第1章:境界線の向こうへ
クラディアの街を出て、まばらな植生が続く道をしばらく歩いた先。
風の流れがふっと変わる地点で、彼らは足を止めた。
目の前には巨大な境界壁が立ちはだかっていた。
それは地表から空のドームにまで繋がるようにそびえ立ち、まるで“構成区の外”を拒むかのように静かに存在していた。
その壁面の一部に、旧型のセキュリティゲートが組み込まれている。
金属のフレームは時代の色に鈍く錆びていたが、上部に接続された警戒モジュールが赤い光を点滅させていた。
「古い構造だけど、油断はできない。ヴァルネアの巡回ドローンが、未だに定期チェックに来る区域よ」
ミーラが声を潜めて言う。
「ここが……ディセルとの境界線」
イナが小さく呟いた。
ミーラが懐から小型の装置を取り出し、さらりと言った。
「ゼファルのデータに偽装済み」
エレナが眉を寄せて聞き返す。
「……偽装済み?」
「うん。要するに、別人になってもらうってこと。
AIネットに照合されても、“あなたたちじゃない誰か”として通過できる。
ただし、この手が使えるのはディセルの境界壁にセキュリティドローンがいないからだよ。他の構成区では、どうなるか分からない。」
そう言って、ミーラは無言でゲートに近づいた。
──ピッ……。
古びた警告音が一瞬だけ鳴り、フレームを一周する緑の光が点灯する。
「計5名のデータを照合……確認……通過許可」
ミーラを先頭に、続いてイナ、エレナ、ノア、そして最後にライナが順に通過していく。
ゲートはかろうじて機能しており、そのたびに鈍い音と小さな振動を発していた。
5人は無言で顔を見合わせた後、誰かがふっと息をついた。
⸻
ディセルの地面に、最初の足音が落ちた。
中はひっそりと静まり返っていた。
かつて整備されていたであろう舗装路は所々にひび割れがあり、草が割れ目からのぞいている。
建物はすべて無人のように沈黙しており、空気には廃墟に近い乾いた匂いが漂っていた。
ミーラが足を止め、周囲を一瞥してから言った。
「セキュリティゲートは突破出来ても、中にはまだ巡回ドローンがいるから、見つかれば──アウトだね」
ライナが静かに続けた。
「エレナとノアだけじゃない。見つかれば、私たち全員アウト」
ノアが小さく息を呑み、エレナは無言のままうなずいた。
ここはもう、誰かに守られる場所ではない。
彼ら自身が、生きて抜けるしかない領域だった。