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第8話  弟子の出発

 眩しいと確かに感じるのに、なぜか目は開けていられる、そんな不思議な光に全身を包まれたと思った次の瞬間――



 白い光を浴びて、感覚的には十秒ほどが過ぎた後。気がついたら、目の前は城の中ではなく、自然の中に変わっていた。

 足の裏は、毎日踏んでいた芝生や、ついさっき踏んでいた修練場の土とは違う。雑草と枯れ葉と、自然特有の湿気を帯びた黒っぽい土。

 香ってくる風は、建物と単純な緑の無臭ではなくて、多種多様な木々と泥と腐葉土が混ざった、懐かしくも爽やかな香り。

 広がっているのは自然の緑、川と川底の茶色、そして、石材ではなく、木材家屋が並ぶ集落。


(田舎の村にキター)


 さすがにここまでではなかったものの、山と田園の広がるド田舎に生まれ育った葉介にとっては、自身でも思っていた以上にテンションが上がっていた(畑はともかく田んぼは見えんが……)



「ここは、件の森から最寄りの村だ。すでに村民たちに話は通して避難させている。拠点としての使用許可も得ている。まずはここで、デスニマの見張りのために残しておいた騎士たちと合流し、今回の作戦を説明する」


 レイを筆頭に、関長五人が前に立ち、説明をしている。そんな関長らを、葉介は、今度はリリアら一般騎士たちと並んで眺めている。


「ちょっと……」


 関長らが背中を向け、移動を開始し始めたタイミングで、後ろから声を掛けられた。

 直後、白色の少女が四人、葉介を取り囲んだ。


「あんまり調子に乗ってんじゃないわよ? おっさん」

「リリア様やレイ様は、アンタのこと認めてたみたいだけど……」

「わたしたちは、あんたなんか認めないし、ズルして勝ったとしか思ってないんだから」


 すでに大勢が移動を始めているが、大半は、彼女らの味方らしい白色たちが壁になっている。もしくは見えていても見て見ぬフリを決め込んで、葉介と四人の少女を無視している。


「今度、気に入らないことしてみなさいよ……タダじゃ済まさないんだから」


 最後に声を掛けた少女が、葉介の首元に、杖を突きつけ――



「あぁぇあああがああががあああああ!?!?!?」



 突然、そんな大声がその場に響いて、少女はひざを着いた。


「う、うぷ……おぉぉえぇええええげえええええ!!」


 そして、両手も着いて、地面に吐しゃ物をまき散らした。


「なに?」


 その声には、さすがに気づいていなかった、あるいは無視を決め込んでいた者たちも振り返って、一般騎士らの先頭を歩いていたリリアが走ってきた。


「どうしたの!? 一体……」

「彼女が【瞬間移動】に酔ってしまったようで、彼女たちが介抱していたようです」


 葉介が、ひざと手を着いている少女を見下ろしながらそう説明すると、残った三人の少女たちも、顔を見合わせつつ曖昧に頷いた。


「瞬間移動に酔う? ……大丈夫なの?」

「ええ。先に行ってて下さい。ひとしきり吐き出したら気分も戻るでしょう。多分」


 適当に会話をして、リリアは列に戻って、他の騎士たちも歩いていった。



「おぉぇ……アンタぁ……っ」

「自分が何したか、分かってんの?」


 ひとしきり吐き出した少女が涙目で見上げ、後の三人も声を上げるが、その声には、直前まであった威勢威圧はナリを潜めて、代わりに、分かりやすく脅えていた。


「そりゃあ、私とて死にたくありませんからね。杖を向けられたら、身を守るために攻撃くらいしますわ。魔法の呪文を使われないよう、口に手を突っ込んで、舌を押さえてね」


 実際に喉奥まで突っ込んだ、右手の人差し指と中指と薬指、顎を押さえていた親指を見せつけて。唾液は、隣に立つ少女の騎士服で拭って。拭き取った右手をその少女の鼻先へ。


「臭さッ……!」

「死にたくないって……あんなの、タダの冗談で、本当に魔法を使うわけ――」

「ほぉ……簡単に人をケガさせられて、殺すこともできる、そんな魔法を撃つための杖を向けてきといて、タダの冗談ですかい? 魔法なんて凶器を、冗談で人に向けられるんですかい? さっすがは魔法騎士団、その精鋭部隊の第一関隊ですなぁ。新入りである私には、誤って人を殺めかねないそんな行為、恐ろしくてとてもマネできませんわ」


