第9話 作戦会議と、作戦開始
時間は少々さかのぼる……
「なるほど、なるほど……」
選抜された増員騎士たちが、城から瞬間移動を行うよりも前。
葉介が、ミラから革袋と騎士服を受け取るより前のこと。
ミラ、そして、レイに一緒に来るよう促された葉介は、川辺や森ではない城内の庭を歩かされて、魔法騎士たちが寝泊まりをするという騎士寮、その隣に立つ、関長らが集まって会議を行う、『関長室』と呼ばれる小屋の中へ通された。
そこで、レイとリリアが慌てて帰ってきた経緯と、今起きている事態、そして、葉介に、その作戦の立案を頼みたいという話を受けた。
「つまり、そんな火急の事態にも関わらず、アンタらは私とリリア様を決闘させて、それが終わった後になっても、レイ様と決闘させて、それをノンビリ眺めておったと? 現地に残してきた騎士の皆さんが、今もがんばっているであろう、こんな緊急事態な時に? 大した量でもないのかも分からんが、一日に有限の魔力まで無駄に使わして?」
改めて、簡潔に言葉にされると、五人とも、特にレイは、ぐうの音も出ない。
怒ったリリアが決闘を求めて、それを、半ば無理やり承認することになった。その後も何度もリリアを説得しようとしたが、意固地になってしまって……
何より、レイ自信、葉介への拭いきれない不信感と、そして興味から、最終的には決闘を承諾してしまった。
その後の決闘も、リリアがアッサリ倒されたという事実と、大衆の前という手前、そして、彼のことをもっと知りたいという好奇心に負けて、決闘を申し込んでしまった。
これでは、図らずとはいえ侮辱されたことに怒ったリリアと同じだ。自分たちは、すぐにでも現地に戻らなければ、大変なことになるっていうのに……
「まあ、過ぎたことクドクド言う時間も、いきなり無茶ぶりされたことに戸惑う時間も惜しいから、考えてはみますけど……とりあえず、現地の地図とかあります?」
そう言われて、セルシィが中心のテーブルに地図を広げた。
デスニマが大量発生した森。その周辺の村。現地に残っている騎士たちが行動している場所と範囲。
「おぉ……それでもまあまあな大きさですな、これ……」
正確な縮尺はよく分からないし、そもそも地図に詳しいわけがない葉介でも、俯瞰して書かれた古めかしい地図上の、緑色で表わされた森の割合が、山中や樹海レベルとは言わないまでも、中々な広さであることは普通に見て分かる。
それだけの広さの森の地図を眺めつつ、今聞いた話を思い返し、内心、簡便しろよと慣れない頭を回して、考えて……
「これだけの広さの、見通しも効かない森に隠れた、大量のデスニマと、そのデスニマを作り出した親を、森から一匹たりとも逃がすことなく、一度に駆除する……そんな都合のいい方法、できるできないは別にしても、私には一つくらいしか思いつきませんぜ」
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葉介が大筋を考えて、五人の関長らが細かい部分や問題点、作戦開始時の一般騎士らの采配等を決めて、練り上げた作戦。
それを最初に聞かされた一般騎士たちの多くは、最初に聞いた関長らの反応と同じ。そのあまりに無茶な作戦に驚愕し、案の定、無茶だ無謀だという声も上がった。
あまりに大規模すぎること。失敗した時の莫大なリスク。実行後の後始末。
問題点を上げればキリがない。だから葉介も、思いついておいてなんだが、採用されるとは最初から考えていなかった。
だが、葉介自身も言ったように、これ以外で大量に発生したデスニマを、一匹も逃がさず一度に駆除できる方法なんか思いつかない。
そうして、この作戦を実行する前提で話し合い、議論を重ねた結果、作戦の実行自体は可能であり、デスニマたちを倒せる可能性は極めて高く、何より、これ以上の作戦など無い――
ということで、実行することが決定した。
動揺する一般騎士たちをどうにか諫め、納得させた後は、それぞれの役割を割り振った。
そして現在。昨夜から見張りとして残していた魔法騎士らは村で休ませ、今は作戦実行のために各人員を配置、同時に、作戦の準備段階である、木々の伐採作業の最中。
それらの作業を見ながら、まだ出番ではない葉介は、両手足を伸ばしてストレッチをしながら、同じく出番が来るまで待機している、ミラと話していた。
