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拝んでいたら推しが壁から出てきたので共に暮らします  作者: 花倉きいろ
夢と恋の狭間
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未来はあるのか

「おい、夢乃! 待てよ、待てって」


 全速力で走って階段を降りたのに、会社を出たあたりで祐介に腕を掴まれる。


「例の高野って男と付き合ってんのか?」

「お願い祐介、それ以上は聞かないで」

「そいつとの未来はあるのか?」


 グサリと夢乃の胸にナイフが刺さる。

未来。未来なんてない。どんなカップルよりも。

それでも。


「離して!」


 祐介の手を振りほどこうとしていたところに、いつものように迎えに来てくれていた高瀬くんが駆け寄ってきた。


「高野?」

「すみません。離してもらっていっすか」

「た、高瀬くん……」

「は……ッ、十代どころか高校生だぞ!? 高瀬に似てりゃ誰でもいいのかよ、夢乃!」

「ちが……」

「俺の彼女に暴言吐かないで下さい」


 祐介よりもずっと鍛えられた手によって、掴まれていた夢乃の腕が解放される。こんな祐介を見るのは初めてで、心が痛くてくらくらした。


「……お前は夢乃を幸せにできるのか?」


 少しの沈黙のあと、冷静を取り戻した祐介が高瀬くんに尋ねる。幸せ。ずくん、と心臓が跳ねた。思わず夢乃も高瀬くんを見やる。


「……幸せかは分かんねえ。けど、夢乃の夢を叶えることはできる。そしてそれは、俺にしか出来ないと思ってる」


 そう言った高瀬くんは誰よりも頼もしかった。


「……そうか、分かった。夢乃、掴んで悪かったな」

「……ううん」


おやすみ、と去っていく祐介を、夢乃は複雑な面持ちで見つめていた。




「助けてくれてありがとう、嬉しかった」


 笑う気分になんてなれなかったけれど、夢乃は作り笑いを浮かべる。それは高瀬くんが褒めてくれたものでは決してなくて、夢乃独特の困り眉と微笑だった。高瀬くんは黙って、歩調を合わせて歩いてくれた。


「彼女なんて、嘘でも照れちゃったよ」


 あはは、とわざと明るく振る舞う夢乃に、高瀬くんが呟いた。


「……夢乃。前に叶えたい夢が二つあったらどうするって聞いたよな。その答え、今でも変わらねえ?」

 

『そいつとの未来はあんのか』

 祐介の言葉が刺さったまま、夢乃の心を抉る。息が苦しくて上手く吸えない。


(きっと高瀬くんにも聞こえていたんだろうな)


 高瀬くんがじっとこちらを見つめる。

 きっとここが分岐点だ、と夢乃は直感した。

 もしここで夢乃が前と違うことを言えば、彼はこの世界を選ぶかもしれない。でも。


(未来が、なかったとしても。私が言うべき言葉は)


「……変わらないよ」


 高瀬くんの心が揺れているのを察しながら、夢乃はあえてそう微笑んだ。


 (そう、私の夢は高瀬くんとともに過ごすことじゃない。

 高瀬くんが、大好きな野球で、ずっとずっと活躍できますように)


 油断をすると泣きそうになって、夢乃は慌てて上を向いた。


(今日は色んなことがあったなあ)


 皆が皆幸せになんてなれない。そう痛感した日の夜は、都会にしては珍しい、満天の星空だった。


 

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