 騎士としてははるかに後輩でも、彼女らよりはるかに長い人生を生きてきた男からの、そんな正論に、年若い少女は四人とも……何も言えなくなった。


「まあ、いずれにせよ……」


 話しかけながらひざを曲げ、未だ涙と唾液に濡れた少女と視線を合わせた。


「次からはせいぜい、お気をつけなさい。人を殺せる凶器を人に向けるってことは、逆に殺されても文句は言えんてことですから。この国じゃどうだか知りませんが、私の故郷ではそうでした」


 言いながら、腰から抜いたナイフを見せつけて、地面に突き立てる。


「……っ!」


 そのナイフは、地面に手を着いた少女の、人差し指と、中指の間に突き刺さった。


 今度は地面じゃなくて、お前を刺す……


 そんな意思表示が、一連の言動とナイフに込められているようだった。

 そんな意思表示が、少女に、そして、囲んでいた三人の少女たちに、男への恐怖と共に刻みつけられた。


「……じゃ、これ以上遅れるとまずいんで、お先」


 ナイフを引き抜いて、土を拭い、腰に戻した後は、三人を置いて、走って集団を追いかけた。



(やれやれ……嘗められないのも大変だな、こりゃ)


 我ながら、やりすぎたかと今さらになって後悔していた。

 実際、至近距離で魔法を撃たれそうになったら、まずは()()()をするべきというのは考えていた。それをまさか、こんな形で実践することになるとは思ってもみなかった。


 それと言葉と、ナイフで古典的な脅しを掛けたが、正直に言えば、地面に突き立てる時も、間違って手の甲や指を刺さないかとヒヤヒヤした。

 もっとも、彼女らに囲まれた時点で心臓はバクついていたし、それでもどうにか冷静に、余裕を見せねばと努めた結果、実家でもしたことのないあんなキャラを演じる羽目になった。


 それでも、それこそ実家の古き良き主人公の少年たちよろしく、ああいう生意気なだけのクソガキどもに嘗められて、軽く扱われるよりははるかにマシだ。そう自分に言い聞かせて、正当化するより仕方がない。

 実際、初めてこの世界に来た時からそうしていたんだ。それでキャラが固定されたなら、押し通するより仕方がない。


 初めての仕事。それも、騎士団総出の大規模作戦にあって、葉介は、自分がここでどんな姿であるべきかを悟ることになった。


「スンスン……臭さッ」




「……あ、ヨースケさん」

「ヨースケ! こっちこっち」


 走って集団に追いついたが、集団は村の前で立ち止まっている。

 そんな集団の最後尾から、リムとメルダの二人が手を振っているのが見えた。


「あれ? 村の中には入らないのですか?」

「それが……」


 葉介が尋ねると、メルダもリムも、困惑を浮かべつつ、正面を見た。



「さっさとデスニマ倒してきなさいよ!! いつまで避難なんかさせられるわけ!?」

「怠けてねぇで今すぐ何とかしろ! サボってんじゃねえ!!」

「いつまでこんな不便な思いしなくちゃならないのよ!? 税金払ってやってんだから仕事しなさいよ早く!!!」


 魔法騎士団とは明らかに違う、葉介がさっきまで着ていたような、普段着姿の大人たちが集まって、怒りを向けている。それを、若い魔法騎士たちと、レイとセルシィが諫めようと努力しているのが見えた。


「何事だい、こりゃあ?」


 先頭に立っている、ミラとメアの間まで歩いて、尋ねてみた。


「見ての通りだよ。避難させてたはずのこの村の人たちが、文句言いに集まってきたの」

「そんなに時間掛かってたの?」

「ん……元々、連中も自分たちで全部駆除しようって、努力はしたみたい。けど、結局手に負えなくなって、仕方ないから、大嫌いな魔法騎士団に助けを求めた。で、すぐにでも解決してくれると思ってたのが、まる一日経っても解決しないせいで、あの始末」