「――てかさ、何度も言ってるけど、やっぱ、俺が増員で選ばれるのは無理があったんじゃね? この後もさ。役に立たんて、俺」
もうすぐ始まる作戦、その舞台である森を眺めながら言った。
今さらここに来て、プレッシャーとか死の恐怖とか、そんなもの、この世界に来た時からそうだったが、特に感じることはない。もうすぐ始まるなぁ……それくらいにしか感じない。
だから、事実だけを語った。
今までしてきた、ミラとの、意味がありそうで何も得るものが無かった修行兼入団テストとは違う。
向こうは攻撃してくるし、どころか命を奪いに来る。それも、人間ではなく、死んではいるが動物たちがだ。
デスニマたちとは三度ほど戦ったことはある。だが、うち二度は最終的に、女の子たちに助けてもらっただけ。戦いはしたが、倒すことはできていない。
戦ったデスニマにしても、数はいたが小さくて弱いのばかりだったり、デカくはあるが一匹だけだったり、どこにいるか丸見えだったり……
今回は、そんな今までとは全く違う。
どの動物が、どの程度の大きさで、どれだけの数、どの場所から飛び出してくるか……
そんな、勝算も、命の保証もまるでない場所で、魔法も無しに、身一つで戦いにいく。
この世界に来るまで、体は鍛えているといっても、野生動物からも、暴力からも、極力逃げ続けてきた人生の葉介からしたら……
動物とは言え、相手がよっぽどのザコか、そうでなくともよっぽどのマヌケでなければ、アッサリ死ぬ未来しか想像できない。
それすら特に怖いとも思えず、どころかまるで他人事のように捉えてしまっている。そんな今時(?)な軽薄さには、自身でも呆れつつ……
事実の弱音だけは、吐いておいた。
「確かに、魔法は使えない。戦いになると厳しい……でも、役には立ってる」
弱音ばかり吐く弟子に対して、ミラは、無表情のままそう声を掛けた。
「レイも、セルシィにメアも、多分シャルも、他の騎士たちも、最初は疑ってたお前のこと、今は感謝してる。作戦を考えたこと。それに、村のヤツら、追い返したこと……無事に帰ったら、みんながお前に、お礼を言う」
「別に感謝もお礼もいらんよ。仕事なんだから」
葉介はそう、冷めた声を返した。
「それに、感謝してくれるなら、実際に作戦が成功して、生きて帰ってからにしておくれ。始まってもないうちから成功した後の話しするの、俺の実家だと縁起が悪いから」
「……縁起が悪いの?」
「めちゃくちゃ縁起悪いな」
「そうなんだ……ん、分かった。じゃあ、とにかく、命令――がんばって、ヨースケ」
「はいな、お師匠様……」
「ヨースケさん!」
「ヨースケ!」
ミラと話し終えたところに、おなじみの二人の声が聞こえてきた。
リムもメルダもいつものごたる、葉介のもとへ走ってきた。
「何でしょう?」
「えっと……わたしも、ヨースケさんと同じ、前衛部隊ですから、その……がんばります!」
「わたくしもね。ヤバくなったら、わたくしのもとまで逃げてきてもいいわよ? 守ってあげるから」
「それは心強い……あまり大きいのは私には倒せないので、本当に手に負えない相手に当たった時は、どうか頼らせて下さい」
「はい!」
「任せなさい! 全員で生きて帰るわよ」
「それで、今度こそ、一緒に夕飯食べましょうね?」
(だから縁起が悪い言うとんじゃ……!)
どうやらこの国には、死亡フラグ、と呼ばれる概念は存在しないらしい(むしろ無い方が普通なのだろうが……)。
「はぁ……」
説明するのは面倒くさい。だが、自分からそんなもの立てたくもないので、曖昧な返事でごまかしておいた。
「シマ・ヨースケ」
と、また別の声が聞こえた。振り返ると、長身の美女は赤色の長いサイドテールをしなやかに揺らしながら、堂々と目の前まで歩いてきた。
「なにか?」
「決闘では完敗したけど、任務となると話は別よ。私もアナタと同じ、前衛部隊。デスニマを仕留めた数で勝負しましょう」
「……私、勝ち目無いと思うんですけど」
葉介も黄色二人組も、苦笑させられた。だが、そんな苦笑も構わず、リリアは葉介を睨みつけるその目に、対抗心をメラメラと燃やしているのが見て取れる。
(え? なにこれ、ライバル認定? この娘たしか、20歳とかだったよね? 年齢)
未だに彼女は、葉介が魔法を使えないとは知らない。知らないからこそなのか、昼間の決闘に敗れたことをキッカケに、そんな感情を懐いてしまったらしい。
(十歳以上、歳が離れたライバルってどうよ……?)
