第3章『ようこそ、エル』
「……立ち上がれません。片足の機構が欠損しています」
再起動したばかりのアンドロイドが、上体だけで静かに姿勢を保っていた。
その様子を見たノアが、少し眉を寄せる。
「……何か、合いそうなパーツがあるか探してみよう」
彼の言葉に、エレナ、イナ、ライナ、そしてミーラも無言で頷いた。
全員が金属の山に散って、それぞれの目で可能性を探し始める。
焼け焦げたフレーム、崩れた補助装置、規格の合わない関節──
どれも、アンドロイドに適したものは見つからなかった。
沈黙のなか、金属音がひときわ大きく響いた。
ライナが、崩れた設備の裏側で何かを引き出している。
「……これ、どう?」
手にしていたのは、他の部品とは明らかに違う、
青白く滑らかな外装の義足パーツだった。
ほとんど損傷がなく、関節部の駆動構造も最新に近い。
「……見たことある」
ミーラが近づいてきて、そのパーツを覗き込む。
「第8世代の介護ユニット用だね。確かに新しいけど……接続規格は近い。使えるかも」
ノアはそっと手に取り、アンドロイドの脚部と見比べた。
「完全には合わないけど、調整すれば大丈夫。ちょっとやってみるね」
ノアは工具を取り出し、アンドロイドの脚の接合部に向き直った。
ミーラも隣に腰を下ろし、配線の端子をチェックし始めた。
「電圧は合わせてね。モデルが違うから、過電流のリスクがある」
「うん、わかってる」
二人は黙々と手を動かし、金属音と静かな息遣いだけが響いた。
しばらくして、仮接続の作業が終わる。
「……応急処置だけど、これで立てるはず。
ただ……本格的な修理は、イグジスに行かないと難しいと思う」
アンドロイドは一度うなずき、そっと義足に荷重をかけた。
関節がかすかに軋み、重心が移動する。
そして──彼女は立ち上がった。
新しい義足で不器用に一歩を踏み出したその姿は、ぎこちないながらも、確かに希望を含んでいた。
アンドロイドは足元を見下ろし、静かに微笑んだ。
「……これから、よろしくお願いしますね。新しい足さん」
少しだけ間を置いて、ふと思い出したように言葉を継いだ。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。
私の登録名は、ELVINA。
“Essential Life Vitality Integrated Nursing Agent”──
人間の命と健康を支えるために設計された、医療支援型ユニットの名称です。
……でも、かつてある少年が、私を“エル”と呼んでくれました。
今も……その名前が、一番しっくりきます」
ミーラはその言葉に、ふっと息を吐いた。
少しだけ目を細めて、アンドロイドの表情を見つめる。
「いい名前だね、エル。忘れないよ」
その言葉に、ライナとイナも小さく笑い、エレナはそっと頷いた。
ノアは少し照れくさそうに視線を逸らしながら、工具を片付けていた。
そして──ディセルの暗がりの中に、
一つ、新しい“歩み”の音が、確かに響き始めていた。