「一日で解決すると思ってたんだ……」

「そりゃあ、大抵は一日も掛からないし、ボクらだって仮にもプロだしね……とは言え、こっちの苦労はもちろん、今回のデスニマの規模がどれだけ常識外か、分かってるようで分かってないんだなぁ。まあ、村人連中からしたら、安くない税金払わされて、自分たちでも倒せるデスニマを倒すために集まってるヤツらが、いざ依頼してみたら頼りにならないってんじゃあ、怒る気持ちも分かるけどさぁ」

「…………」


 葉介としても、この世界に来る前までは税金を払う側だったから、その気持ちは分からないでもない。

 安くない金を受け取っておいて、いざ本当に必要な時に必要なことを、自分たちの思うままにしてくれないなら、頭にも来るし、腹も立つだろう。

 その気持ちも分かるが、今は、仮にも税金をもらう側だ。


「これは……追い返した方が早いでしょ」


 言いながら葉介は、被っていたフードを脱ぎながら、彼らの方へ歩いていった。


(ダリダリ……)



「あのー……」


 レイとセルシィ、そして村人たちの前に、赤と黒の騎士服姿の男が歩いてきた。

 背は低く、腰も低く、身を縮めている、いかにも下っ端の小男といった風体の、そんな男が出てきて、村人たち全員の目が、その男の方へと向いた。


「ちょ、ヨースケさん――」


 セルシィとレイが呼びかけようとしたのを、手を上げて制する。


「なんだい、チビ助、アタシらになんか用かい?」

「ええ。皆さんに一つ、お願いがありまして……」


 その男は、何やら深刻そうな表情を作りながら、村人ら全員の顔を見回した。


「この先の森にいるデスニマの群れ……皆さんも、戦ったのですよね?」

「ああ、そうだよ。今までだって、現れたデスニマを倒したことは何度もあったからね。だから今回もそうしたんだ。数が多かったから、戦えるヤツを集めて戦いにいったよ。それが……」


 そこまで話した後は顔を歪ませて、口もつぐんだ。その時に、よっぽど惨い目に遭ったことが容易に想像できる。


「それがダメだったから、アンタたちを呼んだんだよ!! アタシらは死にたくないし、この村以外に行く所だってないんだ! 今まで通りの生活がしたいんだよ! それを――」

「さっさとデスニマ退治してこいよ!! いつまで待たせやがんだ!!?」

「アタシらの税金でメシ食っておいて、トロトロ仕事してんじゃないわよ!! 税金泥棒!!!」


「……ええ、皆さんのお気持ちは分かります。だからこそお願いしたい」


 冷静ながらも呼びかけるその声に、叫んでいた村人たちは、イラついた様子ながらも口を閉ざした。


「私たちも、努力はしています。それでも、今回現れたデスニマの規模は、正直なところ、私たちとしても予想以上でした。ですので、どうにかして全てのデスニマを一掃するための作戦を練ってきました」


「そんなの当たり前だろう!!」


 話の途中ながら、イラつきのままに叫んでいる。その声に対して、なおも男は答えた。


「しかし、あれだけ大量発生したデスニマが相手なだけに、こちらの作戦もかなり大規模なものとなります。そのためには、大勢の人手が必要となります……そこで、この作戦を成功させるために、ぜひ皆さんのご協力を仰ぎたい」


「……は?」


 男がそう発言した直後、集まっていた村人全員が、男一人を取り囲んだ。


「おい? 今なんて言った?」


「皆さんの力を、ぜひ貸していただきたい。全てのデスニマを倒し、この村と、皆さんを守るために。作戦の全てを説明致しますので、戦える人たちにはどうか、私たちと共にデスニマと戦っていただきたいと――」


 全てを言い終わる前に、その顔に拳が飛んだ。



「おい……おいテメェ!!」


「嘗めてんのかこの野郎!!?」


「ふざけんじゃないわよ税金泥棒のくせに!!」


「ぶっ殺してやる!!!」



 そのまま、全員が男を袋叩きにした。

 セルシィが止めに入ろうとしたのを、男が手を上げ、静止した。止める必要は無いと。

 幸い、魔法を向ける人間はいない。それでも十人以上の大人たちが、拳を当て、足で踏みつけ、罵声を浴びせていく。


「なんで俺たちが!! テメェらなんかを手伝わなきゃならねーんだ!?」


「作戦立てたんだろうが!! だったらテメェらで勝手にやれ!! それが仕事だろうがよぉ!!?」


「こっちはお前らに税金払ってやってんだぞ!! 俺らの金で食わせてもらっておいて、いざとなったら助けてくれだ!? ムシが良すぎなんだよクソどもが!!?」


「死ねぇ!! この役立たず!! さっさとデスニマ倒しに行ってこい!! 俺は絶対に手伝わねぇからな!! デスニマ全部ぶっ殺した後で、デスニマと一緒に死んじまえ!!!」


