がることなく可決していた。

「――――それでは、最後の議題に移ります」

 宰相の言葉に、紙をめくる音が重なる。クラウスも、手元の資料をめくった。

『慈善事業の拡大について』という、前のページにあるものとは毛色が違った内容が書かれている。提案者の名を見た、形の良い眉が上がった。

「次の議題は、私からの提案です」

 提案者である王妃の声が響く。

 長時間の会議のせいか、ほとんど無表情に近い貴族たちをよそに、王妃は変わりなく柔らかな笑みを浮かべて20人の男たちを見た。ただ、びっしりと文字で埋め尽くされた資料を眺めている貴族たちは気づいていないだろうが、王妃の目は笑みとは程遠い場所にある。

 光の具合では黒にも見える、ワインレッドのドレスに身を包み、一つの隙もなく結いあげた金髪に載せられた王妃の証であるティアラ。

「前回の会議でも提案していたことですが、慈善事業の拡大について再度提案いたします」

 すかさず、声が上がった。

「その件につきましては、予算の関係から難しいとの結論が出たと記憶しておりますが」

「ええ。アドヴァード。あなたの言う通り、先月の会議では確かにそういう結論が出ました。ですから、皆からの意見をもとに再度見直しをしました。見直したものを再度提案してはならないという決まりはなかったわね?ウエンズリー」

「ございません」

 宰相が頷く。長年、国に仕えている白髪の老人を優しげに見やり、王妃は続けた。

「皆の言う通り、いきなり全てのことをするというのは無理があるでしょう。ですから、まずは国内にある孤児院への援助の拡大から始めようと思います。子どもたちへ十分な食べ物と教育を与え、いずれはきちんと働けるように。そのために、富裕層への税を増やすことと」

 『増やす』の一言に反応したのだろう。貴族たちが一斉にざわめいた。

「断固、反対いたします!」

「この十年で我らの負担は増える一方。これ以上は譲歩できませぬ」

 そうだそうだ、と口々に貴族たちが叫んだり、互いに言い合っているのに王妃は頷いてみせてから、

「皆も負担を分かち合ってくれているのは十分承知のうえです。もちろん、皆だけに背負わすつもりはありません。私たち王室の者もこれまで以上に背負いましょう。王室に割り当てられている予算を2割削減し、それを孤児院への援助に充てます。それでいかがかしら?」

「我らへ課される税はどこへ当てられるのですか?」

「よい質問ですね。アルウェン。増える分については、最下層の人々と、母子あるいは父子家庭への援助の拡大に充てます」

「しかし―――」

「民の力を侮ってはなりません。遠くのアルリンド帝国では、圧政に苦しんだ民が、革命を起こして国王をはじめ貴族たちを次々に処刑した歴史があることは知っていますね?」

 貴族たちの大部分は苦い表情、あるいは困惑した様子で顔を見合わせていたが、誰も浮かべた表情そのままの胸の内を言葉にしなかった。

 実際、王妃の提案はここで先送りしてもどこかで解決しなければならない問題なのだ。

「皆、賛成してくれているようで嬉しく思います。では、決定ということで進めます」

 会議の始まりのときと同じように静まり返った室内に、王妃の明るい声が響き渡った。

「本日の議題はこれまでですが、何か他に緊急を要するものはございませんかな?」

 宰相の問いに、何人かが首を横に振る。

「では、」

 会議の終了を告げようとした宰相を遮り、クラウスがおもむろに立ちあがった。

「少し、話をしたい」

 と言って。



 ここにいる全員が会議の終了を感じ取っていた。緊張感に張りつめていた空気がほぐれたと思ったら、クラウスが立ち上がったことでまた元に戻ったように、アーシェには見えた。

 会議中、沈黙していたクラウスが話したいこととは一体何なのだろう。

「皆、長時間にわたる会議、ご苦労だった」

 クラウスの口から出たのは、ねぎらいの言葉。

「今日の会議で、皆の熱意を知ることができた。国に対する深い思いも」

 全員の顔を見回しながら、続ける。

「その揺るぎない忠誠心で、これからも尽くしてほしい。国と民のために」

 言い終えたクラウスに光が当たった瞬間、アーシェはクラウスから目が離せなくなった。

 微笑むクラウスが、全身に光を纏っているように見えたのだ。

 ただ、明けられていたカーテンから差し込んだ太陽の光が当たっているだけだというのに。頭ではそうわかっていても、アーシェはクラウスを見つめ続けた。

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