「負けっぱなしなのも悔しいのよ……今回の任務、生きて帰ったら、もう一度アナタに決闘を申し込むわ!」
「(だから死亡フラグー!)はぁ……」
また、曖昧な返事をしたところで、葉介に向けた闘争心をそのままに、去っていってしまった。
「あ、あの……」
また、別の声。振り返ると、白色が四人、葉介の前に立っていた。
「なにか?」
「えっと……さっきは、その、ごめんなさい!」
中心に立つ少女が頭を下げて、それを合図に、他の三人も謝ってきた。
(……ああ、思い出した)
そこまでされて、もう一度顔を見て、ようやく彼女らが、さっき葉介に絡んできて、あげく指を突っ込まれて吐き出した少女を含めた、四人組だと思い出した。
「その……お詫びは、任務から生きて帰った後で、必ず――」
(死亡……! もうエエ。もう、エエんや……)
思わず頭を抱えたくなったのをガマンしている間に、四人組はその場を去っていった。
(魔法が使えて、デスニマとか魔法と戦ったことのある、強い女の子男の子が揃ってる……けど、この子ら全員、俺より年下なんよなぁ、今さらながら)
実家で言えば高校生な年齢の、リムにメルダ、師匠のミラはもちろん、四人の関長たちでさえ二十代の半ば。力や才能、若さゆえの眩しさに溢れ、漏れなくキラキラ輝いている。
それでも、若いということは、当たり前だが、長生きしないと得られないものを得ることができていないということ。三十年しか生きていない葉介にも、歳を取ったせいでそういう違いを感じるようにはなってきた。
そんな、まだ得るべき物がたくさんある、未来ある若者たちが、こんな体力だけのジジィを頼ってくれているんだ。
魔法が使える使えないは関係なく、年下の集団に頼られている以上、ここに来て、弱音は吐いても、弱みを見せることはしたくない。
ミラと会話して、若い少女らに話しかけられて、その思いが強くなった。
革袋から、瓶を一本取り出して、口に水を含んで、湿らせる。
瓶を戻して、斧を取り出しながら、今はただ、一言だけ思う。ただ一つ、たった今、ミラに命令された一言。
(がんばろう――)
「よし! 第一段階、終了だ!」
レイの号令が聞こえて、前準備の要因として動いていた騎士たちが持ち場を離れ、新たな持ち場――後衛へ。それと入れ替わる形で、待機していた葉介ら、前衛部隊が、とうとう動き出す。
「第二段階、始めろ!」
レイが、今度は後ろへ振り向いて、そこに並んだ騎士らに叫んだ。
「オッケー! じゃあみんな、箒にまたがってー!」
メアを始めとした、計48人の魔法騎士が、片手に握った箒にまたがった。
空を飛ぶ移動手段として作られた、『魔法の箒』。
触れた状態で燃料となる魔力を流し込むことで、【浮遊】および【移動】の魔法が自動で発動し、乗った魔法騎士の意志のまま、自在に空を飛ぶことができる。
だが、毎日少しずつでも、魔力を流し込む――要するに、充電しておけば、必要な時に自前の魔力の消費を無しに飛行することができる。
そんな魔法の箒で全員空へ浮かび、森の真上に位置した。
「全員、位置に着いたね? それじゃあ――ド派手にいくよー!!」
杖を二本、両手に握るメアは、器用に足だけで箒にしがみつきながら、杖を向けた。
「包み込んじゃえ! ――ッ!」
呪文を叫ぶ。と同時に、メアが握る二本の杖から、透明な、膜が現れ、拡がっていく。
同じように、各所に散らばった、箒に乗った魔法騎士たち、27人の杖から同じように膜が拡がり、30秒も経ったころには、眼下の森の全てが透明な膜に納まった。
「第二段階、オッケー! 次、第三段階、やっちゃってー!!」
メアのその号令で、膜の内側にいた魔法騎士らが杖を構えた。
そして同時に、呪文を叫んだその瞬間、杖の先から炎が噴きあがった。
炎は真っすぐ森に向かっていき、群生している木々に燃え移り、燃え広がる。
やがて、21人の魔法騎士たちが放った炎が森中に拡がるのに、時間は掛からなかった。
「やっぱ、ボクも派手な第三段階が良かったなー……よし十分! 【結界】の内側にいる子たち、早く出ておいでー!」
【結界】の魔法を操作し、メアの目の前の膜に穴が開く。そこから、【発火】の魔法を使った騎士ら全員、飛び出してきた。
「【結界】の維持は、ゲッホ……ボクらが、ゲホッ――やるからッ、どんどん燃やしちゃって! 魔力が、ゲフ……無くなる勢いでやるよッ、ゲッホッ!!」
膜に開いた穴を敢えて閉じることなく、脱出した魔法騎士たちは、吹き出してくる煙に耐えながら、その穴に向かってなお炎を放射していく。ただでさえ燃え広がっている火事は更に燃え広がり、火災と呼べる巨大さとなって一つの森を飲み込んだ。
「――よし、第四段階だ! 前衛部隊、後衛部隊、位置につけ!」
「いこう、ヨースケ……」
「はいよ、ミラ――」
「すー、はー……よしっ、行きましょうメルダ!」
「なんでアンタが仕切るの……まあいいわ! 行くわよ、リム!」
「ヨースケさん……」
「ワタシと、セルシィたちは後衛部隊だ。前衛は、ヨースケにミラ、リリアたちに任せる……リリア、必要に応じて前衛の指揮を執れ。戦況次第でワタシも前衛に出る!」
「はい! レイ様!」
各々が、各々の役割を果たすため……
目の前で燃え広がる、デスニマの巣と化した森の中へ、走っていった。
『ライバル』と『宿敵』の違いを説明できる人は感想おねがいします。




