未来はあるのか
「おい、夢乃! 待てよ、待てって」
全速力で走って階段を降りたのに、会社を出たあたりで祐介に腕を掴まれる。
「例の高野って男と付き合ってんのか?」
「お願い祐介、それ以上は聞かないで」
「そいつとの未来はあるのか?」
グサリと夢乃の胸にナイフが刺さる。
未来。未来なんてない。どんなカップルよりも。
それでも。
「離して!」
祐介の手を振りほどこうとしていたところに、いつものように迎えに来てくれていた高瀬くんが駆け寄ってきた。
「高野?」
「すみません。離してもらっていっすか」
「た、高瀬くん……」
「は……ッ、十代どころか高校生だぞ!? 高瀬に似てりゃ誰でもいいのかよ、夢乃!」
「ちが……」
「俺の彼女に暴言吐かないで下さい」
祐介よりもずっと鍛えられた手によって、掴まれていた夢乃の腕が解放される。こんな祐介を見るのは初めてで、心が痛くてくらくらした。
「……お前は夢乃を幸せにできるのか?」
少しの沈黙のあと、冷静を取り戻した祐介が高瀬くんに尋ねる。幸せ。ずくん、と心臓が跳ねた。思わず夢乃も高瀬くんを見やる。
「……幸せかは分かんねえ。けど、夢乃の夢を叶えることはできる。そしてそれは、俺にしか出来ないと思ってる」
そう言った高瀬くんは誰よりも頼もしかった。
「……そうか、分かった。夢乃、掴んで悪かったな」
「……ううん」
おやすみ、と去っていく祐介を、夢乃は複雑な面持ちで見つめていた。
◇
「助けてくれてありがとう、嬉しかった」
笑う気分になんてなれなかったけれど、夢乃は作り笑いを浮かべる。それは高瀬くんが褒めてくれたものでは決してなくて、夢乃独特の困り眉と微笑だった。高瀬くんは黙って、歩調を合わせて歩いてくれた。
「彼女なんて、嘘でも照れちゃったよ」
あはは、とわざと明るく振る舞う夢乃に、高瀬くんが呟いた。
「……夢乃。前に叶えたい夢が二つあったらどうするって聞いたよな。その答え、今でも変わらねえ?」
『そいつとの未来はあんのか』
祐介の言葉が刺さったまま、夢乃の心を抉る。息が苦しくて上手く吸えない。
(きっと高瀬くんにも聞こえていたんだろうな)
高瀬くんがじっとこちらを見つめる。
きっとここが分岐点だ、と夢乃は直感した。
もしここで夢乃が前と違うことを言えば、彼はこの世界を選ぶかもしれない。でも。
(未来が、なかったとしても。私が言うべき言葉は)
「……変わらないよ」
高瀬くんの心が揺れているのを察しながら、夢乃はあえてそう微笑んだ。
(そう、私の夢は高瀬くんとともに過ごすことじゃない。
高瀬くんが、大好きな野球で、ずっとずっと活躍できますように)
油断をすると泣きそうになって、夢乃は慌てて上を向いた。
(今日は色んなことがあったなあ)
皆が皆幸せになんてなれない。そう痛感した日の夜は、都会にしては珍しい、満天の星空だった。