 そんな光景を、レイも、セルシィも、後ろに並ぶ一般騎士たちも、呆然と眺めていた。

 やがて、ひとしきり罵声と暴力を振った後、男から、レイたちへ向き直って――


「さっさと仕事しにいけ!! 俺たちを巻き込むな!!」


「サボるな!! 怠けるな!! 働け!! 働いた後で死ね!!!」


 そこまで言って気が済んだらしく、イラつきと怒りをそのままに、去っていった。




「……これで邪魔者はいなくなりました?」


 連中が遠く離れたタイミングで、葉介が声を上げた。


「できることなら、彼女たちが本当に手伝ってくれたら助かったんですけど、邪魔がいなくなっただけ良しとしましょう。どうせ、作戦聞いたら反対するでしょうし」


 寝転がったまま声を上げつつ、フードを被りなおして、うつ伏せの状態から後転返りで立ち上がった。


「葉介さん!」


 涙目になっているセルシィがすぐ、服の土や汚れをはらっている葉介に近づいた。


「ケガを――すぐ、手当てしますね」

「手当て? ああ、結構ですよ、このくらい。ケガの内にも入りません」

「でも、頭から血が……」

「血?」


 そう言われて、頭の、やけに涼しくかゆい部分に手を触れてみる。確かに、血が出ている。 

 その血を舐めとって、代わりに指に塗った唾を塗りたくっておいた。


「放っておけば治りますよ。ただでさえ、私やリリア様に掛かった【マヒ】を解いているんです。これ以上、魔力を無駄使いしなさるな」


 それでもなお治療しようとするセルシィを強引に振りほどいて、そのまま一般騎士らの列に戻ってしまった。


 そんな葉介を、一般騎士たちは、終始呆然と眺めていた。

 彼の口ぶりからして、ああ言えば、村人たちが怒り出すことは予想していたんだろう。

 そうしてワザと怒らせて、その怒りの矛先全てを自分一人に向けてくれた。

 それで、一応の気が済むまで殴られて、穏便にとはとても言えないが、追い返すことができた。

 そんなことを体を張って行ってみせた葉介の姿に、さっき葉介に突っかかっていた少女らを含む、全ての魔法騎士たちが見入っていた。



「……よし。お前たち、このまま森へ向かうぞ」


 同じように見入っていたレイだったが、すぐに正気になり、騎士たちに指示を送る。

 他の騎士たちも正気に戻って、彼に続いて歩き出した。



 同じく歩き出した葉介本人はと言えば、一人、別のことに驚いていた。


(本当にこの国の人らって非力やな。ちっとも痛くなかった……)


 彼らの年齢や、急所だけは守っていた葉介自身の丈夫さを差し引いても、あれだけ人数がいたくせに、骨や筋に痛みはない。

 アザや痕が残りそうなほどの痛みも感じないし、派手にケガをしている箇所も全く無い。

 何より、どれだけ殴られても、どれだけ踏まれても、痛みらしい痛み、衝撃らしい衝撃すらマトモに感じることが無かった。

 石か何かが靴に引っかかっていなければ、こめかみの流血さえ本来なら無かったろう。


(魔法使うか、あんまり痛かったら仕返しも考えてたが……非力すぎて殺す価値も無い。助ける価値はもっと無いけど)


 彼女らも被害者である以上、同情するべき余地は当然、ある。

 だがそれを理由に、怒りの矛先をデスニマではなく、魔法騎士に向けて、敬意を払うこともせず、罵倒と否定しかしないなら、被害者だろうが助けてやる気が起きるわけもなし。

 それとも、魔法騎士相手には、ああなるのが普通なんだろうか?


 いずれにせよ……


 魔法騎士たちの立場。向けられる視線。意識。感情。

 それらを文字通り、身をもって知って……

 そんな彼を心配する若者たちからの視線、意識、感情は無視して、葉介もまた歩いていった。





7話と8話のタイトル逆じゃね?

と思った人は感想おねがいします。









……直すとは言ってない。

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